夢話-夢小説の間-





不屈の情熱








 不穏な気配。
 いつものことながら、気配隠すの下手っくそだねぇ。
 数を数え、それが向かってくる瞬間身体一つ分横に避ける。
 そして、

「さぁすけ!」

 不穏な気配の正体は俺様の名前を呼びながら、びたん、と屋根に突っ伏した。
 なんで屋根かって、俺様が屋根から警護をしていただけ。だというのに、どっからともなく嗅ぎ付けてこの屋根に突っ伏す女の子はやってくる。
 つーかどこから登った。

「……ちゃんは懲りないねえ」

 鼻の頭を擦る彼女を見下ろす。
 俺様の視線が向くや否や、パッと顔をあげてにっこり笑う。

「いやいや毎回凝ってますよ登場の仕方とか!」
「字が違うし。毎回毎回抱き付こうとすんのは凝ってるに入るわけ?」

 いっつも未遂に終わってるけどな。
 なんたって俺様とびきり優秀な忍ですから。
 敵に不覚は取りませんっての。

「毎回毎回避けちゃう佐助のために、どうやったら抱き着けるか凝ってるんだよ」

 言って握りこぶしを固めるちゃん。もっと違うことに気合いを入れろよ。身嗜みとか、おしとやかさとか、お料理とか、欠点だらけの癖に。
 がしがしと頭を掻く。
 どーしたらいいかねぇ。

「ったく迷惑なんだよねー」
「うん知ってるー、それ、いっつも言うもんね。でも言うだけだもんね」

 ぴたりと思わず手が止まってしまった。
 ……いやまぁ、だって一応同盟国のお偉いさんの娘らしいし、さ。お館様のお気に入りらしいし、さ。
 向こうは姫さん、こっちは忍。立場的に邪険にできないから困ってるんじゃないか。
 そんなことも分からない箱入りのお嬢さんなんだから。無視すりゃいいんだろうけど機嫌損ねたら減給とか、最悪解雇だっての。
 はぁ、ため息出ちゃう。

「……何?罵倒されたいとか?いい趣味してるね」
「されるよりする方が好きだけど佐助に罵倒されるんだったら私、それでもいいな」
「うっわこりゃ真性だね、勘弁してくれっての」
「またまたそんな照れちゃってー」
「その妄想なんとかしてこようか」

 ぽんぽんと飛び出る軽口に、本気で疲れる。
 付き合う身にもなれってんだよ。

殿ー」

 ああ、真田の旦那、今旦那が神に見えた!
 俺様全然神とか信じないけど流石旦那!
 日ノ本一の兵!
 流石俺様の主!

「ほら旦那が呼んでるよ」
「私の旦那じゃないもの」

 けろりとした返事をよこすちゃんに力が抜ける。

「そういうんじゃなくて……、分かってんだろ?さっさと行く、ほら、しっしっ」
「あ、その仕草好き」

 にこーっと微笑んでくるちゃん。
 ほんっともう何考えてらっしゃるんだか!
 この子に何を言っても無駄だ、なんて当に分かりきってるけど、反論しなきゃ負けだ。

「じゃあいつでもやってやるからこっち来ないでくれる?」
「私にはおいでおいでに見える」
「目ぇ腐ってんじゃな――「殿ぉおぉおおお!!お館様がお呼びでござるぅうう!!」
「んぉあっ!?」

 目の前からちゃんが消えた。
 刹那、屋根を蹴った。
 空を切ったように伸ばされた手を引く。
 腕に抱え、地面を転がった。
 くそ、俺様としたことがカッコ悪いったらない。

「う」

 腕の中の女の子が無事なことが分かると安堵と同時に怒りが込み上げてくる。

「なにやってんの!屋根なんかに登るからだろ!」
「さ、すけ?」
「真田の旦那も!あんな大声出したらビビるに決まってんでしょうが!」
「すっすまぬ!」

 ったく、なんで俺様が母親みたいなこと注意しなきゃなんないんだよ。

「佐助の腕の中にいるなんて感激っ」

 ……………あ。

「か、勘違いしないでよ、あんたが怪我したら俺様のせいになるから、別にあんたの為ってわけじゃっ」

 慌てて離れようとするのにがっしりと腰に抱きつかれている。
 いや、武家の姫さんが忍に抱きつくとかマズイだろ!
 それにこの力どっから湧いてんの!?男の俺が敵わないなんて、そんなのありかよ!

