あなたの名前、私の名前
衝撃の再開を果たした翌日、三時ごろに指定の刑部さんの病室に失礼してみた。
夢の中であっていようが、現実世界では二度目ましての人の病室にお見舞いってどうなのこれ、と思いながら、一応お見舞いの品としてお花を持ってきた。仕方ないのだ、石田先生が私のダッツアイスを人質に取ったのだ。
がさり、お見舞いの品である花束を抱えなおす。
…男の人にお花ってどうなの、と思わないでもないけど、相談役の母的には無難な見舞いの品、とのことなので、人生の先輩の助言を信じておくことにする。
「こんにちはー」
顔を出せば、石田先生はいなかった。
刑部さんはベッドの上で快く迎えてくれた。
「ほう、あやかしにも人を見舞う心はあるのだな」
「昨日も言った気がするけどあやかしじゃねーから!」
花瓶ない?と聞けば言えば看護師さんが貸してくれるらしい。
花瓶を借りて、お花を飾っていれば、石田先生がダッツアイスとともにいつもの不機嫌顔で現れた。
「約束の品だ、受け取れ」
「さすが先生さすが!わっほーい、いただきます!」
嫌々に渡されるそれを受け取って上機嫌で開封する。
というか、卒業式の昨日の今日で、先生仕事してるんだろうか。今三時ってことは…学校終わってすぐ来たのかな。
まぁ堅物生真面目日本代表みたいな人だからやることはやってるんだろうけど…。
「ぬしは、なにゆえあの後姿を見せなんだ」
昨日、再会した後、刑部さんが相変わらず日本語しゃべってくれなかったせいでのらりくらりと時間が過ぎて、面会時間の制限で病室を追い出されたので、実は詳しく説明できていない。
たぶん、先生も刑部さんも私が妖怪か、もしくはその生まれ変わりだと思ってる。間違いいくない。はむり、アイスを口に放り、溶かした後に口を開いた。
「あのね、私が刑部さんの台座蹴り飛ばして助けたの、刑部さんが目覚めたその日の朝なわけよ。つまり昨日の朝ね」
「……なんと?」
「あー、えっと、私にとって、刑部さんたちの前世が生きてた世界って、夢の中だったの。こっちで寝たら、夜でも、居眠りでもなんかそっちの世界にいたんだよ。人間離れしたことで来たのは夢の中だったせいかなァって。まぁ昨日から眠ってもそっちの世界いけなかったから、たぶん、再会したせい、かなぁ?と思うけど」
そう、昨日帰って眠ったら、また夢の中で目が覚めるかと思いきや、目覚めず、普通に朝が来た。思わず起き抜けに、「あれ?」と口に出したくらいだ。
原因としては口にしたように生刑部さんに会ったから、くらいしか思いつかない。あとは…私が高校を卒業したくらいだ。
どっちもきっかけになるのかよくわからない。
そうか、と思案する二人をしり目に、アイスの消費を進める。おいしいわぁ…。
「…制服姿が、何度かあったが…ぬし、学び舎で居眠りとは…」
「いや、休み時間!休み時間の睡眠大事!ていうか食いつくところそこ!?」
私の突っ込みにやれやれとあきれた様子を見せるけれど、こっちこそやれやれだからな!つーかよく見てるな!
「休み時間を超過して寝て私に叩き起こされた癖によく言う」
「先生それ一年の後半ごろの話です、時効です時効!」
まったくいつの話をしているんだ!もう2年も経つじゃないか。女みたいにネチネチ根に持ってるとモテないぞ。……先生は、黙っていれば顔はいいからモテるのに、まったく残念なんだから。でもこういう人に限っていい奥さんできるんだよね、イケメン爆発しろ!
「…なんだ、貴様、何か言いたいことでもあるのか」
「いーえ、なんにも!」
さっと目をそらしてアイスを食べることに集中することにした。
さっきから刑部さんが顎に手を当てて何やら考え事をしている。
少しして、
「。ふむ、それがぬしの名か?」
尋ねられた。
あ。
と思った時にはぎろりと先生に睨まれていた。
「貴様!昨日名乗りもせずに帰ったのか!」
「忘れてました、てへぺろ」
最後のアイスを飲み込んで答えればチョップが降ってきた。
痛い、マジ痛いこの先生容赦ない。
「すみません!すみませんってば!名前なくても話通じてたんです!」
「名乗れ愚図が」
「ハイ、ワタクシ、と言います。名乗り遅れてスミマセンデシタ」
うぅ、石田先生の言葉の暴力ェ…。
私は小さくなりながら刑部さんに頭を下げた。でも、名乗り忘れたのは刑部さんが日本語話してくれなかったせいだ。私のせいじゃない。
「なるほど、、か。しかと覚えた」
先生が殴った場所を刑部さんが撫でてくれた。
え、なんか、やさしい。
不幸大好き、嫌味大好き、陥れるの大好きだった刑部さんが、やさしい。
あ、そっか。刑部さんは刑部さんでも、今は大谷吉継さんなんだっけ。
石田先生がみつなりさんと違うのと同じで、刑部さんも昔とは違う、のかも。
「あ、そういや、先生は同じ名前で生まれ変わったんですね」
顔を上げて尋ねれば、先生は壮大に呆れた顔をした。
「貴様は何を言っている」
「だって前も石田三成さんって名前だったんでしょう?
