夢話-夢小説の間-





my beloved.





「あ、」

 という、呟きの後、すぐさま舌打ち。次いで、「くっそ、」とおおよそ女らしかぬ悪態が飛び出して、大袈裟な溜息で締められた。
 また何かやらかしたのであろ。今に始まったことではない。
 与えられた寝床から動く気が毛頭ないわれは目線さえ向けずに意識を手元の本へと戻す。

「…吉継ぅ」
「…なによ」

 今までいじっていたからくりを放置して、こちらへとにじり寄ってくる。
 立ち上がるのも面倒らしい。畳の井草が衣服に付いて後で文句を言うのは己だと言うのに学習しない。
 ずりずり、と這ってきてぺたり、とわれの背中に引っ付く。
 そして背後から響くうめき声。やれやれ、とわれもゆるく息を吐いた。

「ぬし、仕事は」
「ビルド走らせちゃった」

 びるど。ふむ。意味の分からぬ言葉を吐かれた。
 何かをやらかしたのは分かったが、それが何であるが、どれほど重要なのかはよくわからぬ。
 この間はなんであったか、出刃がどうこう言っておったな。外ツ国のような言葉を理解する気などさらさらないが。

「…爆ぜるのか?」
「まっさかー?Made in Japanなめんな」

 どこぞの何でも爆発する国とは違うのだよ!と無駄に誇らしげに言ってきたが、そもそもその爆発の国とやらをわれは知らぬ。
 何でも爆発…、人も爆ぜるのか?愉快そうではあるな。
 だが、このからくりは爆ぜぬと言う。

「つらまぬな」
「そうだねー」

 前に、壊せば困るか?と天高くからくりを浮かして問うたことがある。
 それが己の仕事道具でなくなると収入がなくなり、最終的には
 「二人そろって路頭に迷うよやったね吉継!」
 とにこやかに脅された。
 こやつの不幸はわれの不幸と相成ると、そういうことだ。
 好意とやらで養われている身、わざわざ立場を悪くする必要もあるまい。

「吉継ぅ、構ってー」
「煩わしい」

 背にべっとりと張り付き、ついには腰に手まで回してきた。
 がっちりと逃げられないよう拘束されため息しか出てこない。

「だってー、あと20分くらい暇ー、構ってー」

 ごろごろと、背に甘えてくる。
 まるで猫のようだ。
 飼われているのはわれだと言うのに、立場の逆転よ。

「そのにじゅっぷんが過ぎゆけばわれはまた放置であろ、都合の良い娘よ」
「そうだよ人間みんな自分の都合のいいように生きてるんだよだから構ってー」

 ああ言えばこう言う。
 舌より生まれいずったのではと言われるわれでさえこの扱いなのだ。
 これを持ち帰れればさぞかし愉しかろ。

「ぬしも舌から生まれたか、達者なものよ」
「えへへ、なんだかんだ言って構ってくれる吉継好きー」
「、」

 そうしてこやつの“好き”は愛玩動物に向けるような感情なのだから始末に負えぬ。
 業もわれの本性も知らず、恐れず、甘えに来る。
 ただの子供か、わかっていての無謀か、阿呆か、それとも妖の類だとでも言うのか。
 温い体温。柔らかな言葉。穏やかな空気。
 もう一生手に入らなかったであろうそれを与え、そしていずれ奪う天。
 天を、世を、人を、この女さえも。やはりすべてを恨まずには、呪わずにはいられない。

「恨めしや」

 心の底から憎しみを込めて呟けば、くつり、と背中で笑う音。
 今の言葉に笑えるところなどなきに等しいと思うが、この女の思考を量ること自体が無駄であろう。

「なんだ」
「吉継が言うと迫力あるね」

 ぐりぐりと額を背にこすり付けてくるので、イタイ、と文句を言えば、ごめんごめん、と軽い謝罪が返ってくる。

「ねぇね、いつか帰るんでしょ?」
「いつかは知らぬがな」
「そしたらさ、今みたいに私のこと呪ってよ」

 ……。今、なんといったこの娘。
 呪え、己を呪えと?いや、呪うが。

「できればなんか見える形がいいな」

 ちらりと後ろを見やれば、えへへ、と常と変らぬ間抜けな顔。

「なぜだ」

 問えば。
 んー、と唸り声がしばらく続く。

「吉継が猫っぽいからかな」

 言って、また笑う。自分の答えに満足した、とでも言いたげな笑い声だった。
 意味が分からぬ。
 猫のようなのはぬしのほうであろ。

「呪ってほしくば贄でも差し出せ」
「えー、なにがいい?にぼし?」

 帰ってきた答えにさらにため息が出る。
 煮干で呪えたら世の中なんと楽なことか。

「ぬし、われのことをなんだと思っておるのよ」
「my beloved.」

 またわけのわからぬ言葉を。
 声の調子から笑んでいることくらいは分かる。
 どうせ犬猫のようだとでも言いたいのだろう。

「約束ね」

 すっと腹から手が引いて、背から温もりがなくなり、言葉が耳に、静かに落とされた。
 込められた感情に見当もつかぬまま、またからくりに向かい始める女の背を見る。
 揺らめき、惑い、恐れ、望み。
 胸の奥で燻る己の感情を言葉に成しえない。
 呪いが欲しいと言うのなら、ひとつ噛みついて醜き業でも授けてやろうか。もしくは不幸の種でも無理やりにねじ込んでやろうか。
 それすらもこの女は笑って許す気がした。












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 my beloved.(最愛の人)
 猫のように知らない内に去らないで。
 そして貴方がいたという証を呪いでも構わないから私にください。

 約束、ね。

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+++あとがき+++
 でっかいプログラムを修正途中、うっかりビルドかけてしまった時にみぎゃーとなったのを大谷さんに癒されたくて書きました。
 大谷さんて両片想いめっちゃ似合いますよね。
 帰った後に奥州の独眼竜さん捕まえて意味を聞いて愕然とすればいいと思います。

※バックブラウザ推奨





2014.05.15