「佐助、大好き!」
「へっ!?」
「あ、違った愛してる!」
「――っ!?」
「うん、何でもいいや、とにかく好き!」

 頭が真っ白になる。

 な、んだよそれ。

 なんで俺様が愛の告白とか受けてんの?
 え、マジで何かの冗談?
 バクバクと心の臓の音が煩い。いや、だって、ねぇ。

「ねぇ、伝わった?抱きつけたら絶対言おうと思ってたの!」
「いや、伝わった?ってあんた、え、俺忍ですけど」

 なに言いたいのこの子は?
 無理でしょ。そもそもあり得ないでしょ。
 片や武家の姫。
 片や忍隊の忍頭。
 いやおかしいから。
 そもそも俺は別に好きじゃないっていう意思はどこへやりゃあいいんだ?
 見上げてくるちゃんの顔はそりゃもうにっこにっこしている。
 そういや真田の旦那は、と探せば、顔を真っ赤にして固まっているだけ。
 口がパクパク言ってるからこりゃくるな。
 さっと耳を塞いだちょうどその時。

「破廉恥でござるぅううあああ!」

 塞いでなきゃ鼓膜が壊れたかもしれないくらいの大音量。
 おかげで腰にガッチリ回っていた手が取れたわ。旦那、今日ばかりはその馬鹿でかい声に感謝するぜ!
 さっさとそこを離れて屋根の上に退避する。

「悪いけど諦めな」
「無理!」

 真っ直ぐ向けられてくる瞳が、眩しい。無理だよ、俺様なんか諦めろよ。応えられるわけがないじゃないか。

「俺様好きなヤツいるし、見込みないよ、マジで」

 半分本音で、半分嘘。
 かすが、こっちを見向きもしねぇしな。本気で好きかと聞かれたら、多分そうでもないと思う。そもそも忍の俺様にそんな感情があるのかさえ疑わしい。
 まぁ今は俺様のことなんてどうでもいいんだけど。

「私は佐助が好きなだけ。
 佐助が誰が好きであろうと、私の気持ちには関係ないでしょ?
 別に振り向いてほしい訳じゃないもの、私が佐助を好きであることに対して何の障害もない!」

 いや、迷惑なんですけど。
 ビシィッと音がつきそうな勢いで指差してくるちゃんに心底呆れる。
 こうも好意を開けっ広げに表して来るヤツなんて初めてだ。
 だから、やたら煩い心の臓もきっと全部気のせい。
 一応武家の姫さんだし、将来考えると、こりゃ気合い入れて完璧に距離取るしかねぇな。

「姫さん、すっげぇ迷惑なんだよねぇ。悪いけど、俺様に関わんないでもらえる?邪魔」

 可能な限り冷たく放つ。
 ぱちくりと目をしばたかせたちゃんを横目に俺様は天井裏に潜った。
 これで懲りてくれればいいんだけど。
 ちくりと胸が痛んだのは、忍になった俺様に若干残った良心、だ。絶対。
 忍と恋愛なんて成立するわきゃないんだよ、ちゃん。

「幸村殿……」
「え、あ、なななんでござろうか」

 ちゃんの呆然とした声と旦那の焦ったような声。
 耳を澄ませていたわけじゃないけど届く声に、意識を持っていかれる。

「佐助ってものすごい照れ屋なんだね!」

 ………え、あれ?言葉、通じてない?





 その後――と言っても数年後になるけれど――どっちが根負けしたかは……ご想像にお任せしますってな。









+++あとがき+++
「あんたのためじゃないんだから!」
というツンデレ定番の台詞を佐助に言わせたくてできた作品w
ヒロインめっちゃポジティブです。

※バックブラウザ推奨





2008.10.18