夢話-夢小説の間-





流れるように





「この間なんぞ石を投げられたわ。まァその後に三成が飛んできて片っ端から殴り倒したのだがな」
「そうですか」

 初めましてこんにちは、私です。
 縁側で不気味な包帯ぐるぐる男と茶をしばきながら包帯男のとりとめのない話を聞くのがお仕事の私です。
 ついでにしばいてるお茶を点てるのと、お菓子を選別するのと、朝夕の食事を運ぶのと包帯を変えるのと……つまりはみんな気味悪がってお世話をしない包帯男のお世話をするのが私のお仕事です。みんな仕事選ぶなよ。

「いやしかし、病躯のわれに石を投げるなど情け容赦ない者もいたものよ」
「そうですね」
「それにしてもぬしは愛想がない。お労しい嘆かわしい等囀って見せればわれの心も少しは癒されようものを」
「そうですね」
「はてさて、話を聞いておらぬな?やれ、困ったコマッタ、心も体も節々が痛むわ」
「そうですか」
「……つまらぬ」
「そうですか」
「つまらぬぞ、ぬし、言い返しやれ」
「そうですね」
「一体何の趣向返しよ、常々開いた口に立てる戸が足らぬくらいに囀りよるくせに」
「そうですね」

 別に私とて、雇い主であるこの包帯男に本心からおざなりにしたくて冷たい態度で接しているわけではない。
 もとはと言えばこの包帯男の気まぐれで、よし、今日一日会話に付き合わないふりをしろ、しなかったら不幸な、という流れで付き合わされているのであって、私は全く悪くない。悪いのは包帯男本人だ。
 それが朝餉から始まり夕餉を終えるまで、ということで前半戦は終了しているわけだが、この男、昼を回って八つ時の今、飽きてきたらしい。
 なんとしてでも私を会話に絡ませて、約束を破らせて不幸を降らせてやろうと画策して拗ねたふりまでしているのだ。
 これで西軍を束ねる軍師なのだから聞いて呆れる。子供かお前は、仕事しろ。

「やれ、なかなか頑固者な上に聡いときたか。毛利を落とすよりも難題よ」
「そうですか」

 これ、返事もなし、って言われていたら私はひたすらこの包帯男の独り言を聞く羽目になったのではないだろうか。
 そうなったらなったで、うっかり返事をしないように気を付けるだけなのだが。
 依然横で話し続ける包帯男の話を、はいはいそうですね、と流して聞いていれば、どすどすどす、と廊下を踏み抜かんばかりの足音が聞こえてきたので空になった茶の容器を認め、片づけることにする。

「刑部!」

 ぶち切れやすい繊細なお心をお持ちであらせる城主様だ。

「やれ、三成、そう叫ばずとも聞こえておる。まだ耳は死んでおらぬでな」

 とばっちりが来ない間にさっさと退散、それに限る。
 平伏したのち器を持ってそそくさとその場を離れた。
 なんでもこの間、夕餉を載った膳を運んだ女中を、いらんと言っているだろう、とあの常時携えている長い刀で殴り飛ばしたと聞いた。
 幸いと鞘に納まった状態で、との話だが、夕餉食べたくないから、などと言う理由で人ひとりぶっ飛ばすなど癇癪持ちのお子様である。
 でもその女中もぶたれたというのに、今日こんなことがあってね、と恍惚とした表情で語るのだから、この城の人たちはよく調教されている。キモい。
 包帯男へ石を投げたやつもきっと同じ趣味を持っているに違いない。城主様に殴られたくて包帯男に構うんだ絶対。キモい。
 そんなことを考えながら洗い物をしていれば、がっ、頭に衝撃が走り、つぅ、と生暖かいものが頬を伝う。
 ぼて、と握りやすそうな形の石が地面に落ちた。
 ああ、包帯男と同じことをされたらしい。

「……痛い、かも?」

 しかし今は洗い物中である。そして洗い物はまだ、ある。
 私が洗っていく中、これもよろしく、と他の女中仲間が足していくのだ。
 仕方ない、とため息をついて、私は洗い物から終わらせることにした。
 その内に夕餉を運ばねばならない時間になり、なんっか痛いなァと思いながらも私はようやく遊戯終了を告げる夕餉を包帯男に運んだ。
 失礼いたします、と部屋に入り膳の用意をする。
 何か視線を感じるな、とそちらを見れば、包帯男がじっと私を凝視していた。細かく言うならば私というよりも、痛いなァと思っていた私の頭部を。

