夢話-夢小説の間-





伸ばした手の先






 戦国最強の槍が放たれる。
 あやつだけは、三成だけは殺させぬ。
 三成を押し退けた、直後。
 輿が制御していない方向、三成を押し退けた方向に押しやられる。
 均衡を崩し、三成が倒れた上に重なり合うように倒れた。
 はっと振り向けば、あのあやかしが揺らり消えゆくところだった。

「ぬ、し…!」

 ぬしが、押したのか、われを、助けたのか。
 手を伸ばすも、女は笑って手を振りそのまま掻き消えた。
 届かぬ手は空を切る。
 消えた。
 否、帰った、か。
 また、そう、また来るであろ。
 不思議な喪失感と共に、手が下りた。

「刑部、無事か」
「ああ、あいすまぬな」

 三成に助け起こされ、輿へと移動する。
 うまく動かぬ足のまぁ厄介なこと。

「…貴様が、成した、か」

 呟いた三成の視線の先に、地に伏す徳川の姿があった。
 その姿に凶王の陰はない。

「三成よ。われの数珠は打撃でな」
「…そんなことは知っている」
「うむ。打撃ではなァ、切れぬのよ、首を」

 はっとしたようにこちらを見る三成に笑む。

「ヒヒッ、ぬしの悲願を横取りするわけがなかろ。
 すべては義の為ぬしの為、あとは好きにしやれ」

 そうして日ノ本は西軍の、豊臣軍の天下となった。
 しかし、それ以降、アレがわれの前に現れることは、ついぞとしてなかった。
 今までは10日あれば一度は顔を見せたというのに。
 関ヶ原の後始末で、かれこれと忙殺され、ふと息をついて過労に倒れたころには数年の時が過ぎ去っていた。

「刑部」
「やれ、天下人様がこんなところまで足を運ぶとは、よほど政務が捗っていると見える」

 こんなところに来る間に執務の一つ二つ片づけられよう。
 遠回しの嫌味にむっと顔をしかめながらも、三成はわれの枕元へと座り、手拭を冷やし直し、額に乗せる。
 それから部屋を見回した。

「…アレはいないのか」
「われをぬしの上に叩き落として以降見ぬ」

 満足したのか。
 姿を消すなら消すと、もう現れないと、そう言えばいいものを。
 寝込んでいたら、ぬしが来るのではないかと待つ身にもなりやれ。

「…よく休め、貴様にはまだまだ働いてもらう」
「あいあい、わかっておるわ」

 そう返したものの、われの体調はついに快調へ向かうことはなくなった。
 不思議なあやかし。もう、会えぬのか。
 最期にぬしの名くらいは聞き置けばよかった、わ。












 目が覚める。
 ここは、どこだ。
 飛び込んできた白い天井に、はて、と首をひねる。
 病院、そうよな、病院よ。

 となると…先のは昔の夢、か。

 体を起こそうにも体が言うことを聞かない。
 やれ、困ったコマッタ。
 何故こんなところにいるのか…。ああ、そうか、玉突きに巻き込まれたのだった。
 己の体を見下ろす。

 やれ、酷い。全身包帯まみれではないか。

 が、包帯まみれとはいつぶりか。
 様子を見に来た看護師がわれを見て慌てて医師を呼びに走る。
 親に連絡が行き、そこから友にも連絡が行き、出なければならぬ仕事を終えたらすぐ行くという情報が回ってきた。
 起きてからは検査。
 どうやら包帯は玉突き炎上の後、焼かれた肌を無事な皮膚から移植した名残だという。
 人が寝ている間にあれやこれやとよくまぁ忙しない。
 皮膚の移植となれば、あの事故から長くて数か月か、と思えば数年経っているという。
 移植をして、後期の治療で皮膚がうまく戻らないらしい。まったく、昔も今も外面には恵まれぬことよ。
 ようやく検査が一息ついたところで、乱暴に病室の戸が開いた。
 ずかずかと入ってくるのは相変わらずだ。

「ヒヒッ、変わりないようよなァ、三成」

 どっかりと、ベッドのそばの椅子に腰かける旧友に笑いかける。

「刑部」

 やれ、睨まれるか、文句を言われるか、いくつかこやつの行動を想定していたが、三成はそれと違う行動をとった。
 にやりと得意げに笑う。笑うことがそう多くないこやつにしては珍しい。

「歓喜しろ、土産を持ってきてやった」
「土産?」

 その割に、手ぶらのようだが。
 疑問を投げる視線を避けて、三成は廊下側に声を張り上げる。

「早く入れ!私を待たせるな!!」

 声に反応してパタパタと入ってきた小柄な女に、目を見開く。
 アレだ。
 見間違いようがない、アレだ。
 振り返った女は、われを見て、あんぐりと間抜けなほどに口を開けた。
 間違いない。

「やれ、そうきたか」

 これは…、われにも予想がつかなんだ。
 三成は昔からわれの予想を覆してばかりの男よな。

「此度は現か?どれ、ちと近う寄りやれ」

 ヒヒッ、愉快ユカイ。
 吸い寄せられるように、ベッドに近寄ってきたアレに手を伸ばす。
 頬に触れれば包帯越しに熱が伝わった。
 その口がわれの名を呟く。
 嗚呼、ようやっと、この手が届きおったわ。













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+++あとがき+++
本編は一応は、「鶏と卵」までなので番外編。
刑部さんはずっとずっと待っていました。

2014.01.13