夢話-夢小説の間-





鶏が先か卵が先か






 卒業式はリハーサル通りにつつがなく終わり。
 けれど、リハーサルでは流さなかった涙が頬を伝って、ああ本当に卒業なんだと感慨深いものがあった。
 卒業生を送る在校生の群れをかき分けて、私は一人恩師の元へと駆けた。
 銀フレーム鬼畜メガネがよく似合う、見た目に反して実は30前半と結構年食ってる先生を見つけて声を張り上げる。

「石田先生!記念に一枚一緒に映ってください!」
「写真は嫌いだ」

 ばっさり。
 一刀両断、さすが我が恩師。

「空気読んでくださいよ卒業式ですよ、卒業式!愛弟子の卒業式!」
「弟子にした記憶はない」

 つれない口調だが、こうして会話をしてくれるだけ私は可愛がられている方なのだ。
 …………たぶん、きっと。

「いいえ、あの一年の学期末テストの補講日より私は先生の弟子なのです!」
「…それより、この後予定はあるのか」
「私の一生忘れることがないであろう思い出が流された!?って、え?先生今なんて?」

 聞き間違いでなければこの後の予定を聞かれたような。
 ハッ!もしやデートですか先生、卒業した途端に元生徒に手を出すんですか!
 などと妄想したものの、この堅物の石田先生がそんなことをするわけがないということは百も承知だ。

「この後予定はあるのか、と聞いている、さっさと答えろこの愚図が!」
「言葉の暴力!!なんですか奢ってくれるんですか?」
「誰が……いや、大人しくついてきたら好きな甘味の一つくらい奢ってやろう」

 なんですって。

「先生、誘拐犯みたいですハーゲンダッツがいいです」
「チッ、さっさとしろ」
「はーい」

 親に携帯で連絡を入れて、友達にもラインを飛ばして、先生の車の助手席に乗り込んだ。
 先生が向かった先は大きな病院だった。
 迷いなく進む先生の後ろをはぐれないようについて行く。
 一つの病室の扉をノックもせずに開けて入るので、なんかまるで夢の中のみつなりさんのようだな、などと苦笑した。
 病室は個室、患者の名前は大谷吉継さん。んー、聞いたことない名前だ。ん?いやでも大谷、は聞いたことあるかも?どこだったっけ。

「早く入れ!私を待たせるな!!」

 短気な先生が怒鳴りつけるので、首を竦めて慌てて中に入る。
 入って、扉を閉めて、振り返って、固まった。
 ベッドから体を起こしてこちらを見る男。
 全身に包帯が巻かれた、どこかで、見たことのある男。
 どこかで、じゃない。
 今朝、夢にいた、彼。

「やれ、そうきたか」

 ぱっかーんと口を開けて呆けていた私に、彼が言葉を紡いだ。
 その声も聴き覚えがある。

「此度は現か?どれ、ちと近う寄りやれ」

 ヒヒッ、という独特な笑い方をする人間に、現実で会うなんて思ってもみなかった。
 吸い寄せられるように、ベッドに近寄る。
 彼の伸ばした手が私の頬に触れた。
 覗き込んだ瞳は、白めの部分が黒ずんでいて、同じ目をする人に現実で会うなんて以下略。

「え、ぎょうぶ、さん?」
「おお、しゃべりよった。触れることもできるなァ、あやかしよ」
「いや、あやかしじゃねーし、って、いや、え?なんで…」

 ぎぎっと脇に立つ石田先生を見る。
 腕を組んで満足そうに唇の端を上げる先生はいつも以上に上機嫌そうだ。

「石田先生、なにが、どうなって、」
「貴様は前世の記憶を信じるか」

 ……先生、大人にまでなって厨二病ですか。
 口をついて出そうだったけれど、授業の時以上に真剣なまなざしの先生に思わず首が縦に揺れた。

「ならば、そういうことだ」

 そういうって、どういう。
 先生、今説明まるっきり放棄しましたね。
 っていうか、

「ぎょうぶさん!?あんたなんで人の体抱きしめてんの!?」
「やれ、匂いもするか」
「やめろ変態か!!」
「ハーゲンダッツは明日ここに届けてやる、ではな」

 そういうと先生はさっさと踵を返して病室を出て行った。
 待て、待って、愛弟子が変態に捕まっているんだよ!?
 そしてさりげなく明日、場所、ここ指定しましたよね、何考えてんのあの先生!

「もう消えぬな?われは待ち飽いた」
「いや、消えぬなって、まぁ毎回消えて帰ってたけどさ」

 抱きしめるのはやめてくれたけど、包帯だらけの手が私の腕をつかんで離さない。
 表情が、こう、夢の中でみたような人を馬鹿にしたようなものじゃなくて、すごく嬉しそうだったせいで、ついに振り払うまではできなかった。

「もう、われの前から消えてくれるな」
「迷子の子供か!」
「そうよ、われは迷子よ。ぬしがわれの道標、わが一つ星よ」
「現代文喋れぇええええ!!」

 相変わらず意味不明だな!と一方的に騒いでいたら、看護師さんに「お静かに!!」と怒られました、私悪くない。
 後で聞いた話、ぎょうぶさんこと大谷吉継さんは不幸にも事故に会い、ここ2,3年ほど意識不明の重体で、卒業式のあったあの朝に、意識が戻ったらしい。
 それを聞いた石田先生――なんと下の名前は三成、だそうだ――が、どこかで見た顔だ、もしや…と思って私を連行した、そうな。
 そして変な話、あの時大谷さん――ああもう慣れないな、刑部さんでいいや――に贈った先生の言葉は、先生がもう少し若い時分に刑部さんから諭された言葉で、刑部さんは私から贈られた言葉として話したらしいのだが、それはまるで。













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2014.01.08