Merry Chiristmas!!
おかしな娘がいる。
おかしな、と表現するには言葉が足りない。
面妖な、いや面はまともである。
少々釣り目気味ではあるが、人間の造形としては整っている、と言っても過言ではない。
狂っている。
そう人のことなど言えはしないのだが、これは狂っている。
頭にねじがあるとするならば、一本と言わずに二,三本は飛んでいる。
なにせ、われをクリスマスディナーとやらに誘うくらいだ。
終業後、「課長、課長」とその円らかな唇でわれの役職を囀り。
にこりと音でもつきそうな可憐な笑みを見せ。
「クリスマスの夜、空いてますか」とまさかの誘い文句を口にして。
周りの人間を揃ってぎょっとした顔にしたのを端から見ていれば爆笑で済んだところを対象が己であれば、耳を疑っても仕方あるまい。
「なんと?」
「ですから、クリスマスの夜。予定空いてますか?
お誘いです、クリスマスディナー、ご一緒にいかがですか」
幻聴ではなかった。
この娘――は頭がおかしいのではないか。
別段気にかけたこともない娘だった。同じ課の所属で、雑用を言いつけたり運んできたお茶をわざと零してやったりと、大してほかの社員と扱いを変えたことはない。
ああ、そうか、嫌がらせか。当日ドタキャンでもして普段の憂さでも晴らすのか。
それとも美女と醜男の組み合わせでもって周りに指差されながら食事をしろと言うわけか。
「ぬしも大層人が悪い」
引き攣った笑いとともに返せば首を傾げられた。
「空いていませんか?きっと気に入っていただけると思うんです。
お台場のホテルの最上階レストランを25日の夜、終業後、19時半から貸切で予約してあります」
「……ぬしは、阿呆か、よ」
聞いた言葉を頭の中で整理し、絞り出した答えがそれだった。
金の使い方が間違っている。
この時期、都内のホテルレストランの予約でもいい金額がするというのに貸切とは是如何に。
ついでいうならばそれは普通は男、数歩譲って収入の高い方の役目である。無論、はそのどちらでもない。
少し認識を改める。頭にねじがあるとするならば二,三本と言わずに四,五本は飛んでいる。
しかもそれを何とも思わない表情でにこやかに言ってのけるのだ阿呆だ。阿呆。
「ダメでしょうか?」
「、そこまで言うなら行ってやろ」
リア充爆発しろと常々思う行事だが、どうせ予定などない。
阿呆に合わせるなど、われも随分優しくなったものよな。
なんだかんだと手籠めにして放り出してやればいい。
阿呆相手に考えることも面倒だった。
当日。
終業後、更衣室に引っ込んだかと思えば聖夜を過ごすにふさわしいドレスアップをした姿を見せた。
白ベースの布地に、黒、黄色のラインが入った上品な膝丈のワンピース。控えめな装飾類。立派な見栄えよ。
やはり隣を歩くであろうわれに対する嫌がらせである。
タクシーで指定のホテルへと向かい、ホテルマンに案内され、の宣言通り最上階の貸切にされたレストランに通された。
本気でやりおったわこの女、マジキチ。
と、思ったが口にも顔にも出さなかった。
「メリークリスマス」
「ああ、あい、メリークリスマス」
綺麗な夜景、とやらを見ながら食前酒、と出されたシャンパンを掲げて食事を楽しむ。
さしたる話題もなく、時折仕事の話、職場の話、趣味趣向の話などを気ままにする。
平穏よな。やはり…、世の中つまらぬことばかりよ。
「大谷課長にクリスマスプレゼントがあるんです」
時間は21時と言ったところか。
がデザートを口に運びながら笑んだ。
必要性も感じなかったため当然われは用意をしていないが、さして罪悪感も感じない。
「はて、ぬしは手ぶらのように見えたが」
にこり、と常と変らぬ笑みをその顔に乗せ、すっと右手を掲げ、指を鳴らした。
瞬間。
ドガン、と夜景が爆ぜた。
そう、爆ぜた、目の前で。その娘の後ろで、見事な火柱を上げた。
何が、起きた。
呆然自失、というのはこの時のために生まれた言葉ではないかと後々思った。
「いつぞやか、リア充爆発しろ、と仰っていたでしょう?」
……己の、認識を改めよう。
これは狂っている。
狂っているし、大抵の人間の頭の中にねじがあるとするならば、こやつにはねじがない。
足りないではない、元からない。
「喜んでいただけました?」と、言葉を続ける娘。
「ヒヒ、ヒハ、ヒャハハハハ!」
それに狂喜の笑い声を上げてたわれもまた、同様にねじなど存在しないのだろう。
ああ、あの場にいた何人に不幸が襲い掛かったことだろう、なんと愉快な。
「喜んでもらえたみたいで、何よりです」と笑みをこぼす。
「バレンタインは…、そうですね、池袋あたりにしましょうか、それとも渋谷?新宿?」
歌うように候補地を述べるその性根は純粋な黒とでも言うべきか。いや白と言うべきか。
嗚呼、身を包んだその白黒の様相、まさに似合いよ。
「して。ぬしはホワイトデーに何を望むのだ?」
「その他大勢にさんざめく降りかかる不幸を」
にこり、と音でもつきそうな可憐な笑みを見せた。
その表情はわれをここに呼んだ時と変わらぬ笑みだ。
「でもその前に、私にもクリスマスプレゼントをいただけますか?」
「なにがよい、と言ってもわれからぬしへ贈れそうなものなど限られておるなァ」
「名前で呼んでほしいです、吉継さん」
「よ、ぬしはほんに欲がない女よ」
満ち足りた気持ちで、常の表情で笑いあい、食後のワインを共に煽る。
ああ、夜景がまこと綺麗なことよ。
+++あとがき+++
リア充爆発させてみた。
犯罪風味でスミマセン。
主人公さんの母上の本家の名字が松永で、血筋かつ直伝の技術だという設定です。
皆さまメリークリスマス!
※バックブラウザ推奨
2013.12.24