夢話-夢小説の間-





ある朝のこと








 どうしよう。
 どうしよう。
 どうしよう。

 今まで何度か吐いたことのある言葉を心の中で繰り返す。
 小鳥が囀る音が響いて、空は快晴、他に感じるものはと問われれば、いつも拳で語り合う熱い上司様たちがそろってこっちを見る視線だ。
 俺様だけが見られているわけじゃないんだが、この視線を感じているのは明らかに俺様だけだ。
 とりあえず誰か何とかしてくんない?とか思っても結局誰もなんともしてくれないのは目に見えていて、頭を回転させて打開策を必死に探す。

 大体なんでこんなことに?
 そもそもこの子が、ちゃんが悪い。
 いや悪いって言うか、うん、元凶。

 毎朝恒例の武田師弟の殴り合い。
 それをこちらも毎朝恒例で呆れて眺めていたのだ。
 ちゃんも一緒に。
 別にいつものことだし、特に何の変哲もないいつもどおりの朝で、昨日もその前も俺様は何にもしていない。
 旦那や大将に誓って言う、何もしてない。

「佐助さん」
「ンー?」

 殴り合いの最中に声をかけられることは滅多にない。なんたってあの二人の雄たけびで声をかき消されるから。
 けど俺様の耳は優秀でして、そんな最中でもちゃんとちゃんの声は耳に届いていた。

 雄たけびの合間を縫って、なぁに?と聞けば。
 こちらをじっと見てくる。
 ふぅん、結構まつげ長いんだ。なんて考えていた罰とでも言うのだろうか。
 大将と旦那の雄たけびの合間を縫って、

「いじめたいです」

 とんでもない発言が飛び出した。
 聞き間違いかと思った。
 え、いや、何が?何を?みたいな。
 雄たけびを上げていたお偉い方二人がピタリと止まってしまうくらい、凛々しく部屋に響く声だった。
 この普段からして大人しくて真面目で愛想笑いが上手な女の子が、何を思って突然そんな言葉を口にしたのかさっぱり分からない。

「……えーっと、ごめん、もう一回言って?」

 あんまり聞きたくないのだけど。
 聞こえた言葉が信じられなくて、聞き返してしまっていた。
 聞き返さなきゃ良かった。本気だ。

「佐助さんをいじめたいです」

 ……………何で!?

 そうして冒頭に戻るわけだ。
 俺様、ちゃんになんかした?
 お前何したんだ、っていう視線が旦那と大将から飛んできてるんだけど生憎それに応じる余裕はない。
 俺だって何したのか聞きたい。

 とりあえず、どうしよう。

 さっきからコレの堂々巡りだ。
 すっと、ちゃんの口が動いて、沈黙が打破される予感がした。

「いいですか?」

 だから、何が!?
 何がどうなってそうなるのかさっぱり分からない。

「えええええええと、俺様なんかしたっけ?」

 忍にあるまじき『動揺』の二文字を隠しもできず尋ねる。
 こんな挙動不審になったのは人生初めてだ。

「いえ、特には」

 表情も変えず間髪いれずに返って来る答えにますます分からなくなる。
 なんで何もしてないのにいじめられなきゃなんないんだ?
 どうすりゃいい?
 ちらりと大将に目配せするも、なんとかせい、と目線で言われた。
 ……………ちなみに、真田の旦那には何にも期待していない。

「……あー、あのさぁ、なんで、急に?しかも、俺様限定?」
「いや、前々から思ってはいたんですけど」

 前々から!?

「佐助さん限定というわけでもないんですけど、なにかこう、佐助さんの情けない姿が見たいというか、困らせて見たいというか、なんか妙に私の加虐精神を刺激するんですよね」

 なんで!?

「でも、きっかけみたいなものもなくて、だからと言ってこのままというのもあれで、どうせなら許可を取ろうかと思った次第です」

 至極真剣にこちらを見てくるちゃん。
 別に真剣になる要素はどこにもないよねぇ?

「……そこまで言われて許可すると思う?」
「いいえ」

 ちょっとほっとした。

「聞くだけ聞いたので好きにやらせてもらいますね?」
「ハァ!?」
「それです、そういう顔!さすが佐助さん、いいセンスしてます」

 ほっとして損した!?
 というかなんでそこで扇子が出てくんの!?
 わっけわかんねぇ!

「ちょ、ちゃん?」
「はい?」
「……冗談、だろ?」

 口元を引きつらせながら尋ねれば、にっこりとした花のような笑顔が返って来る。

「だったらいいですね♪」
「えぇー……」
「その不幸っぽい顔、異常に萌えますね」
「佐助が燃えるのでござるか?」

 旦那、多分漢字が違う。
 訂正してもきっと絶対理解できないから言わないけれど。
 恍惚としてこちらを見上げてくる顔は、正直怖い。

「たーいしょー……」

 部下の危機をどうにかして。

「うむ、まあよい!朝餉じゃあ!」
「大将ーー!?」

 全然何にもよくないっすよ!

「もう最高の不幸っぷりというか不憫っぷりですね」
「粗方きみのせいだって気付いてる!?」
「えへへ」

 可愛い顔して笑ったってっ!
 冗談じゃないっての!!

「佐助さん、輝いてますよ」
「そんなことで輝きたくない!」

 爽やかな朝に俺様の叫び声が響き渡った。










+++あとがき+++
不憫で困った顔をしている佐助が好きです。
無印の武田軍OPとか最高です♪

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2008.11.16