夢話-夢小説の間-





杞憂を憂慮






 あのあやかし――否、に再会してからというもの、今までうまく進んでいなかった皮膚の治療が目に見えて快方へと向かう。
 近頃歩行のリハビリも経過がいいゆえに、そろり退院の時期かと医者が言っていた。
 自身はただの人間だと主張していたが、やはり何らかの力を有しているのではないだろうか。
 とれた包帯を見下ろし鏡で久しぶりの素顔を見る。
 後に癒着すると言われたつぎはぎ部分が多少歪ではあるものの、以前に比べれば…見るに堪えない、まではいかぬであろ。

「こんにちはー」

 ここ一週間ほどで聞きなれた声に顔を向ければ、がぱちくりと目を瞬かせていた。
 ああ、そうか、今生での素顔は初めてか。

「やれ、固まるな」

 声をかければ、ごめんごめん、と言いながらベッドわきの椅子に座る。
 高校を卒業後、と言っていただけあり、今は春休みの真っ最中。よほど暇であるのか、はほぼ毎日病室に顔を出す。大学には進まず4月から社会人として働くのだ、と聞いたが社員研修はないのだろうか。やれ、平和な会社に就職したようよ。

「吉継さんも顔変わってないんだね」

 はて。
 首をひねる。
 変わっていない、か?
 いや、変わってはいないのだが、前はこれより酷く崩れていたように記憶をしている。

「…同じに見えると申すか。あれと、今を」
「え、変わってた!?元の造形一緒だーって思ったけど違った?」

 じっと、顔を舐めるように観察される。
 居心地が、悪い。
 顔をそらせば、追われて正面から再度覗き込まれる。
 やれ、タチの悪い。

「うーん、先生に間違い探ししてもらわないとわかんない。皮膚くらい?」

 皮膚くらい、とな。いや、まぁ、そうなんだが…、まァよいわ。
 こやつがわれを厭うなら見舞いにも来るわけもなし。
 見目で判断するような輩に、そもそもわれ自身、惹かれるわけがない。
 近くに寄り、ベッドについていたの腕を引き、抱きしめる。
 途端に耳を打った色気のない悲鳴。

「ヒヒッ」
「この引っ付き虫が!」

 文句を言う割に抵抗はしない。
 触れる、引き寄せられる、捕まえられる。まこと良きことよなァ。
 しかし、他の男へもこうだと困る。
 …よもや、親兄弟のように認識されている、と言うことはあるまいな…。
 思い至った思考に苦い顔をしていれば、腕の中で大人しくなっていたに気付いた。
 はて、と抱きしめる手を緩めて顔を見る。
 なにやら真剣な顔で思考をしている。

「…吉継さんて、先生と同い年くらいだよね?」
「そうだが?」
「……ロリコン?」

 言われた言葉にぴしりと固まる。
 ロリコン、だと?
 確かに歳の差は一回りほどあれど、この娘…。
 真顔で聞いてきているの頬をぎりっと思い切り抓んだ。

「いひゃいいひゃいいひゃい!!」
「やれ、われは急に耳が遠くなったようだ。なんにも聞こえぬわ」

 まるで、われが節操ない幼女趣味のようではないか。
 われが待っていたのはだけ。
 誰が好んで女子高生などという面倒そうなものに手を出すか。
 抓んで捻って、赤く跡が付くくらいになって、ようやっと手を放してやった。

「ひどい…」
「んー?なにか言ったかァ?」
「ひでぇ!」

 酷いのはどちらよ。
 全く30年以上も待たせた挙句、人を幼女趣味呼ばわりとは。
 ぎゃいぎゃいと騒ぎ立てるの声を右から左へ流す。
 長らく待っていたのは…、自分の勝手だと、知っている。
 制服を纏うようになれば、あやかしが着ていたソレを探し中学高校と六年間を費やし。
 けれど見つからず、大学へ進学、企業へ就職して、前世の歳を迎えて、よもやと一年間待ち続けたのも徒労に終わり。
 会いたい、それだけの思いばかりが募り、焦がれ、けれど、諦めかけることも当然、多々あった。事故に会った時など、意識を手放す前、これで仕舞かと絶望した。
 それを、こやつときたら。
 にとって再会は昨日の今日、という間でしかなかったことも理解しておる。
 だが、解せぬ。

「吉継さーん、ごめんなさいってばー」
「シラヌ」
「つ、次のお見舞いの時に好物買ってきてあげるから」
「子ども扱いするでないわ」
「もう言わないから」
「当然であろ」

 いい年をしてただ拗ねているだけだ、とわかっていても認めたくない。
 しかし、原因を口に出す気もない。
 ぬしなんぞ、ロリコンと言われて単純に拗ねているだけだと思っておればいいのだ。
 むぅ、とが膨れる。
 ぬしが怒るのはお門違いもいいところよ。

「吉継さん、じゃあ、私って、守備範囲外?」
「……ハァ?」
「本格的に相手にされていない!?」

 がくり、と大袈裟に肩を落とす。が、こやつ、今なんと言った。
 守備範囲外か、だと?
 それは、つまり。
 そういう意味で見れるか否か、ということか?
 意味を理解して、機嫌がよくなる己が馬鹿みたいだが、それを…やはり素直に言えぬのは性根ゆえ。

「ぬしの頭は…巻尺より役に立たぬな」

 釣り上がりそうな口の端を抑え、はぁ、と息を吐き出した。
 言葉の真意を分かりかねたが恨めし気にこちらを見る。

「日本語でおk」
「阿呆」
「ぐさっときたので慰謝料を請求する」

 ふいっと顔をそらされるのを、両の手で覆い、やんわりとこちらへ向かせ、

「女などしかいらぬ、幼かろうと、熟れていようと、われが欲するはぬしだけよ」

 さらりと伝えれば、ぱちくり、目を瞬かせる。
 口を開け、「……え」、と絞り出したような声が聞こえた。
 視線が彷徨って、再度、「え?」と困惑した声がこぼれた。

「やれ、今度はぬしの耳が遠くなりおったか。困った、コマッタァ」
「い、いやいやいやいや!?え?あれ?え、ええ!?」
「日本語でおk、よ、ヒヒッ」
「よ、吉継さんに言われたくない!!」

 ぼふぼふと掛け布団を殴られる。
 その様子さえおかしくて、愛しくて。
 われも相当、コレに執着したものだ。
 上機嫌に笑い転げるわれと、顔を真っ赤にして布団を殴り続けるを見て、見舞いに来た三成が呆れた顔をするまであと少し。













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+++あとがき+++
当シリーズにおける石田先生は背景です、出てこない時がありません←
大谷さんが穏やかすぎて大谷さんじゃない。
でも絆カウンセラー曰く、誰よりも人らしい大谷さんですからちょっと遅い青春とかすればいいと思うのです。幸せになーれ。

2014.02.03