夢話-夢小説の間-





Dry and Wet





 最近、恋仲の男が構ってくれない。
 やれ、鍛錬だ、執務だ、軍議だ、戦だ、と、やたらめったら外出している。
 日が暮れれば自室に戻ると思いきや、執務室にこもりひたすら朝まで筆を動かしている。
 かれこれ、ひと月か、はたまたふた月か。
 はて、恋仲とはなんであったか。と。定義自体を疑ってしまっても仕方のない話だ。
 労いに茶を持って訪ねたこともあるのだが、去れ、邪魔だ、失せろ、と、言葉は違えど同等の対応が三回ほどあったので、殺すぞ、と言われない内におとなしくしていることにした。
 だから、

「そういった経緯がありまして、わたくしではお相手致しかねます」

 件の男が飯も食わず、寝もせず、いつ倒れてもおかしくないから世話を焼いてくれ、と輿で移動する参謀殿に頼み込まれてにこやかに断ろうと、私は悪くないと言い張りたい。
 対する参謀殿は頭を抱えていた。三成め、などと恨みごとのように彼の名を呟く。

「いやしかしだ、われの言うことも聞かぬのだ、他にはぬししかおるまいて」

 そもそもあの人が参謀殿の言うことを聞かないのならば、誰の言うことも聞かないのではないだろうか。
 いっそ、太閤様や軍師様が化けて出てくれればよいのに。
 まぁここで渋り続けたとして、参謀殿は私に用事を押し付けるまでここを去らないであろうし、参謀殿とて忙しい身の上。
 参謀殿が倒れてしまえば、それこそ西軍ともども倒れることくらい私でも知っている。
 はぁ、と当てつけのように口から息を吐く。これくらいは許してほしい。

「御身のため、尽力しましょう」
「せめてそこは三成のためと言いやれ」

 この三成馬鹿め。
 思ったけれども口には出さなかった。顔には出したが、参謀殿にはそれで十分だろう。
 こうして厄介事を押し付けられた私は、さっそくと急かされて小ぶりの握り飯を抱えて彼の部屋を訪ねた。

「三成様、失礼します」
「誰だ」
「私です、です」
「去れ」

 断るの早い!!
 もうやだこの男。
 はぁ、とため息をつく。どうせ障子越しだ聞こえまい。

「かしこまりました。この場からもあなた様の元から去らせていただきます」

 愛想を尽かしてやろう。
 参謀殿にもだめでしたてへぺろって言ってやろう。
 もういっそ参謀殿の恋仲にしてもらおうか。
 嘘偽りでもかまわないから、甘言がほしいとお願いすればあの人なら与えてくれるだろう。
 もしくは某穴熊様にでも娶ってもらおうか。最大の嫌がらせになるではないか。ああ、これは名案。
 立ち上がるため腰を上げた瞬間スパン、と目の前の障子が開いた。
 赤く光る瞳、黒く立ち上る闇、般若の様相との形容が当てはまるご本人様の登場である。
 ミシリ、と障子の枠が変形する。

「貴様ァアアア!!この、私を、裏切る気かァアアアア!!」

 ほっそい体のどこからそんな声が出せるのかと呆れるくらいの怒号がその口から発せられる。
 だがそれに臆するようでは、これと恋仲などやっていない。
 平伏するわけでもなく許しを請うわけでもなく、真っ直ぐと背を伸ばし、首だけ傾げて冷たい色でねめつける。

「裏切る?何故でしょう。わたくしは去れと言われたから去るだけにございますれば」
「そのような意味で言っもがっ」

 大口を開けて反論しようとしたところに小ぶりのおにぎりを突っ込んだ。
 食べやすいようにと、一口で食せる大きさにしたわけだが、なるほど、これはいい手段だった。
 気道に入ったのか咀嚼するどころか口を押えてむせ始めたが知ったことではない。
 残りは参謀殿に渡して、口を開けたときに放り込む簡単なお仕事ですよ、と伝えて去ろう。
 
「わたくし、嘘も、裏切りもしてはおりませぬが、あなた様が去れと言うのです。
 去らなければそれこそ嘘で偽りで裏切りでしょう、では失礼いたします」

 回復する前に立ち去ろうと足を動かす。
 思えば、私はなぜ彼と恋仲になったのか。
 今やもう遠き日の思い出だ。変わってしまったのだ彼は。
 はぁ、とため息をついて考えるのをやめた。

「ッ去るな!!」

 後ろから声が追いかけてきた。一瞬足が止まってしまった――あまりにその声が切なげに聞こえて。
 次いで、返事をする間もなく襟を掴まれ乱暴に後ろに引かれる。盆のおにぎりが宙を舞った。
 当然男の全力に抵抗できるわけもなく、男の右腕が肩から、左腕が腰から絡まりついて私を拘束する。同時におにぎりがべしゃりと廊下に着地した。なんてもったいない…!!

