夢話-夢小説の間-





二年目の仕返し









 ぴんぽーん

「はいはーい」

 インターホンに返事をしてぱたぱたと受話器に駆け寄る。
 こんな時間に誰だ。
 午前零時の真夜中だぞ。
 不躾極まりない訪問に怒りを通り越して呆れながら受話器をとった。

「はい」
『私だ』

 誰だー。
 オレオレ詐欺?
 いやでもこの口の端を上げながら発せられるような、渋い男の声には覚えがあった。
 生憎とうちのインターホンにはカメラがついていないので確認はできないが。かといってあのドアの穴から除くのも面倒だし。

「松永さん?」

 半信半疑で尋ねてみれば、受話器の向こうで笑ったような気配と、当たりだ、という回答。

『開けてはくれんのかね?』
「ああ、はいはい、今開けます」

 でもなんで松永さんがこの時間に?
 終電逃したって言っても、松永さんならタクシーで帰りそう。っていうか終電逃してなくてもタクシーで帰りそうな人なのに。
 鍵を外してドアを開けた瞬間、視界が赤く染まった。
 次いで、芳香が鼻をくすぐる。

 キィ、バタン

 いや、いやいやいや、なんだ今の。幻覚?錯覚?白昼夢?いやいま真夜中だけど。
 もし私の目を信ずるとするならば、バラの花束を抱えたいい笑顔――もちろん誉め言葉ではなくて――の松永さんがいたような。
 と、目の前のドアが勝手に開いた。
 鍵がかかっていないのだからそりゃ外からも開けられるよな。
 そして、誠に残念ながら私の目は異常をきたしていなかった。

「全くいきなり閉めるとは、卿は少し礼儀を知る必要があるな」

 やはり真っ赤なバラを携えた松永さんだ。
 ニヒルな笑いとバラが相まってよくお似合いだ。

「それ、なんですか?バラ?何でバラ?」
「単なる気まぐれ、というものだ」

 気まぐれでバラを買うのか。いつもだがよく分からん人だな。この人欲しいものすぐ手ぇつけるんだから……。
 どうでもいいが、松永さんのバラの棘、鋭そう。

「まあ、上がります?」
「ああ」

 玄関を離れ狭い独り暮らしのワンルームへと招き入れる。
 え?独り暮らしに男を招き入れるなって?
 こう見えて年の差カップルだバカ野郎。

「適当に座ってください」

 言ってお湯を沸かす。
 ちょっと肌寒くなるこの時期なら熱いお茶がいいだろう。
 滅多に使わない茶葉を探し出して急須に入れ、スタンバイ。
 あとは待つだけなので松永さんのとなりへ行く。

「どうしたんですか?」
「これを卿にと思ったのだが?」

 ずいっとバラを押し付けられた。
 反射的に受け取ってしまって、手の中にある赤に惑う。
 バラは松永さんが欲しかったから買ったんじゃ?

「……これを?私に?」

 聞き返すと呆れたようなため息をつかれた。

「卿は、今日が何の日か……覚えていないのかね?」

 バカにしたような――いや、これもいつもか――顔で言われた。
 今日?
 壁にかけたカレンダーを見やる。

「9月30日……」
「零時を回っただろう」
「あ、じゃあ10月1日ですね。あれ?10月、1日?」

 カレンダーをもう一度見る。
 10月1日って、え、もうそんな日?
 ピーッとヤカンが吹く音に、うわっはぁ!と色気のない叫びをあげてしまい、慌てて口を塞ぐも松永さんにはハッと笑われていた。
 く、くそう、大人の余裕ってやつか。
 カタカタと私を急かすヤカンに恨みを覚えつつお茶を入れてまた戻った。

「じゃあ二周年ですね」

 お茶を出して、笑いかける。
 去年はクッキー作って持っていったら面白かったなぁ。

 ――卿は、こういった記念日とやらを気にするような質だったかね?

 ――付き合って一周年記念って、ふたりの誕生日って感じ、しませんか?……しませんよねぇ。

 あのときの松永さんの驚いた顔といったら、もう可愛いのなんのって。言ったら燃やされるので口にはできないが。
 結局作ってしまったクッキーは押し付けて、来年はいっかなぁなんて考えてたからなにも用意してないんだった。

「松永さんて、そういうの気にする質でしたっけ?」

 ニヤニヤ笑ってやる。
 去年なにもなかったのに、今年は日付が変わったと同時に赤いバラ、なんて。随分と似合わないことをしてくれる。
 が、松永さんはしれっと茶をすする。

「嫌なら返品するが?」
「ちょ、何てもったいない!バラの花束って結構するんですよ?」

 松永さんの金銭感覚おかしい。
 ……おかしくなるくらいの収入ですけどね!この役職人が!

「私は嫌かそうでないかを聞いたのだが、卿の耳は聞き取れなかったかね」

 キュッと目を細める松永さん。
 あ、マズ、ちょっと拗ね始めた。

「嬉しいに、決まってるじゃないですか。返してあげませんよ」

 松永さんから守るようにバラを抱え直す。
 正直、こんなことしてくれるなんて思ってもみなかったもんだから、かなり嬉しい。
 バラが似合う女でないことは百も承知だけども、ほら、花って贈られると嬉しいじゃん。
 それに、赤い薔薇の花言葉は真実の愛って言うしね。
 ……うわ、そう考えると松永さんキザって言うか、意外にロマンチスト?

「お返し、何がいいですか?」
「ではそろそろそれはやめてもらおうか」
「それって、どれですか?」
「卿はいつまで敬語を使う気かね?」
「あ、これは癖です癖!」

 年上には敬語。
 これ私の中の常識。
 しかも松永さんなら尚更だ。

「では下の名で読んでくれるとこちらとしても嬉しいのだが?」
「う、あ……」

 な、な、名前!?
 私は言葉を失って松永さんを凝視した。
 だって松永さんて松永さんって感じがするし、今更名前でなんて、恥ずかしいだろこんちくしょう!

「まさか覚えていないなどとは……」
「おおお覚えてますよ!」
「では言ってみたまえ」

 うぐ。
 あー、とか、うー、とかうめきながら口をパクパクさせる。
 言わなきゃ後が怖いけど、でも、さぁ。

「卿は入籍してからも私を名字で呼ぶ気かね」

 にゅう、せ……入籍!?
 かぁっと顔に熱が集まる。
 それってあれですか、遠回しながらプロポーズってやつですか。それともからかってるだけっすか。
 でも私にその気がない訳じゃなくて、むしろ私なんかでいいんですかってーかもう、そういうこと言われて嬉しすぎるけど恥ずかしいんだってばっ!

「……ひ、ひさひで、さん」

 たぶん顔は真っ赤になっているだろう。
 呟くように言った名前に、松永さんは満足そうに笑った。

「上出来だよ、

 そんな嬉しそうな顔されるとときめいちゃうんですけど!
 とん、と軽く押されたかと思ったら、視界には松永さんと、天井。

「ま、松永さん?」
「学習能力のない口だな」

 逆光でよくは見えなかったが、松永さんは、それはそれは……悪どい顔をしていたに違いない。











+++あとがき+++
二周年です!ありがとうございます!
お相手は まさかの松永久秀www
っていうか、 二年間『松永さん』て呼ばれてたなんて想像すると結構うける。
この後の展開はご想像にお任せします♪

※バックブラウザ推奨





2008.10.01