「なんでこうなるわけ」
「はい、文句言わなーい」
文句を言いたいのはこっちだ。
クリスマスキャンペーン
「寒い」
「はい、文句言わなーい」
私だって寒い。
「ねぇ、これ何の罰ゲーム?」
「はい、文句言わなーい」
そりゃこっちが聞きたいってもんだ。
寒空の下、私と、猿君とが木枯らしに吹かれる。
誰だ、何だ、このシチュエーションを用意したのは。
くそう、伊達っちの変な遊びに便乗するんじゃなかった!酒なんて飲むんじゃなかった!!
「ちゃん、さっきからそればっかだって気付いてる!?嫌がらせでしょ!!」
「あぁ、よくわかったな、嫌がらせだよ八つ当たりだよよかったね!!」
「全ッ然よくねぇ!」
「そこの二人組!サボってねえでちゃんと働け!」
「「……はーい」」
街はイルミネーションに彩られ、行き交う人は腕を組むカップルばかり。
本日は、12月24日。
クリスマスイブである。
そんな華やかなイベントの中、私と猿君は献血のティッシュ配りをしている最中。
しかもなぜか……、
「何でこんな格好……っ!!」
トナカイの着ぐるみ。
あのちっさい子とかが着る、フードつきパジャマみたいなアレである。
文化祭の時くらいしか出番のないそれを無理矢理と着せられた。
いい年した女の子がこれってなくね!?
「あんた、まだあったかいだろ!?」
……まあ、猿君よりはましかな。
私もさすがにこの寒空の下、ミニスカサンタとか、着たくないし。
え?誰が着てるかって?
猿君――正式名称、生徒会会計係猿飛佐助君(♂)――が、ですよ。
かーわいそーにねー。
「似合ってるよ、猿君」
「似合いたくなんかない。それとその呼び方やめてっていつも言ってるよねえ?」
「でも」
ちらりと赤い衣装の彼を見る。
頭にかぶせた三角帽子からは橙色の暖かそうな髪の毛がさらり。首元はまぁ、男の子らしく太くて喉仏はあるけれど白のポンポンが可愛くつけられて、ミニスカから覗く足は男にしてはすらりとしていてムカつくくらいきれいだ。――ちなみに無駄毛の処理と称して生徒会メンバーにガムテープでビリビリ毛を剥がされていたのには本気で同情した。結果的に、絶対領域の白いニーハイソックスに隠れて毛なんて剥がした意味もなくなったわけだが。
「似合うよ、猿君」
「俺様の話聞いてた?」
「聞いてた、聞いてた」
やる気なくティッシュを配る。
格好が格好だけにティッシュはすごい勢いでなくなっていく。
確かにクリスマスを一緒に過ごすような人なんていないが、まさか昨日の生徒会のクリスマス先取りパーリィで伊達っちが今日の献血メンバー選出大会をやるとはっ!
しかも、あみだくじという名の究極のランダム性を持って決められてしまったのだから文句言えない。しかもトナカイにミニスカサンタの案も乗っちゃったの自分だから余計に!でもトナカイとミニスカサンタの案を出したの猿君だからね!ざまあ見ろ!
でもなんで、なんであと一つとなりを選ばなかったの、私!そしたらさなっぺがトナカイのはずだったのに、絶対あいつの方が似合ってた!
