夢話-夢小説の間-





今昔エピローグ





 久しぶりに夢の中で目が覚めた。
 見回して、今日は屋内にいる。
 乱雑に散らかる文化財のような和室は彼の、ぎょうぶさんの部屋だけど、知らない人が数人で乱雑なそれを片付けていた。
 また、倒れたりしてるんだろうなァ。
 あれ、でも、吉継さんはアレ以降、私に会ってないって、言ってたような。
 姿は消したまま、彼の寝室を探す。
 探して、見つけて、立ちすくんだ。
 布団に横たわる彼は、和装は和装だけれど、

 白装束で、枕元に……線香が立っている。

 そりゃあ、あの後、会えないはずだ。
 実体化して線香を一つ拝借して、火を灯して立てる。
 穏やかな顔、なのかどうかは相変わらず包帯だらけでよくわからない。
 それを考えると、彼は随分と表情豊かだったんだな。
 死に目には会えなかったけれど、弔いには間に合ったのか。
 そっと頬に手を寄せる。
 嗚呼、冷たい。
 少し間があって、どすどす、どころか、だだだだだ、とでも表せる荒々しい足音。
 誰かは予想できた。
 スタン、と襖が開いて、息の上がっているみつなりさんが現れた。
 たぶん気配を感じ取ってとかそんなところだろう。

「珍しく、斬りかかってこないんだ?」

 いくら先生の前世といえど、私の中でそれはそれ、これはこれ。
 ギロッと睨みつけてくる迫力が大違いである。こっちの方が怖い。殺してやるって目線で言ってる。生身だったら死んでる。
 私が石田先生の睨みを怖がらないのは絶対彼に慣らされたからだろう、と在学時代何度思ったことか。
 みつなりさんがあと十年ほどしたら先生のようにちゃんと落ち着くんだろうか…とてもじゃないけど考えられない。

「何をしに来た」

 地を這うような声。怒っている、のだろうか。

「刑部は待っていた、あれからずっと!
 だというのに、貴様は現れなかった!
 いまさら何をしに来たと聞いている!!」

 久しぶりに聞いたけど…みつなりさん怒鳴り声めちゃくちゃうるさい。
 眉を寄せながら吉継さんの言葉を思い出す。

 ――われは待ち飽いた。

 さらりと言われた言葉だったけれど、今更ながら、心に重く響いた。
 ずっとずっと、眠るまで、待って、待たせてしまった。
 私には昨日の今日くらいの感覚で会えたけれど、彼にとってはあれから数年、いや、生まれ変わってからを含めると30年以上。

「そっか、だいぶ待たせちゃったのか…」

 冷たい頬を撫ぜる。

「ごめんね。待っててくれて、ありがとう」

 ぎょうぶさんとしては、もう会えないんだね。
 この言葉も、たぶん届かないんだろうね。
 向こうで目が覚めて、そしたら遅いかもしれないけど、ちゃん「ごめん」と「ありがとう」を言おう。

「来世で幸せにするから、許してね」

 物言わぬ亡骸に口約束だなんて、ばかばかしいかもしれないけれど、でもこれは確定事項だ。
 幸せにならなかったら呪って祟って恨んでやる。

「その言葉に嘘偽りはないな」

 脅すようなみつなりさんの声。…まだいたんだ。
 二コリ、笑って答えた。

「約束する、絶対、幸せにする」

 口にすれば、何やら笑い声が耳に届いて目が宙を彷徨う。
 見えないけれど、もしかしたら彼がそこにいたのかもしれない。
 そろそろ起きる時間だ。
 みつなりさんに視線を戻して微笑む。

「また、ね」

 次はたぶん、来世だろう。
 その予想はきっと外れない。











 現実で目を覚ます。
 自分の部屋、自分のベッド。
 カレンダーに目をやれば、彼がこの日が命日だった、と笑っていた日の翌日の大安。
 今日は特別な一日だ。
 もろもろの準備を終えて、招かれた新郎に微笑む。

「ど?」
「うむ、麗しい」
「えへへ」

 この日のためだけの、純白の衣装。
 籍は昨日入れてきた。
 新郎の後ろに、珍しく柔らかい表情の先生を見つけた。

「ね、吉継さん、幸せ?」
「ああ、シアワセよ。当然であろ?」

 ほら、確定事項なのだ。
 先生にブイサイン。

「聞きました、先生?約束守りましたよ私!」

 ニッと笑って言えば、それですべてを察したのか、片眉を上げてハッと馬鹿にしたように、けれど上機嫌そうに笑った。

「馬鹿者が。今生の未来永劫だ、違えるな」

 そういって、踵を返して真っすぐ部屋を後にする。

「もちろんですとも!」

 背中に届くように声を張り上げた。
 石田先生、まじかっこいいです、流石私の恩師。
 前世のあなたからは想像できないくらいかっこいい背中ですマジ尊敬してます。

「何の約束よ?」
「吉継さんを幸せにする約束」
「なれば、確約であろ」

 それから、ぎゅっと吉継さんの手を握る手に力を込める。
 不思議そうに首をかしげる吉継さんに、思いが届くようにありったけの気持ちを込めて。

「長く待たせて、ごめんね」

 夢の中の言葉を繰り返す。
 ずっとずっと、待たせてごめんなさい。
 再会した後、時々拗ねた様子を見せてたのは、年月のギャップがあったからなのかもしれない。でも、これからはそれを埋めていければいいと思う。

「何を。勝手に待ったのはわれよ」

 ふわり、と、いつものニタリ顔ではなく笑う吉継さんは、本当に嬉しそうに言う。
 その笑顔に私も笑みを返す。

「待っててくれて、ありがとう」

 今も、昔も。
 いつも待つ身にさせてしまった。
 不可抗力ではあったのだけど、けれど、待っていてくれたことに感謝を。
 もちろん、言葉だけで終わらせるつもりなんて毛頭ない。
 神に誓う前に、吉継さんに誓いたかっただけだ。

「…やれ、われの死に目でも見てきやったか?」

 ……。
 なぜ彼はこうも鋭いのか。本当に、いたのかな、あの場に。いや、でも、うん。
 一瞬黙した私を見て真実と見たかどうかはさておき、お得意のヒヒッ、という笑い声が聞こえた。

「今生は死ぬその間際まで傍にいやれ、ぬしが看取れ」

 握った手の甲に唇が触れた。
 前世のこと、根に持ってるらしい。

「われの今生の望みよ、夢よ。
 なぁ、叶えてくれやれ、わが一つ星」

 唇を離して、ふ、と笑う吉継さん。
 ここ数年で、吉継さん言語にだいぶ慣れた私は、彼の意味不明言語に込められている想いや気持ちにようやく気付いた。
 思い返せば、今まで何度言われたのだろう。
 まったく理解できなかった再会時から数えても両の指はとうに超えている。
 追い付いた頭で、真っ赤になりながらようやっと、頷いた。







「健やかなるときも、
 病めるときも、
 喜びのときも、
 悲しみのときも、
 富めるときも、
 貧しいときも、
 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
 その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」




「「誓います」」















+++あとがき+++
ハッピーウエディング!
今生で吉継さんが意味不明言語を発するときの内容は大体熱烈な告白めいたものだったのですが、晴れの日にようやく気付くわけです。

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2014.02.13