夢話-夢小説の間-





常套手段





 部活も終わりとってことで、制服に着替えた俺様は全力を出し切ってくたばっている真田の旦那を起こしにかかろうと、身を屈めた。
 そのとき、

「あ」

 急に後ろから聞こえた、思わず、といった声に振り向く。思えばこれが始まりだった。  振り向いた先にいたのは既に防具を片付け既に制服姿の後輩ちゃん。えっと名前は、ちゃんだったかな。
 そのまま――しゃがんだまま後ろを見るという意外と器用な格好で首を傾げた。うほ、もうちょいで中見えそう。

「ん?」

 なんともない顔を繕い、続きを促してみれば、何でもないと笑うだけ。

「何でもないわきゃないっしょ。どした?旦那が備品壊した?」

 真田の旦那が壊した備品の数はもう数えきれない。伝説だとまで言われちまうくらいだ。 マネージャーとしては捨て置けない問題だっての。
 じっと見つめていれば、ツツツ、と目を逸らす。
 なんだ?

「……何でもないですよ?」
「いいや、何かある顔してる」
「猿飛先輩、その体勢疲れません?」
「誤魔化さない」

 確かに辛いのでちゃんと立ってちゃんに近づく。
 と、同じ分だけ下がられる。
 顔が赤いのは照れちゃってるのかな?俺様色男だし。

「なぁに隠してんのかなぁ?」

 笑顔で尋ねれば、顔が赤いままひくっと口がつり上がる。
 もしやちゃんが何か壊したとか?
 ないない、この子女の子だし。となると部活以外のことか?
 口出すのもなんだけど、かといってこのまま引き下がるのもシャクだ。

「教えてくれたら帰りにクレープ奢っちゃうよ」
「マジですか」

 途端に輝く目に笑顔。
 女の子は甘いものが好きってよく言うよな。ほんっと現金。

「マジマジ」
「ずるいぞ、佐助ェェエエッ!」

 相変わらず甘いもんには反応するのね。

「旦那は起きたんなら着替えてきな」

 まるで夫婦のようなやり取りに感じてしまい軽く凹む。
 ひらひら手を振って部室に追いやり、姿が見えなくなったのを確認。
 ま、たまにはいいでしょ。
 ニヤリと笑ってちゃんの手首を掴む。あ、見た目より細い。

「さ、いこっか」
「え、え、えええ?」

 目に見えてハテナを飛ばす彼女を笑いながら、剣道場を出る。

「さ、猿飛先輩!真田先輩はいいんですか?」
「いーの、いーの。メールしとくから」

 まるで彼女さんはいいんですかと聞かれているような錯覚なんて気のせいだ。
 言いながら片手でメールを打ち、送信完了。

「で、教えてくれるよな?」
「ク、クレープが先ですクレープ!」

 まるで人質交換ようだ。
 てか、なんつー食い意地。
 色気より食い気?

「駅前のところがいいです!いいですか?」

 そして俺様のぬるい視線にも気づかない夢中っぷり。
 や、いいよ、別に。顔がキラキラしてて可愛いし。

ちゃん、クレープ好きなの?」
「大っ好きです!!」

 キラッキラした満面の笑みに、きゅんとくる。
 …………いやいやいや。
 冷静になれ。
 きゅんってなにさ、きゅんって。何の漫画よ。
 大体タイプじゃないし、どっちかってーと体にはメリハリある方が好み。
 それに彼女が好きなのは俺様じゃなくてクレープだっつの。
 ……………………って、その思考がそもそもおかしい!

「先輩?」
「へ?」
「急に黙ってどうしたのかと」
「ああ、いや、本気で好きなんだなぁと」

 誤魔化すように答えれば、だって好きなんですもん、と幾分拗ねたように言葉を重ねられる。
 …………なんだろう、なんでこんな可愛く見えんだろ。いっちゃ悪いが君、普通の女の子だよな?
 そしてクレープの店についてあそこが美味しいだのいまいちだの、聞いている内にあっと言う間に駅前。
 クレープの店の話で登校距離一杯よく話せるな。
 楽しかったからいいけど。