「何があった、正直に申せ」

 いつもよりも声が低く、目が笑っていない。

「はぁ」
「はぁ、ではない」

 ぴしゃりと跳ね退けるように私の返答を包帯男は叩き潰す。
 これは気のない会話をしろ、というお戯れの延長なのだろうか。
 城内ではさほど使わぬ数珠を揺らり、構えだすあたり、演技がかっている。
 あぁもしかして、怒ったふりをするために石を誰かに投げさせたのだろうか。
 ないわー、この包帯男、戯れも本気で策練るとかないわー。仕事しろ。

「お戯れは終了とのことならば、常のように」
「よい、さっさと吐け」

 え、あれ。
 策じゃないの?違うの?
 包帯男をしっかり見て首を傾げる。

「いや、なんか石投げられました」
「誰ぞか」
「さぁ、洗い物に忙しかったので見てません。
 人の頭部を狙って投擲できるほどの腕前がいるってすごいですね、この城の人。
 あー、もうカサカサしてる。頬拭けばいいだけなんで大丈夫っす」
「……」

 ぼそり、何かを呟いた。聞き取れなかったが呪いの言葉のような気がするので聞き取れなくてよかったと思う。
 いつも話すたびに回りくどい言い回しを好む包帯男が珍しく端的であることから、何やらいつもと様子が違うことは分かる。
 違うことは分かるのだが…、

「それより夕餉召し上がってくださいな」
「それより、とな。ぬしは憎くはないのか、石を投げた者が、われが」
「ええと、それより、なんで刑部サマがそんな怒り心頭みたいな顔してるんですか?
 私の不幸でよろこびゃいいじゃないですか、らしくない。つーか、夕餉食ってください」

 その言い回し、お前が指示したんかい、と突っ込まなかった私偉い。
 一応ぞんざいな口を効いてはいますが、分別くらいはついているのですよ、ええ一応。

「……ぬしの不幸を、か」
「え?ええ、いつも笑ってらっしゃるじゃないですか」

 墨を吸った筆で手が滑ったわ、とでかでか顔にいたずら書きしては笑い。
 おおっと数珠が滑ったと適当なこと言って私を殴ったり転がしたりしては笑い。
 やれ墨が切れた紙が切れた買いに走れ寸刻でな、と人に忍び張りの働きを強いては笑い。
 おい碌なことがねーな、この職場。虐げることがご褒美なんですか、うわまじ引くわ。とはいえ転職する暇もなければ宛もない。
 ……まぁそれより、だ。早く夕餉食ってくださいってば、と言おうとして、目の前の包帯男がくわっと目を見開いた。怖い。

「われの目の前で起こらぬぬしの不幸はつまらぬ、望まぬ。ぬしを不幸にしてよいのはわれだけよ」

 あれなんか理不尽なことのたまったぞこの包帯。

「ゆえに、われは良きことを思いついた。ぬしを娶ってやろ」

 ……あれなんか理不尽なことのたまったぞこの包帯。

「ああ、無論われの世話を焼くのは変わらずやってもらう。
 いついかなる時もそばに置き、ぬしに降り注ぐ不幸を間近で見やる。
 ついでにぬしに不幸を振らせるものにわれが不幸を見舞えば…見事な不幸の連鎖よヒヒヒッ」

 そこから大爆笑に変わりゆく包帯男を呆然と見ていたけれど、のちに笑いすぎて咳き込み始めたので仕方なく背中をさすって落ち着けた。
 いや待てよ、落ち着きたいのは私の方だ。
 転職云々ではなく、これは俗にいう、永久就職とやらを強要されたのでは。
 あれちょっと待って私の意思はいずこに、と確認しようと思ったころには白無垢を着て三々九度をしていたのでした。




永久就職決定













+++あとがき+++
凶王軍覇王軍を変態の巣窟にしてすみませんorz
自分自身の機微には疎い大谷さん萌え、と青ルート見ながら思いました。
ちなみに名前変換が出ていないのはこの時点で大谷さんが主人公さんの名前を把握していないからという裏設定があります。

※バックブラウザ推奨





2013.12.18