夢話-夢小説の間-





あなたの笑顔が見たいだけ





「ねぇ、黒官、大谷君について何かコメントすると?」
「なんだ変なこと聞くな。まぁ性悪だな。飛んでもねぇ悪趣味で関わるとろくなことがない。聞いてくれよこの間なんて」

 以下略。
 いや、略してはいない、変わらずに黒官こと黒田官兵衛は私の横で大谷君についての愚痴を延々と語りだす。スルーに限る。
 適当に流していれば、「お前さん聞いてないな!?」と怒られたけれど、「うん」と正直にうなずけばいつもの「なぜじゃあああ」が教室に響いた。
 けれどもこれも、日常よ、とばかりにクラスメイトもスルーだった。3年にもなればそりゃあみんな黒官の不運さや哀れさに慣れてくるというものである。

「つーか、なんだ急に刑部のこと聞き出すだなんてお前さんらしくもない」
「あー、ねー」
「なんだ惚れたのか?なーんt」
「そうっぽいんだよね」
「なぜじゃああああああ!?おま、お前さん気は確かか!?」

 両肩を掴まれてがっくんがっくんと揺さぶられる。
 なぜ、どうして、何のタイミングで、と聞かれるものの黒田シェイクにか弱い女の子である私が耐えうるわけもなく、成すがままにされた。
 刑部、と呼ばれる大谷吉継君は隣のクラスの変人だ。
 包帯を体中に巻き、車椅子を乗りこなし、不気味な笑いが絶えず、不気味な噂も絶えず、趣味は黒官をいびることと他人に不幸を植え付けること。
 字面で並べるとどう考えても変人で変態で関わり合いになりたくない人間だ。春に卒業をしていった明智先輩とは別の方向にいく関わり合いになりたくない人間だ。大事なことなので二回言っておく。
 そんな変人の彼に、なぜか私は惹かれている。
 今回ばかりは黒官の「なぜじゃ」を適用してもいい。
 彼を見かけると、どうにも胸の鼓動が落ち着かない。
 笑む姿を見たい。たとえそれが黒官いじめであろうと見たい。あ、黒官はいじめるものだった、うっかり。
 黒官から解放されたのは昼休みを告げるチャイムが鳴り終わって先生が教室に入ってきて先生にとめられたころだ。
 マジ黒官一度死ね。
 午後の授業ほど身の入らないものはない。
 ノートを取りながら、落書きをしながら、ぼけーっとしながら、どうしようか考えた結果。

「とりあえず、告白してみようと思うんだ」

 放課後、黒田に宣言してみれば、再度、なぜじゃと叫ばれた。
 接点も何もない名前でさえ覚えられているか定かではない人間から告白されたところで了承するとは思えないが、とにもかくにも存在を知ってもらわなければ意味がない。
 となると、証人は多い方がいい。
 思い立ったが吉日である。
 帰る用意をちゃっちゃとして、私は隣のクラスへ足を運んだ。

「大谷君、いますか」

 空きっぱなしの引き戸から声をかける。
 途端、ざわめく教室。
 その中で、キィ、と金属がきしむ音が一際耳に届いた。
 彼が、私の方へ車椅子を進める音だった。

「やれ、ぬしの顔に覚えはないが…、何用か?不幸が欲しいか?ヒヒッ」

 やはり不気味だ。
 不気味なのだが、言葉の最後に添えられた笑みに、私の心はときめいた。
 車椅子との距離を詰めて傅いて、車椅子を進める右手を両手で握り込む。
 まるで、王子様がお姫様にするように。性別が逆だと突っ込んではならない。
 それだけで教室内のどよめきが広がるが、これは私なりの作戦だ。
 すっと息を吸い込んで、真直ぐに大谷君を見つめた。
 白い瞳が、まるで満月のようにまん丸く見開かれている中に、私がいて微笑む。

「隣のクラスのです。
 大谷君のことが好きです。
 お付き合いを前提にお友達になってください」

 声高らかに宣言。
 ぴしりと固まる大谷君。
 しん、と水を打ったように静まり返る教室。
 まるで時が止まったかのようだ。
 心の中で数を数える。
 いち…、に…、さん…、し…、ご…。
 ろく、を数えようとしたところで、大谷君が目を閉じ開きなおす。

「…誰の差し金か、黒田か?そうか、黒田であろ、明日より黒田は手錠の刑よ」
「なぜじゃああああああ!」

 廊下の方から声が聞こえた。黒官のことだ、マジでするのかよ、と野次馬しに来たに違いない。私の告白の場をその声で汚すとは…あとで処刑する。

「私は本気なんだけど、本気と受け取ってもらえなかったかな」

 きゅっと握る手に力を込めると、車椅子ごと引かれた。
 だが気にはしない。開いた距離を詰めるだけである。

「、ぬしは頭に蛆でも沸いておるのか、そうか塩でも撒いてやろ」

 大谷君が一歩分下がる。

「そんなお茶目なところも好き」

 私も一歩分詰める。

「ヒィ、笑わせてくれる」

 再度一歩分下がられ。

「ああ、笑顔もやっぱり可愛い」

 再度一歩分進む。可愛い発言に一瞬ひるんだ大谷君可愛い。

「ぬし、やはり頭に蛆が沸いておろう」

 さらに後ろに下がろうとしたところで教室の端。
 忌々しげな顔も、私が指せたと思えば可愛く見える。

「心配、してくれる?」
「憐れんではやろ、いい加減手を離しやれ」
「じゃあお友達から、ということで」

 にこり、と笑顔を向けて手を離す。
 まるでおぞましいものを触ったかのように、彼は右手を左手で摩った。
 ああ、手を取ったのだから唇くらい落とせばよかった、と思ったのは後の祭り。

だよ、よろしくね」

 再度名乗って、私は隣の教室を後にする。教室内外から視線が付きまとうけれど気にしたことではない。どうせ一年もしたら卒業なのだからやりたいことをやるだけだ。
 廊下に出たところで、ほんとにやりやがった、とでも言いたげな黒官の腹に一発拳を埋めて、上機嫌のままに下校した。
 それからというもの、校内で見かければ声をかけて駆け寄り、逃げられ、追いかけ、前髪が前衛的な下級生に妨害され、なんて事を繰り返して奇人勇者の称号を得たことを追記しておく。
 おかしいな、大谷君の笑顔が見たいだけだったんだが。












+++あとがき+++
どうにも、最近書く主人公さんは冷めているというか大人というか可愛くないというか…。
中の人のテンションのせいでしょうかね?

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2013.12.28