夢話-夢小説の間-





恋が来い





 平素の彼を見て、所作を見て、戦場の彼を重ねる。
 優美な手腕の流れ。戦場で数珠を自在に操るその手元には、今は筆が握られ美しい字をつづっている。
 人は彼を恐れ、遠巻きに見て、陰口を囁く。
 彼はそんなものなど知らんと言わんばかりに世を嘲笑う。
 まるで柳のようだ。

「急かしに来たか、。堪え性のないことよ」

 私が背後に現れ、じっとその背を見つめていたことなど初めから気付いていたのだろう。
 そろそろ見つめるのをやめろと言わんばかりに彼から声をかけられた。
 それでも筆は止まらない。

「堪え性がないのはうちの頭であって私ではないです」

 弁明をしておくと。
 刑部から書を受け取ってこい、と命を下した御大将がいけないのだ。
 短期で横暴な人であるから、すぐに動かねば私の首と胴は瞬く間もなくお別れする。
 そして迷わず真っ直ぐ訪ねてみれば、書をしたためている最中だったので少し観察していただけだ。
 私の回答に、喉を鳴らして彼は笑う。

「見ていてもわれの蠢くさまなど気味が悪いだけであろ?
 嗚呼、ぬしは趣味が悪かったな、いや、失礼」

 まったくもって失礼だと思っていない詫びだ。

「刑部殿の所作はそんじょそこらの女中らよりも美しいとは思いますがね」

 私の答えに、彼は腹を抱えて笑い出した。
 会う度に、彼は自虐ネタで人を困らせようとするので、逆に困らせてやろうといつしか始めた褒め殺しの言葉遊び。いや、本心でもあるのだが、彼はただの言葉遊びとしか思っていない。そして毎回大うけする。そんなわけがないのに趣味が悪い、と全面で表現して。
 初めは所作が美しいな、と。本当にそれだけだと思っていたのだが…、こういう人を全力でからかいに来ているところとか、笑い転げる大人げのなさだとか、自分がどのように思われているかを逆手に取った行動などが可愛いな、と最近思ってきてしまっているので、自分は頭まで腐ってきたのでは、と思う。
 ちなみに先日、島に告白してみたところ、ついうっかり大暴走してしまったことは記憶に新しい。

 「……島」
 「あ?どうしたんだよ」
 「刑部殿は可愛いな」
 「……は?」
 「島も思うよな?可愛いだろう?どうにも部下には賛同を得られないのだが…。
  だが見ろ、今日も今日とて可愛らしいお姿だ。しなやかな腕に優美な仕草…。
  常々三成様や刑部殿が言われるように悪いのは周りで世界で世の中だと思わないか?
  うん、そうだ、そうに違いない。刑部殿が可愛いのは常識だったな」
 「三成様ぁああああ!こいつに、こいつに休みをやってください!
  本気で!本気でお願いします!壊れる!っつうか壊れた!!
  刑部さん逃げて超逃げて!!」

 半分冗談…のつもりだったのだが、思いのほか本音がぼろぼろと出てしまい、さらには島が思いのほか大騒ぎをしたために、結局一日休みをもらってしまった。不覚である。

「ぬしは三成の下にいる割には言の葉を紡ぐのが存外得意よなぁ。
 やれ、次は何だ?」

 刑部殿の声にハッとして我に返る。
 にやにやと次の私の言の葉を待つ刑部殿。……やっぱり大層可愛らしいと思う。
 だめだ、可愛い。うん、可愛いです、はい。

「……刑部殿、私は趣味どころではなく眼も、頭も悪くなり、もう使い物にならぬかもしれません」

 この先、彼を見ていたら理性が弾けてしまうんじゃないだろうかと思う、真剣に。
 悲壮感すら漂わせる私に、刑部殿は首を傾げる。それからにんまりと笑った。

「なんぞ、患ったか。業か?肺か?ほぅれ、見やれ、ぬしにも不幸が降り立った」

 嬉しそうに歌うように言葉を重ねた刑部殿からは、それでも不思議と、苦々しい感情が伝わってきた。ああ、違うのだ、あなたにそんな思いをさせたいわけではないのに。

「ぬしもわれを呪うであろ?ほれ、その回る舌で悪態でもついてみせ?」
「刑部殿……、いえ、病ではないのです、おそらく、そう、言い切れるほどでも、ないの、ですが…」
「歯切れの悪いぬしなど平素より一層気味が悪い。
 言え、言わねば、…そうよなぁ、代わりに血反吐を吐かしてやろ」