クリスマスイブに女装した男の子とコスプレしてティッシュ配りだなんて、究極の罰ゲームに他ならない。
震えながら可哀想な猿君と私は、午後17時、なんとかティッシュ配りを終えるのだった。
そして猿君は控え室でミニスカサンタの衣装を着たままぐったりしている。着替える気力もないと見た。
さっさと着替えた私は自然の流れでポケットをまさぐり、携帯を取り出す。
「猿君、猿君」
「なに」
カシャッ
「…………」
「…………」
げっそりしたミニスカサンタの猿君と、それがそのまま写った携帯の画面と、にんまりした私。
次第に状況を把握した猿君が、顔を崩していく。美形なのになんてもったいない。
「あんた何やってんのぉ!?」
「いやぁ最近新しくして画素がよくなったんだ〜」
「違う!そうじゃない!それこっち寄越しなさい!!」
保存保存っと。
ガタンと猿君が立った拍子にパイプ椅子が倒れて大きな音を立てる。
もちろん捕まる気なんてない。
「お疲れサマンサ〜」
「古ッ!って違う待てって!」
携帯をパタンと閉じ、身を翻して控え室を出る。
何気にプライドの高い猿君のこと、あの格好で追ってこれるわけない。
でも念のため。
改めて携帯を開いて、メールに画像添付。アドレスにはPCのメールアドレス。で、送信。
完了のメッセージを確認して、さらに念のためにその送信済みメールの履歴も削除。
パチン、と携帯を閉じる音がクリスマスソングの中に溶けた。
ふふー、献血クリスマスキャンペーン、悪くないじゃん。
「あー、楽しかった!伊達っちやさなっぺに見せてやろ」
「それだけはやめて本気で!」
「うわっ!」
ガシッと後ろから肩を捕まれる。
振り返れば、息を切らした猿君がいた。ミニスカサンタから早着替えを遂げたセンスのいい私服で。
「っあー……間に合った」
口の端を上げて笑う猿君はかっこよかった。……その目が笑っていればもっとかっこいいと誉めちぎってやってもよかった。どう見ても邪悪な笑みにしか見えない。
「さぁて、覚悟はできてるよなぁ?」
「あは〜、なんのことかね?」
「没収」
携帯をポケットに突っ込む前に手を捕まれて奪われる。何て器用な!
「ぁああぁっ!私のロミオ!」
「あんた携帯になんて名前つけてんの?」
「いや、ついノリで。そんなイタイ子見る目で見ないでー」
「はい、削除ー」
「え、なに、スルー?しかも浅井先輩の真似?似てないよ猿君」
「ふぅん。そんなこと言っちゃっていいんだ?」
ニヤリと笑った猿君は親指と人差し指で私の携帯をつまんで掲げる。さらにぷらぷらし始めやがった!
「返してよ、高かったの、新機種!」
「どーしよっかねぇ」
地面を蹴って何回か飛び上がるが、猿君は容赦ない。私のジャンプに合わせて背伸びでかわしやがる。全然届かない。
お前、背が高いからっていい気になるなよ!
ムカついたので股下に向かって蹴りを放ってやった。軽やかに避けられちゃったが。
「お行儀の悪いこと。あんな格好したんだ。ちょぉっとくらいご褒美があってもいいよねぇ?」
「それ、私に求めるの間違ってるよ、伊達っちに言いなよ、さっさと携帯返せ猿君」
「佐助」
「猿」
ピキッと笑顔のままヤツは固まった。
あ、ヤベ。
「ロミオ君がどうなってもいいのかなぁ、俺様はいいけどー」
「うぁああぁっ!何て卑怯な!」
ふふん、と得意気に笑いながら携帯を道路に向かってぷらぷらさせる猿君。この野郎、人の弱味握ったからっていい気になりやがってぇ!
「くっ、さっさとロミオを解放しろ佐助どん!」
「俺様太鼓の機械じゃありません、却下」
わがままさんめ!男子を呼び捨てって結構勇気いるっていう女心も分からん鬼畜め!
「〜〜〜佐助!!」
あとで絶対あの写真校内に貼り出してやる、絶対。A2版まで引き延ばしてやるからお前覚悟しろよ!?
