夢話-夢小説の間-





悪くない








 差すような夏の日の光が開け放たれた襖から差し込んでいる。
 放置したら畳が焼けるな、などと呆けながら、は元就の執務姿を眺めていた。
 かれこれ何刻経つことか。
 彼女が訪ねてきたときからすでにその姿勢を崩さぬ元就は、顔色一つ変えずに筆を動かし続けている。
 本日この場で交わされた言葉といえば、「ここいていい?」「邪魔立てせぬというなら許してやろう」くらいである。
 ぼーっとひたすら元就を見ていたがふと口を開く。

「元就、大変だ」

 往々にして思考の掴めない彼女が言うことは、大体にして意味が不明だ。
 大いに有益になる場合もあれば全くもって何の益もない場合もある。
 故に待遇に困るわけだが。
 煩わしいと思いながらも元就は視線をに投げる。
 その瞳はまっすぐ自分に向いている。

「……何ぞ」
「愛が欲しい」

 しぃん、と部屋が静まり返った。
 元就は今執務をしていた内容を頭の中で反芻し、彼女の口から発せられた言葉の真意を探る。
 ……どのような計算をもってしても、なんの関係もないとの結論に至った。

「……………去ね」

 沈黙のあと、表情も変えずに元就は言い放った。
 そして筆を再び動かし出す。
 全くもって意味が分からぬ。
 今日は外れのようだ。

「稲の実が成るのは秋だ。今は夏だ」
「その程度知っておるわ。我は下がれと言ったのだ」
「そうか、わかった」

 は緩慢に立ち上がると一つ伸びをして元就を振り返る。

「ざびい教とやらに入ることにしようと思っているのだが、西に行けばいいのか?」

 筆が止まる。
 ゆっくりとを見やると、彼女もまっすぐとこちらを見ていた。
 この娘の何もない、まっすぐな瞳は好感を持てる。

「気でも違ったか」
「いや、本気を出して愛というものについて考えてみようと思った次第だ」

 あくまで真顔で言うにふむ、と元就は頷く。
 いったいどこで愛だの何だのという言葉覚えてくるのか。
 しかし、がそこまで言うのだ。何を思ってそのような行動に及ぶのか、それが元就の興味を引いた。

「何故だ?」
「元就の役に立つと思ったからだ」

 帰ってきた答えは意外なものだった。
 だが、どこぞから仕入れてきた愛が何の役に立とうか。

「そのためにザビーとやらの元へ行くと?」

 尋ねればコクリと首肯する。
 馬鹿が。
 呟いた声はあまりに小さく、何か言ったのは分かるものの、言葉としてには届かなかった。
 首を傾げる彼女を元就は鼻で笑う。

「役に立ちたいと言うのならば、我の傍を離れぬことよ」

 に言い放ち、執務に戻る。
 一つ片付けて、いまだ動かないへと視線を投げる。
 セミが煩いくらい鳴いていて、逆光で彼女の顔色は見えないものの、先程からずっと動かなかったようだ。
 だが、その瞳は確かに元就を凝視していて、彼は眉を寄せる。

「何ぞ」
「い、や、何でもない、うん。傍にいるほうが役に立つなら離れないぞ」

 元の位置に座り直しては間抜けな顔でへにゃりと笑う。
 その笑顔を目の端に止め、

「ふん」

 満更でもなさそうに、元就は口許をわずかに緩めた。
 悪くない。
 刺すような夏の日差しも、煩わしいセミの音も、珍しく落ち着きのない彼女も。
 悪くない。















+++あとがき+++
ナリさん初upです♪
何故かナリさんを書くとサンデーにしたくなってしょうがないんですよねー。
その影響でザビー教ネタがw

※バックブラウザ推奨





2008.07.17