 さらりと拷問することを選択肢に混ぜ込むあたり、やはりこの人は周りに称されるように恐ろしい人なのかもしれない。
 書状を受け取りに来ただけのはずなのに、血反吐を吐かされてはたまったものではない。
 覚悟を決めて口を開いた。

「……恋の病、と、言ったら、刑部殿は笑われますか」

 一瞬、彼の時が止まった。
 それから、こい、濃い?来い?いや、恋?などとぶつぶつ呟き始めた。
 じろり、うさん臭そうな視線が私を舐める。

「………ぬしが、か?」
「私が、です」

 ありえない、とでも言いたげな顔をされた。
 認識としては間違っていないだろう。
 色恋沙汰どころか、女の欠片もないのが周知の事実である私だ。
 恋という単語を探して彼が戸惑うのだって頷ける。

「…が、なァ?ふぅむ、誰ぞか、三成か、左近か…。どれ言うてみせ。
 われとぬしの仲よ、知恵を貸してやろ」

 い、色恋話に刑部殿が首突っ込んできた、だと……!?
 衝撃のあまり思わず彼を二度見したが、ものすごい笑顔である。
 これはあわよくばいいところまで持って行ったところでどん底に突き落としてやろうという魂胆が丸見えの顔である。くそ、可愛い…!!だが私への好意が微塵も感じられないのは地味に心が痛い!

「われの好意を無碍にするぬしではなかろ?」

 言うまで書状はお預けよ、と私の手が届かない位置まで書状を浮遊させてひらりひらりと揺らして見せる。そうだ、私はそれを受け取りに来た。ここで答えなければ、書状がもらえず命を下した三成様に首を斬られてしまう。

「…好意すら、向けられていない人に、何をどうしろって言うんですか。女と認識されているかも怪しい」
「まぁ普段の主の振る舞いを見れば否定せぬが、どれ、ひとつめかし込んでみるか」
「なんて恐ろしいことを…!」
「…われは今、何一つおかしなことなど口にしてはおらぬが…まぁよい、見物よな」

 やれ、誰それへの賄賂のつもりで仕入れたが使わなかったものがあったような、と刑部殿の手繰る数珠がその辺から着物を引っ張り出してくる。ぱさりと品のよさそうな着物が私の手の内に落ちる。

「そこな部屋で着てみるがよかろ。女中は好きに使って構わぬ」

 刑部殿が着物をくれました。ぽかんとして彼を見る。
 良い笑顔でさっさとしろ、と促すので、私は諦めて隣の部屋を借りて着物を着ることにする。
 普段は動きやすい、という理由のみで男と変わらない恰好をしている。
 それに戦うことが生業である私は普通の女が聞かざるような着物を持っていなかった。
 着方もろくに分らないため、女中の人に手伝ってもらい着てみるが…。

「お似合いでございますよ」

 …お世辞が心に痛いです。
 髪まで綺麗にまとめてもらったのだが、鏡で見てもこれはなんというか…男が女装しているようにしか見えない。肉のつき方からしてもう残念である。
 だが一応提案者の彼には見せねばなるまい。
 刑部殿、と声をかけて襖を開ける。
 振り返った刑部殿が瞬きをした。

