恨み恨みて生き遂げ給え
彼の人の刃がその命を捕える前に、己の刃がそれを刈り取った。
地に伏すのは徳川家康の泣き別れた頭と胴。
「、きさ、ま……なぜ、なぜだ!!
それは私が討ち取ると!!秀吉様の、仇を、貴様ァ!!
なぜ、答えろ、答えろォオオオオオオオ!!!」
小雨降りしきる関ケ原にて、彼の人の叫び声は、かつて豊臣秀吉を失った時の慟哭を彷彿とさせた。
これで、彼の人が彼の人らしく生き抜けるだろうか。
己を、すべての仇として、この後を生けるだろうか。
刀を手に居合の姿勢でこちらへ駆け出す彼の人の行く手を婆娑羅の力を盾とする。
氷塊が行く手をさえぎり、けれどそれすら砕き、彼の人は血走った眼で己をねめつけ刀を引き抜いた。
真っ先に首を狙うのは彼の人の癖なのだろう。首元に刃を構えれば難なくそれを受け止められる。
応える言葉を、――発してはいけない。
ぎりぎりと、音を立てる刃と刃。
その先にいつも背を追っていた彼の人が正面を見せている。不思議なことだ。
「何故だ、何故だ!!何故貴様まで私を裏切った!!」
なぜ、どうして、繰り返し斬撃と共に問いを投げる彼の人はきっと何もわかっていないのだ。
その答えを得てはいけない、ということに。
降りしきる雨粒が地に貯まり、足元から急速に固まり始めるそれが彼の人の足を絡め捕る。
「キッサマァアアァァァアアアアアア!!」
動きを封じられた彼の人が叫ぶ。
足を捕える氷塊を刀で砕こうとするも、当然足腰に力の入らぬ状態では砕きようもない。
ゆるり、離れて踵を返す。動けるようになるまで、つまり氷が解け始めるまでが逃走時間。
急ぐ必要もあるまい。真正面から闘おうとした徳川家康と違い、こちらは逃げるだけだ。
背から怒号が飛んでくる。
「許さん、決して、貴様を許しはしない!!
地の果てまで追いかけてでも殺してやる!!
殺してやるぞ!!!」
――そう、それでいい。
軍師殿が彼の人のために奔走し、心砕くなら。
己は彼の人のために、彼の人を裏切り、地の果てへでも逃げ切ってみせよう。
貴方様が、貴方様であるために。
「ぬしの目的は、コレか」
戦場を抜けた先、我が行く手を阻む、軍師殿。
肯定も否定もする気はない。軍師殿ならば己が答えずともわかるだろう。
歩みを止めるつもりはない。そのまま横をすり抜ける。
「まさか婆娑羅者でもあったとは、やれ、世にはわからぬことばかりよ。
―――まぁ、どこへなりとも逃げるがよいわ」
ぴたり、足が止まった。
つまり、それは。
「われとて憂いておったのよ、徳川亡き後の三成になァ。
ぬしの“智”も中々のものよ」
引き攣った笑いをこちらへ向ける軍師殿。その真偽は相も変わらずわからない。
けれど、己は知っている。
軍師殿は万人を裏切ろうとも決して彼の人を裏切らないし、すべての行動は彼の人のためということを。
きっと己が望まずとも、祈らずとも、彼の人の傍で彼の人のために在り続ける軍師殿に、彼の人を頼む、との言葉は不要だろう。
だから、
「大谷殿のなさることに疑いの余地などありませぬ。
昔も、今も、これからも」
常々、彼の人が言っていた言葉を贈る。
彼の人は、いつだって正しい。
ふわり、笑う。
笑うなど、いつぶりであろうか。
瞠目した軍師殿を一目視界に納め、振り返らずまっすぐと歩みを進めた。
・
・
・
後に伝わる史実の片隅に残った戦人が一人。
名はどの記録を参照しても、“”としか記されていない。
生没年、出自、性別、ほとんどの情報が不明ながら石田三成の側近として仕えた記録のみ残っている。
関ヶ原の合戦以降、その名が記録に連なることはなかった。
合戦後、石田三成が生涯をかけて探し続けたとの記録もあるがその真偽は定かではない。
関ケ原 止むこともなき 五月雨を
恨み恨みて 生き遂げ給え
(合戦場に降り注いた五月雨を、雨を、水を、私と思って恨み続けてください。
そうして貴方様らしく天寿を全うされてください。
生ける屍など、貴方様に似合いもしないのだから)
終
+++あとがき+++
三成さんの幸せを考えていたらこんな結末になりました。
病んでます、ええ知ってます(遠い目
最後の短歌は適当です。文才が来い。
基本はハッピーエンドが好きですが、最近大谷さんの影響か後味悪い話も好きになったみたいです
※バックブラウザ推奨
2013.11.17