現実で目を覚ます
夢の中で目を覚ます。
今日は、屋外。
……、というか、戦場。
たまにこうして戦場にぽんっと放り出されるが、大抵見晴らしのいいところから彼――ぎょうぶさんとやらを見つけて見守るくらいしかしない。だって怖いじゃん。
いくらこの身が斬ったり刺されたりしても死なない体だろうが、怖いもんは怖い。
考えても見てほしい、大量に放たれる矢と鉄砲の雨嵐。それがすり抜ける自分の体。まじホラー。
だがしかし、今、それにも勝るホラーを発見した。
ぎょうぶさんが上機嫌で天に向かって高らかに笑っている。あの和装のミイラが今日は鎧をまとっていつものヒヒッていうのが激しくなったやつである、考えても見てほしい、まじホラー。そして笑い過ぎて咳き込んだ、まじ病人自重しろ。
誰か連れがいるようだったので私はきちんと自重して木陰から姿を消した状態で見守る。
「大谷、貴様は何の為にこの戦を起こした」
「ぬしは思ったよりも愚かな男よの。われの目的はすべての人間に等しき不幸を与えることよ」
緑の人は初めて見るけれど、なんかぎょうぶさんがすげえ事を言い切ったぞ。
そんな主観的な野望初めて聞いたわ。世界征服規模だわ。
「すべての人間?我もか」
「ぬしもだ」
「貴様もか」
「われもだ」
「石田もか」
「……………。三成……三成は、……」
いしだって誰、と思ったけど彼がみつなり、と呟いたので、脳裏にあの石田先生にそっくりな若い男の人を思い出せた。
思い出している間に緑の人が何かを言ったらしい。
緑の人が去った後、彼はゆるゆると頭を振って俯いている。
見たこともない姿だ。何を言えばこの人にこんなダメージを与えられるのか…聞いておけばよかった。
けど、見るに見かねて背中合わせに台座に腰掛けた。
「……なんぞ、用か」
「んー、なんかしょんぼりしてたから」
「…われは、われは間違っておったのか?ぬしならわかろう、あやかしよ」
いや、そんなこと言われても知らんがな。
と、正直な感想を述べたいところだったんだけどなんだかシリアスな空気だ。
哲学か?道徳か?どっちにしたって当然しがない一般人の専門分野ではない。
こういう時は受け売りだ。
そう、あれは一年の一学期の学期末に数学で赤点を取った時のこと。
補講生徒は私だけで、あの時の先生の言葉は今でも覚えている。
「今の今まで、正しいと思ってやってきたことなら、それは誰に何を言われようと正しいことだ」
そもそもの勉強の仕方がなっていない、と、言われて、…いやその前に、こんな点数を取るなんて馬鹿か、とか、この愚図め、とかいろいろと罵倒されて、目に見えて泣く寸前でしょんぼりした私に先生が呆れた口調で、けれど諭すように言ってきた。
「あの時は間違っていた、と気づいても、その過去は覆らない。
その時は正しいと思って行動し答えを出した、それだけだ」
テストで回答した時は正しいと思っていても、後から見たら間違いだった。
自らの勉強方法が正しいと思って、貫き通した結果が赤点だった。
それは、それだけの事実だ、と。
「人間は省みることができる生き物なのだから、間違いに気付くこと自体がまずは大事だ。
次に同じ間違いをしないかを考えてどうするか、変えるなら、変わるなら、いつやる?今でしょ!」
しまったつい勢いづいた流れで流行語入れてしまった。たぶん先生は今でしょ!までは言ってない、ハズ。
でも、たしか、いつやる?と聞かれて、その声音がいつもより優しくて、思いの外生徒思いだった先生に感極まった私は泣きながら今から変わります、と宣言した。
恐怖の大王だった数学教師が私の恩師に変わった瞬間だ。
まぁそのあと宣言通りにみっちりと、日が暮れるまで数学の勉強法を叩き込まれて別の意味で泣いたわけだが…懐かしい思い出である。
「今、か」
妙に納得されたような声が背中から聞こえて我に返る。
「われにはアレを降らせるよりも、…そうよな、初めから、そうであった」
また意味不明なこと言いだした…。まぁいいか。意味不明が彼の通常運転だ。
「アレが降らずとも、まァよいわ」
「調子が戻ったみたいでなにより」
「さて、ぬしのおかげで出遅れたが…、ぬしが現れたゆえ、われら西軍の必勝よな。
ゆるり参るか」
「前から思ってたけど私のことなんかのゲン担ぎにしてない?」
台座をよくわからん力で進めるので、その場で降りる。
戦場に連れ込まれるなんてお断りだ。
くるり、反転した彼はにまにまと意地悪い、けれどどこかすっきりとした笑みを浮かべていた。
「ふむ、われは急に耳が遠くなったようだ。ヒィヒヒッ」
「調子に乗って死ぬなよ!?」
高らかに笑い声をあげて、台座の速度を速める男に声を飛ばす。
いや、ほんとに、変な死亡フラグ立ってないよね?大丈夫だよね?
いや、いやいやいや、なんだこの胸騒ぎ、らしくないらしくない……。
「いやでもなんか心配!!」
風に乗って後を追いかける。こういう時にこの体は便利だ。
どんな速度だって思いのままだし、空だって飛べる。
ほとんどあのみつなりっていう人がなぎ倒していったのか死屍累々としていたけれど、まじまじと見る趣味はないので高度を高めに保ってぎょうぶさんを探す。
あんだけ目立つ姿をしているくせに、なかなか見つからないとはどういうことだ。
「刑部!!」
あの馬鹿でかい声、みつなりさんが彼を呼ぶ声だ。
声のした方に飛ぶ。
地に伏す男と、膝をつく…何あれどこの機動戦士?
一瞬、目を疑うが、まぁ台座で空飛ぶ人がいるくらいだから、うん、夢だし、と納得して気を持ち直す。
「無事か!?」
荒い息を繰り返すぎょうぶさんにみつなりさんが駆け寄る。
そのとき、機動戦士が起動した。
槍を振りかぶったそれに私の体は勝手に動いた。
彼がみつなりさんを押しのける。
その彼の台座を同じ方向に力の限り蹴り倒した。
槍が彼の横を通って私を貫く……貫いて、まぁ当然すり抜けて、見事にその後ろの門であった場所を木端微塵にした機動戦士怖い。
結果的にぎょうぶさんがまるでみつなりさんを押し倒したようになったが、まぁいい、生きてりゃそれで。
驚いた顔のみつなりさんに支えられつつバッとこっちをみた彼。
実体化しようと思ったけれど、どうやら私は帰る時間のようだ。遠くで朝の目覚ましが鳴っているのが聞こえた。
「ぬ、し…!」
手を伸ばす彼に微笑んで手を振った。
また来るだろう。
その時にでも礼を言わせて、そうだな、なにか奢らせてみようかな。
ぱちり、現実で目を覚ます。
同時に、
「さっさと起きなさい!!あんた今日卒業式よ!?」
「うぇい!?今起きましたなう!!」
母親が怒鳴り込んできたのでベッドから飛び起きた。
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2014.01.08