闇のぬくもり
「はぁーーっ」
息を吹きかけて手をこする。
しかしなかなか暖まらないというのはお決まりで、私は先程の行為を続ける。
ちなみに今は夜。冷えて目が覚めてしまったのだ。
「さむいなー……」
呟いて起き上がる。
眠気が覚めてしまった。
仕方なく上に羽織を羽織って縁側に出る。
まだ外は暗い。月の頃から考えてまだ夜明けまで一刻はあるだろう。星が綺麗で、月も綺麗だ。
縁側に座り込み、星を眺めながら、また手を温める。
息を吹きかけて、手をさする。
当分眠れそうにない。
「何してんの、さっきから」
突如として聞こえた声に、顔を上げる。
先程までそこには誰一人いなかったというのに、気配もなくそこにたたずむのは日ノ本一出過ぎる忍、猿飛佐助だ。闇に忍べていない迷彩柄が鮮やかに目に映えた。
あきれた顔で見下ろしてくる佐助を見返す。
「佐助はもう少し心臓に優しい登場の仕方をすべきだ」
いつも気配はない、音もないでどれだけ私の小さな小さな肝袋が震えたことか。
そう言えば、あっはっは、と笑われた。今真夜中ですよ、忍の隊長さん。というか、失礼な。戦闘中は一緒に幸村の面倒を見る仲だというのに。
「武田の殿軍頭が何言っちゃってんの」
肝っ玉だけは人一倍のお嬢さんでしょうが、と。それを言われては言い返すものが何もなくなる。
大層おかしそうに笑うので無視して目を手に戻す。はぁっと、また手に息を吹きかけてこすった。
まったくもって暖まらない手だ。実に迷惑な。私の手だが。
「寒いなら部屋戻ったら?女の子が身体冷やすもんじゃないよ」
いつも女の子扱いしないくせによく言うよ。
はぁっと息を吹きかけたところをぱしっと取られた。
「うっわ、冷たっ!」
どうやら私は戦場でないと人の気配に気を配らないらしい。いつの間にか真正面に回られていて、手甲を外した佐助の手が私の手を包んでいた。
ふわりと、空気が変わった気がした。
「かい……」
「はぁ?」
呟くように言えば、多分眉をひそめられたんだと思う気配が漂ってきた。
私は手元を凝視したまま、先程の台詞を繰り返した。
「あったかい、佐助」
「の手が冷たいの!」
ったくもー、なんて悪態をつきながら佐助はしっかりと私の手をこすったり、揉んだりして暖めてくれている。
暖かい。
佐助の手は、暖かい。
「……あたたかい」
「あんた、それしか言うことないの?」
「……いや、だってあったかいから」
生きた人の暖かい手に触れたのはいつ振りだろう。
戦に出るたびに、他人の血を浴びるたびに、私は人間でなくなっていくような気がする。血の通わない、人ではない何かに。
「はぁーーっ」
かけられた息は自分のものより暖かく感じた。
佐助のぬくもりが愛しくて、切なくて、ああ、やはり私の戦う理由はここにあるんだな、と再確認した。
「……警備、いいの?」
「へーき」
「そ」
息をかけられて、ほぐされて、ようやく私の手が体温を取り戻す。同時に、人間にも戻れたような気がした。
そんなことを考えて、馬鹿みたいだと自嘲する。
「佐助、ありがと」
「はいはいっと」
「またよろしく」
「……忍使いが荒いこって」
もういいと伝えると佐助はさっさと手を放して立ち上がる。
笑って次もお願いしておけば、後ろ姿が肩をすくめた。
手が暖まったおかげか眠くなってきた。そろそろ寝ようと立ち上がる。
「」
呼ばれて振り返る。
「おやすみ」
にっと笑った彼の顔は、優しいという表現が的確で、目の錯覚が起きたのではないかと私は目をこする。次に目を開けたときには彼はもう闇に紛れていて、いなかった。
残ったのは手のぬくもりだけ。
そっとぬくもりごと握り締める。
「おや、すみ」
呟けば、何故か心まで暖まったような気がして、私は闇にそっと微笑んだ。
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2008.03.24