「私の元から去ることは許さない…!!」

 ぎゅう、と抱きしめられ、というよりは締め付けられ、このまま窒息死するんじゃないだろうか、などと頭の隅で思う。
 抵抗もできないくらいにがっしりと抱き込まれてはため息をつくくらいしか反抗態度が思いつかない。
 というか廊下なんですけど。通りがかる人の目に触れちゃうんですけど。凶王様がご乱心です。誰か助けて。あ、無理だ凶王様相手だと誰も助けてくれはしない。

「貴様は私の物だ。勝手に離れることを許しはしない」

 横暴すぎる。イラッとしてしまった私を誰が責められるだろう。

「わたくしはあなた様にとって、お気に入りの置き物か何かでしょうか」
「違う」
「単に都合のつくときに愛でられればそれでよろしいのでしょう?置き物と何が違うのです」
「違う!!」
「違う、だけではわかりませぬ」

 ぐい、と正面に向き直される。
 向き合って、息を飲んだ。彼の瞳から、透明な雫が、流れている。
 ぐしゃり、と彼の表情が歪んだ。

「貴様は、、は私の女だ、置き物などなくなれば捨て置くがお前は違う。
 私の物だ、なくなるなど許さない、地の果てまででも追いかける。
 拒絶しようが拒否しようがお前は私の物だ、あの時私の言葉に頷いたのだ、裏切りなど、許さない、許されるものか…!!」

 今度は正面から体が浮くほどに抱き締められた。
 首元に彼の額がすり寄る。

「、私から、離れるな」

 囁くような掠れた声。ず、と小さくすする音まで耳が拾う。
 これでは、まるで私が悪者ではないか。

「去れと、言われました」
「撤回する」
「邪魔と、言われました」
「撤回する」
「失せろと言われました」
「撤回する…!!」

 みしりと、今度は障子の枠ではなく私の背中が音を立てそうだった。
 ぐふ、となにかを吐き出しそうになったが空気を読んでこらえる。

「去るな、未来永劫私の傍にいろ、拒否など認めない」

 そうだ、と思い出す。
 私が彼と恋仲になったのも、ひとえにこの彼の押しの一手のせいだった。
 対して愛想もよくない私に何の戯れかと初めは訝しんだ。
 それでもしつこく私の物になれと、傍にいろと言い募り、最終的に、そう、今のように泣き落とされたのだ。
 初めて手に触れたとき、初めて唇を重ねたとき、初めて体を求められたとき。私が少しでも渋る様子を見せると決まってこれだった。
 泣き落とし程度で都度ほだされているのだ、私とて何らかの情を捨てきれないのだろう。
 はぁ、とため息をつけば、びくりと私を抱き込む彼の体が揺れる。女一人の拒絶にこうまで必死になるのが日ノ本で凶つ王と謳われるその人なのだろうかと呆れてみたくもなる。
 なぜ、そこまで私にご執心くださるのかは、いまだにわからない。
 けれど、

「そうまで言われては致し方ありません。承知いたしました」

 この人の泣き顔を見るのは、好きではない。
 がっちりと抱き込まれている中から何とか腕を動かして彼の背に回して身を預ける。

「飽くまでお傍にお置きくださいませ」
「飽かない、飽くわけがない」

 彼の手が私の後頭部を抑え込み、唇が合わさる。
 貪るようについばまれ、息が段々と荒くなるわけだがしかしここは先にも言ったとおりおにぎりのぶちまけられた廊下である。
 なにしてんのこの人!!

「ゃ、み、みつ、なり様ッ」
「拒絶することは許さない」
「ちが、ここ廊下ッ」
「それがどうした」

 場所選んで、場所!!あと刻限も!!
 抗議の声は、空しくも彼の口へと吸い込まれる。

「安心しろ、人払いはしてやる」
「ッ」
「お前の声を他の者に聞かせて堪るか」

 甘い声音で囁いているが、違う、そういう問題じゃない。
 泣いた烏が何とやら、口を貪り続ける彼に何を言っても無駄のようだ。
 諦める他に道はない、と観念して肩の力を抜いた。
 情事の後、動けなくなった私へ「顔を合わせたら止められるかわからなかった」とひと月ふた月放置した言い訳を述べられた凶王様が罰を与えろと強請るので、渋る私を説き伏せた参謀殿から毎朝夕餉一口程度の握り飯を私の手から食べ、丑の刻までには私とともに眠りに就く罰を与えたのだが、それは罰になっていないと愚痴る相手が私にはいなかった。












+++あとがき+++
石田=凶王=理不尽の等式が成り立ってしまっているのでどう足掻いても石田さんは理不尽です。
前半もっと大谷さんと戯れるシーンを入れようとして大谷さん夢になりかけたのは私の大谷さんへの愛です←

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2013.12.18