刑部さんは大谷吉継さんになってるじゃないですか」
病室内にわずかに沈黙が下りたんだが、私は何か変なことでも言っただろうか。
沈黙を破ったのは件の刑部さんだった。
「われはもとよりその名だが?」
「え!?じゃあなんで刑部!?」
衝撃の事実!
本名にかすってもいないんですけど!
ていうかみんな刑部刑部呼び過ぎじゃね!?
「刑部は役職名よ、愛称みたいなものよな。
まァ、なんでも好きに呼びやれ。どれもわれの名よ」
確かに私は石田先生のことを先生と呼ぶから、刑部さんは大谷刑部ってことで、刑部って呼ばれたことが多かったのかもしれない。
大谷って結構いそうな名前だしね、なるほど。
「大谷さん」
あ、なんか微妙そうな顔した。うん、私も呼び慣れない。
「刑部さん」
何してんのこいつ、見たいな顔になった。一番しっくりくる。
しっくりくるんだけど、あんまりこれで呼ぶのはよくないのかな?やっぱり違う人だもんね?
「吉継さん」
ぴたりと彼が固まった。
ふいっと目をそらされる。
え?照れた?これ照れたの??
にやっと笑った私の顔はとっても意地が悪かったに違いない。
「じゃあ吉継さんって呼ぼ」
言えば、何とも言い難い表情でこちらをじろりと見てきたけれど嫌って言わないならこれで確定だ。
ニコニコと笑い返せば、その睨みは先生の方へと向く。
「三成よ、ぬしはコレに学び舎で何を教えておったのだ」
「今のは私ではないだろう、数学の範疇ではない」
「え、なに、吉継さんって結構初心だったりするの?」
小さな言い合いに単純な疑問をかぶせれば、ぶは、と石田先生が吹き出した。何今の貴重なシーン!?
口を押えてクツクツ震える石田先生とか、珍しすぎてすごい写メっておこう。
カシャッという音と共に我に返った先生がはっとして素早く私の頭を叩く。ちょ、二度目!そして今度は私悪くない!
「暴力反対!」
「斬滅されないだけありがたいと思え!そしてそれを寄越せ十六寸に切り刻む!!」
何その昔の口癖!
教師がそんな口きいたら駄目じゃないですか。
「いいじゃないですかー、笑った先生とか貴重ですよ、刑部さ、吉継さん、パス!」
「どれ、ヒヒッよう撮れておる」
「ぐ…!」
私の手からぎ…吉継さんの手に渡った携帯を恨めし気に睨む先生だが無理やり奪い返そうとはしない。
「ほんっとぎょう…吉継さんのこと大好きですよね。この態度のあからさまな違い」
「妙な言い回しをするな、刑部は友だ、貴様はただの教え子だ。
同じ扱いをするわけがない」
「むぐぅ」
「言い直すなら前のように呼べばよかろ」
呆れながら吉継さんが携帯を返してくれた。
先生から死守しながらカバンにしまう。
「んー…、からかい半分もあったんだけどさ、なんか、だって、前は前、今は今でしょ?
石田先生はみつなりさんに会う前から石田先生で、しかも私はみつなりさんとそうお話したことないから、私の中で石田先生とみつなりさんは別人なんだけど、
吉継さんはぎょうぶさんとして会って話してたことの方が多いから、ぎょうぶさん=吉継さんって思っちゃうんだけど、吉継さんは吉継さんでしょ?
だからつまり、ぎょうぶさんと吉継さんは区別しないと失礼かな?っていう私の中の理屈、わかった?」
「いや、とんとわからぬわ」
われながら支離滅裂だな、とは思ったけど、さわやかそうな笑顔を返された。さわやかかそうでないかは包帯で見えないが、絶対顔にさっぱりわかんねぇよって書いてあるような顔だった。彼の表情が豊かなおかげか、馬鹿にされていることくらいはわかるのだ。
「むきー!とにかく!吉継さんって!呼ぶの!」
「あいあい、ぬしは良い子よなァ」
「日本語をやり取りしているはずなのに全然コミュニケーション取れてる気がしない…!!」
「ヒッヒ、」
上機嫌そうに笑って、刑部さん改め、吉継さんは私の頭をなで続けるのだった。
む、むぅ、なんか一気に子ども扱いされるようになったぞ。
いや、よく考えろ、石田先生とお友達っぽいから大体同級生だと考えると…………、一回り、違う…!!
親子とはいいがたいが彼にとっては充分子供なのかもしれない。
……いや、悔しくなんて、ないし。がっかりなんて、してないし……!!
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+++あとがき+++
最終話の翌日編。
一応、補足をば。
呼び方で、「ぎょうぶさん」「刑部さん」「吉継さん」と諸々ありますが、
「ぎょうぶさん」が、過去の彼を指していて、「刑部さん」「吉継さん」が今の彼を指しています。
あと、大谷さんは賢い人なので「とんとわからぬ」と言っておきながらきちんと理解をして「良い子よなァ」につながっています。
ともあれ、ようやく名前変換ができました←
2014.01.14