夢話-夢小説の間-





社交的お付き合いの罠








 私の二十年ちょっとの生涯において、ドン引きされたことはあっても、ドン引きをしたことはなかった。
 真面目で、しっかり者。
 そんなイメージを周りに与えているらしい私の口から親父ギャグや芸人の真似事なんて、誰も想像できなかったんだろう。
 ……私だってハメをはずしたいときくらいある。
 というか、元々はそういう性格であって、その、勘違いというか、とにかく、本当は結構適当な性格をしているのだ。
 ドン引きされたときのあの空気、あの視線、あの場のどうしようもない居た堪れなさ。
 あんなに恥ずかしいことがあってたまるだろうか。
 そんなわけで、私は決して他人にドン引きしないと自分自身に誓ったのだ。
 そう、誓ったのだけれど。

 裏目に出た。

 そう思うしかない、この状況。
 会社の懇親会で、主催は私の所属するグループで、しかもそういうのって、大概下っ端が準備とかするもんだから、私と同期はちょいと忙しい立場にあるのだ。
 けれど、もちろん上司とか他の社員さんたちの接待もお仕事の内。
 話しかけられたらお酒の補充だろうがお菓子の補充だろうが手を止めてお相手するしかない。
 ……お仕事サボれてラッキー、とか、最初は思ってたんだけどね。

さんって真面目だねぇ。働き者だし」
「ありがとうございます」

 社会人スキル、その一。愛想笑い。
 これは必須スキルだ。
 世の中を渡り歩くために必要な、必要最低限のスキルだ。
 ちなみに目線はネクタイの結び目あたり。大体男の人って背が高いから、そこ見て置くと大体目を合わせてもらっていると向こうが勘違いしてくれる。
 顔を直接ガン見するわけじゃないからこっちも緊張しなくていい方法だ。

「へぇ、笑った顔、初めて見た。かぁわいい」
「そうですか?」

 社会人スキル、その二。適当に流す。
 これも結構重要なスキルだ。
 ……………上司の長い説教対策にドウゾ。
 あぁ、向こうでお酒が少なくなっている。早々に切り上げて補充をしなきゃ。というか気付いて、察して同期の桜!

「そういや自己紹介まだだったな」

 そうぼやいた彼の胸にある社員証に目を走らせる。
 社会人スキル、その三。観察眼。
 これ、実は結構高度。目が良くないといけないのと、慣れが大分必要なのと。私もできるようになったのはつい最近だ。

「営業部の猿飛佐助さん、ですよね?」
「お、知ってた?俺様大感激〜」

 ニコニコと笑顔を向けてくる。
 あーもー、この人完全に酔っ払ってるな。顔赤くないけれど、絶対酔ってる。
 相手するのが面倒だよ、助けてよ同期。
 ちらりと同期を探すけれど、向こうは向こうで上司に捕まっている。というか薔薇を散らしまくっていちゃついている。
 ええええええと、部署の中ではいつもの風景なんだけど、とりあえず無視の方向で行こう。

さんてホント可愛いなぁ」
「またまた、お上手ですね」
「いやホントだって」

 ……口説かれてる!?私、口説かれてるの?ねぇ!?
 目線をわずかに上げると、思っていたより整った顔が飛び込んできた。
 営業部なのにその髪の毛の色はいいのか!?長さはいいのか!?ありなのか!?どうなの営業部長!!
 入社式で見たはっはっは、と豪快に笑う営業部長が頭の中を掠める。

「あ、やっと見てくれた」

 へにゃりと笑った顔に、あ、ちょっと可愛いかも、なんて思ったけれど、でも時と場合と状況を考えてほしい。いわゆるTPOってやつだ。

「はい?」
「だって、」
「佐助ぇえい!!」
「……はいはい、何よ旦那」

 大声で名前を呼ばれてやれやれと言わんばかりに猿飛さんが声のほうを見る。釣られて私も声のほうを見る。
 幼い感じの人だけど、たぶん、あの人も営業部なんだろう。でも、あの髪の毛の長さはいいんだろうか。うちの営業部ってフリーダムだな。そういえば、いつもわけが分からない雄たけびが聞こえてきたような。
 「つーか殴り合いは終わったの?」「うむ!本日もまっこと熱き拳であった!!」なんて言い合う二人。
 うん、今のうちだ。

「失礼しますね」

 一応愛想笑いと一言入れて、その場を後にする。
 さっきから気になっていたお酒の補充と、ストックの残りが少なくなったお菓子を全テーブルにばら撒いて、任務完了。
 その間、同期はいまだに薔薇を散らしていました。
 次に懇親会当番が着たら全部押し付けてやる。
 何だかんだ、変なのに絡まれたけれど、何とかなった懇親会。

さーん、帰り道どっちよ?」

 うわ、また来た。
 なんて、顔には出さないけれど。
 私は猿飛さんに向かってにこりと愛想笑いを顔に貼り付ける。

「上り方面です」
「そっか、じゃあ反対側だ。駅まで一緒に行かない?」

 その問いにノーと答えることはできず、愛想笑いのまま、イエス、と答える。
 仕方がない。仕方がないのだ。社会っていうのはコミュニケーション能力が必須なのだ。
 駅まで他愛のない会話をして、ホームに上がる。
 ちんまりした駅だから、上りも下りもホームはひとつ。
 電子掲示板によると私の乗る電車のほうが速く来てくれるらしい。

さんてさ、彼氏いんの?」

 ああー、えっと、すごい重いジャブだな、それ。
 あはは、と苦笑しながら私は口を開く。

「ええと、一応」
「へぇ、付き合ってどのくらい?」
「3年とちょっとです」
「スゲッ、マジかよ?」

 意外そうな顔をした猿飛さんに「マジです」と答える。
 へぇ、とか、ふぅん、とか感心したように繰り返す彼にまた苦笑する。そんなに彼氏持ちに見えないだろうか。まぁ付き合い始めて長いから、そういうオーラがなくなってしまったのかもしれない。

「でもなぁ」
「はい?」
「悪いけど、俺様本気だから」

 にやりと笑う猿飛さんに、何が?と聞こうとすれば、まもなく電車がつくとのアナウンスが流れる。
 あぁ、やっと来たかと思って、電車の来る方向を見た。
 先頭車両にくっついた二つのライトがやけにまぶしく感じる。
 不意に、髪を引かれた気がして振り向けば、髪を引かれた気がしたのは気のせいではなかった。
 私の髪を一房握って、まるで口付けているんじゃないかと思うくらい口をそれに近づけた、猿飛さん。
 唇がゆっくり震えるのを私は固まりながら見ていた。

「覚悟してろよ、ちゃん?」

 ニィッと笑みが深まって、髪の毛が離される。
 それと同時にシューッという機械音が耳に届いて、電車のドアが開いたことを私に知らせた。

「おおおお疲れ様です!」

 挨拶するだけして、私は電車の中へ駆け込んだ。
 何、あの人、何あの人ーーッ!!
 胸の動悸が治まらない。
 何て心臓に悪いことをする人なんだ。
 っていうか何ていう変態なんだ!
 覚悟しろってどういう意味!?そういう意味!?
 彼氏いるって言ったじゃん!

「うわあぁぁあ……」

 あんな大胆なことをされるのは初めてで、失礼ながら……………ドン引きした。
 顔がいいから何でもしていいわけじゃないんだから!!
 この動悸の速さはトキメキなんかじゃない!絶対!!











+++あとがき+++
初社会人パロでっす♪
ちなみにヒロインさんの配属先は上杉軍と一緒。
そして営業部は武田軍w

※バックブラウザ推奨





2008.07.17