「ほら、呼んだでしょ、か・え・し・て!」
「今日、これから、俺様に付き合ってくれたら返して上げてもいいぜ」
「あーはいはい、わかったからいくらでも付き合うから返せ私のロミオぉお」
返事をすれば帰ってくる携帯。
よかったよかった。まだ傷ひとつついてないんだから。
よしよしと撫でてやる。その間、にんまり笑う猿君に何て気付きもしなかった。
ポケットにロミオを突っ込み直し、私は猿君に向かってピッと手を上げた。
「じゃ」
手を下げて駅の方向に歩き出そうとすれば、パシッと手を取られた。「うわ、冷たっ」とか言うなら掴むな。
「“じゃ”、じゃないでしょうが。クリスマスはこれからってなぁ」
空前絶後と表現するにぴったりな今まで見たこともないくらい嬉しそうな笑顔をする猿君に一瞬見とれる。
そのまま手を引かれてよろけるが、転ばずなんとか踏みとどまった。
「まずは映画ね、それから街で一番のクリスマスツリー見て〜、夜景の綺麗なレストランでも行く?」
なんだそのお決まりのデートコースみたいなのは!
「ちょ、さ……佐助、うちら高校生!ツリーまでが限度でしょうよ」
「あぁ、そっか、クリスマスプレゼントも買わないとだ。じゃあレストランは明日で今日はウィンドウショッピングかねぇ」
「話聞いてねぇー!その前になんでこんな展開ー?さ、すけ、彼女は?」
危うく猿君って言うところだった!さ、まで言いかけたところで毎回ちらっとこっち見るな、この猿、鋭いな!
大体、性格はともかく顔はいいんだからよくモテるでしょうに、何も私に手を出さなくてもよくないか?
生徒会室に迎えに来る女の子よくころころ変わってたじゃん。
「ちょっとー、聞いてる?」
仕方なく猿君と繋がれている手をブンブン振る。と、猿君は急にぴたりと足を止めた。
くるんと振り返って、いきなり顔を両手で包まれた。
にっこりと言う擬音がぴったりの笑顔を浮かべる猿君。
美形がそんな顔するとちょっとどきどきなんですけどっ。この歩く有害物質め!
「せっかくのクリスマスなんだから、そんな顔しないで楽しみなよ。ね、」
は、いぃぃいいい!?
今いいい、今!名前!!いつもちゃん付けするくせに!
しかもなにそのチョコレートとマシュマロとプリン混ぜましたバリの甘い声!
「あはー、顔真っ赤。いつもの威勢はどこ行っちゃったのかなー?」
「ちょちょちょちょちょ!お前誰!?ほんと誰!?」
「ご存知、人呼んで猿飛佐助ってね。お、映画始まっちまう。ちょいと急ぐよ」
完全にペースに巻き込まれちゃって、クリスマスを過ごしてしまった。
や、楽しかったけど!
始まりがアレの割には大分楽しかったけどね!
冬休み明けの学校にて、私は上機嫌で生徒会室に向かう。
「あっけおめー」
ガラリと戸をスライドさせれば、生徒会面子がずらり。その中にヤツはいない。新学期早々にバイトと言って丸一日休むと連絡が来たのは今朝。ふっ、絶好のチャンスとはこの事。
明けましての挨拶をみんなしながら部屋に入る。
「、What's this?」
「ポスター、でござるか?」
さっそく食いついてきたのは伊達っちとさなっぺ。
私はにんまりと、――みんなの顔が引きつったから相当酷い顔だったに違いない――笑顔を浮かべてポスターを広げた。
瞬間、伊達っちは吹き出し、さなっぺは目をこれでもかと見開きついで叫び、その他の面々も腹を抱えて笑い出したり、哀れそうな目をポスターへ向けたり様々な反応だった。
「生徒会室に貼ろうよ♪」
すぐさま了承されて、そのポスターは生徒会室入って正面に飾られることになった。
今、生徒会室に入ると、もれなくミニスカサンタ姿の男子がげっそりとした顔を向けてくれます。
いいよね、クリスマスキャンペーン!
+++あとがき+++
メリークリスマース!&ハッピーニューイヤー!!(早ッ
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2008.12.1