「……ご感想は」
「……うむ、思いのほか似合うではないか。愛い愛い。
 どれ、その姿で三成に書状を届けて参れ」

 似合う、愛い、の言葉に顔が熱くなるのを感じた。
 いや、いやいやいや待て、違う、彼が殊の外笑顔になっている、絶対似合ってないと思っている。私と同じ感想持っている、笑い者になってこいとその真白な瞳が言っている…!!
 何の罰だこれは、と悲壮感をより一層漂わせながら、私は女装したまま御大将へと書状を届けなければならない羽目になった。

「…貴様、気でも狂ったか」

 ですよね!!!
 三成様の視線が、言葉が痛い。
 あんたほど狂ってねーよ、そう言ってやりたのをぐっと我慢した私は特別恩賞をいただいてもいいのではないかと思う。

「…刑部殿が、」
「そうか、刑部のことだ、何かしらの策なのだろう。
 抜かりなくこなせ」

 もうやだこの勘違い大将!
 はい、と了承の意を返し、退室して、項垂れた。
 嗚呼、先ほどまで来ていた服を彼の部屋に置いて着てしまったからまたこれで戻らなければならないではないか…!!
 ため息を何度も付きながら彼の部屋へと向かった。
 声をかければ入室の許可が下りるので障子を開けば。

「あ?お前さん、どこのもんだ?」

 鉄球をこさえた熊のような男がそうのたまったので、ぶふぉ、と刑部殿が吹き出した。
 ひぃひぃ、と腹がよじれるのではないかと思うくらいに笑い転げる。

「…石田軍のにございますれば」

 憮然として女中のような丁寧な言葉で返せば。

「はぁ!?」

 と叫び声が上がった。
 こうなることを見越して刑部殿は黒田殿を呼んだのではないだろうか。
 その才能、嫌がらせでなく謀略のみに使っていただきたい。
 じろじろと無遠慮な視線が私を上から下までなぞる。

「…お前さんも、めかし込めば結構イケるな」

 にや、と男の笑みを浮かべた。彼に言われたところで不愉快である。
 と。ひゅん、と耳元をかするような風の音が聞こえたと思えば。

「何故じゃァああああああ!?」

 瞬く間に黒田殿が井戸の中に放り込まれていた。
 そんなことができるのは刑部殿だけで。
 操ったと思われる指先をぽかんとして見ていれば。

「何を呆けておる?早に成果を報告せぬか」

 ずるり、私も数珠で手繰られ部屋の中へと引きずり込まれた。
 先ほどの三成様とのやり取りを報告すると、やはり大笑いをしてくれたのだが。
 私を部屋に引きずり込むときの刑部殿の目が、少しいつもと違ったように感じたのは気のせいだろうか。
 だが、それでも。
 笑い転がる様が大層可愛らしく見えてしまう私の眼を、どうしたらよいのだろう。






(コレはわれの愉快な愉快な玩具よ、暗なんぞにはやらぬ。
 無論、三成や左近にも、誰にも、……そう、誰にも、な。
 さぁて、色香を纏うコレにも、コレの想い人とやらにも不幸を見舞ってやろ。
 愉快な人間模様よな、ヒヒ、ヒ、イヒヒヒヒヒッ)












+++あとがき+++
ヒロインさんの想い人もこれからヒロインさんに懸想しそうな人でも全部炙り出して、みんなに不幸をばらまこう計画を練ったりするけど、それが独占欲だと気付いていないし、当然その想い人が自分だという発想に至れない大谷さん。
両想いだと気付いているけど刑部さん怖いし、暴走するヒロインさんも怖いし、俺には三成様がいるし、で邪魔する気もなく巻き込まれたくないので遠巻きに見ているだけの島くん。
そもそも気付いていないしヒロインさんを女とも思っていなくて、くっついたらくっついたで、貴様女だったのか、なに?婚儀?許可する、早急に執り行え状態の石田さん。
気付いていて遠回しににやにやしながら藪蛇つついてぼこられる黒田さん。
これがうちのサイトで島左近さんの初主演です、口調が分からん上に突っ込み役だけという不憫さ、すまん…。


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2014.04.17