「で、何がいいの?」
「バナチョコ生クリーム!」

 即答。
 受付のお兄さんが吹き出すところを見ると常連だなこの子。

「アイスつける?」
「いえ、私はバナチョコ生クリーム一筋です!」
「あそ」

 きっとこだわりかあるんだろう。
 折角だから俺様もベリー系のを選んでみた。
 と。

「…………楽しい?」

 クレープを焼いているお兄さんの手元をひたすら見続けるちゃん。
 その目はやっぱりキラキラしていて、子供みたいだ。

「楽しいですよ、クレープが出来ていくのって魔法みたいじゃないですか?」

 クレープが出来ていくのって魔法みたいじゃないですか?
 思わず心の中で反芻した。

「ブハッあっははは!ま、魔法って!魔法って!!」

 ちっさな子供じゃないんだからさ!あーだめっ腹痛え!
 クレープが出来上がるまでひたすら笑っていれば、少し拗ねた顔のまま、それでもクレープ作りから目を離さない。
 それがまた笑えて笑えて。あーもー、一生分笑ったわ。

「ほーら、大好きなクレープだよ?」
「いただきます!」

 店員のお兄さんから受け取ったクレープを渡せば一気に機嫌が直る。ほんと、子供みたいだ。部活中は影が薄い子だったけと、強烈なキャラもってんじゃん。

「で?」

 ベリー系のクレープを口に入れつつ当初の目的を引っ張り出す。あ、普通に旨い。
 ちゃんはクレープをもぐもぐしながら、笑いません?上目遣い。案外やるな、この子。
 さっきのは自分でも笑いすぎだったかと思うけれど、だって高校生にもなって魔法だよ、魔法!
 おっと、思いだし笑いするとこだった。

「笑わないって」

 正直、わらっちまいそうだけど。

「本当にくだらないというかどうでもいいことですよ?」
「はいはい」
「本っ当に聞きたいんですか?」
「そこまで言われちゃぁね」

 そのために来たようなもんなんだし。

「つーかね、俺様が、タダでクレープ奢っちゃうようなやつに……見える?」
「うぐ」

 詰まるちゃんにクツクツ笑えば、またも拗ねる。
 それから観念したようにモゴモゴと口を動かした。



「……猿飛先輩って、うなじ綺麗だなぁって」



 べちゃり、という擬音に下を見ればクレープが潰れていた。
 手を見ればそこにあったはずのクレープはなく。
 もう一度足元を見た。
 うん、俺様のクレープだ。

「さ、猿飛先輩……?」
「……………えーと?それはありがとう、で、いい……のかな?」

 こんなに取り繕えなかったことなんて初めてだ。声、震えちゃってるんですけど。
 ちょ、なんで俺様の心臓、耳にあるんじゃないかってくらいうるさいの!?

「うぅう……だから言わなかったんてすよ」

 絶対引かれると思った、などと呟きながら落ち込むちゃん。
 いや、引いてる訳じゃなくて、ワケわからないけどうるさい心臓とか熱い顔とかぎゅうって抱き締めちゃいたい衝動とか、どうしちゃったの俺様マジで本気で!
 空気が微妙なのとクレープ屋さんのお兄さんの視線が痛いのとで、なんとか言葉を探す。

「あー、あのさ、別に軽蔑とかはしてないから」
「ホントですか!?」

 バッと見上げてきた瞳はキラキラ光っていて、直視できなかった俺様は思わず目をそらす。

「ホ、ホントホント」
「……その気遣いが逆にイタイです」

 ずぅーん、と沈む背中に慌てる。

「や、ちょっと驚いたけど、いいんじゃないの?好きなもんは好きなんでしょ?」
「まぁ……はい」
「なら、いいんじゃん?」

 ね?と、問いかけると、視線を宙に漂わせて、

「……はい」

 こくり、と頷いた。
 よしよし、機嫌直ったな。
 なんだかこっちも優しい気分になれて、その日はそのまま電車で帰った。



 それ以来、なんっかちゃんを目で追ってる自分に気づく。

ちゃーん」

 部活の片付けを終えたらしい袴姿のちゃんに声をかける。
 すると、小走りで駆け寄って来てくれた。ちょっと俺様感激。

「猿飛先輩、呼びましたか?」

 首をかしげつつ、尋ねてくる様に、悟った。
 ああ、俺様惚れちゃったわけね。

「うん、帰りにクレープ食ってかない?」
「行きます!」

 満面の笑みに、こちらも笑いがこぼれた。
 物で釣るのは常套手段ってね。












+++あとがき+++
休止以前に書いたストックフォルダにあったものです。
高校時代はクレープが大好きでした。うなじも大好きでした。(

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2013.12.28