苦労性の受難
うちの姫様は何をし出すか分からない。そういう点でお館様の血を色濃く受け継いでる。確実に。
「佐助ぇえええっ!」
可愛らしい声で俺様の名前を呼ぶ。いや叫ぶ。
だから叫ばなくても聞こえるって言ってんのに。何で大将といい旦那といい、この姫様といい忍の名を絶叫するのか。忍べないでしょうが。もう忍ぶ気なんて毛頭ないけど。
「はいはい、なんでしょーか」
すちゃっと姿を表す俺様に姫様は満足そうに頷く。
髪は黒々と美しく、瞳には光を湛え、きゅっとつり上がる唇はさくらんぼのような姫様は、身内目だとか引き抜いて可愛らしい。外見は大将から一片たりとも血をもらっていないようで何よりだ。
これでもうちょっとおとなしくしていてくれれば嫁の貰い手もあるだろうに。
などとは口が裂けても言えない。結婚云々の話をすると殴られるからだ。誰にって、そりゃ姫様に。油断しちゃならないのはその細い腕から放たれる拳が大将並みだってとこだ。下手すりゃ死ぬ。
「ちょいと、そこに座りなさい」
「はぁ……」
今度はいったい何をやらかすつもりなのやら。
おとなしく示された場所にひざまずくと、正座しろと言われた。……え、なに、説教でもされんの俺様?
「ついでに目をつぶって歯を食いしばっとけ?」
「なんで!?」
「問答無用」
「……へーい」
今の目が大将にそっくりだった。本気で。
理不尽な気がしてならないが仕方がない。武田では日常だ。
やれやれと思うものの顔には出さず渋々と言われた通りに目をつぶる。
目ぇつぶったって音や気配で周りのことは大抵分かる。伊達に忍頭張ってない。
だからゆっくりと姫様が俺に近づいてくるのも丸分かりだ。
歯を食いしばれってことは殴られる?殴られるのか?俺様の人生ここで終止符?すまねぇ旦那っ!
色んな走馬灯のようなものが頭の中を駆け巡っている最中にそれは起こった。
ふわりと、暖かく、柔らかい感触に、包まれた。
思わず目を開けて現状を確かめる。
けど、視界には緋色が広がっていた。それは紛れもなく姫様の、着物の色。
「ひ、め?」
「……馬鹿者」
「あの、さっぱり意味が分からないんですけど」
「疲れているならそう言えばいいでしょう。顔が青いし隈はあるしすごい顔してる」
あんたらのせいだよ。
とは言えるわけもない。
ちょっとだけ離れてこっちを見上げながら言う姫様は本当に心配そうな顔をしていた。
俺様がそんな顔させているのかと思うと心苦しいような、くすぐったいような、とにかく落ち着かない心境に刈られる。
「酷すぎて殴る気が失せるほどだよ」
やっぱ殴る気だったんすか、そーっすか。
「ええとそれで?」
尋ねれば、にっこりと笑う姫様。
あ、やべ。
こういう笑顔のときの姫様はろくでもないことしか言わない。
「私の膝貸してあげるからゆっくりおやすみ」
「旦那に呼ばれたみたいなんでちょいと失礼します」
間を置かずに逃げた。
敵前逃亡とか情けないとかださいとか甲斐性なしとかそんな問題じゃない。
確かに魅力的なお誘いではあるけど、そんなことしたら大将に殺されるだろ!?
いくら忍だからって戦場以外で散る気はないっての!
「……やれやれ」
ため息と共に吐き出した言葉が最近口癖になっている気がして、二度目のため息をついた。
「次は殴り飛ばして問答無用で休ませようかしら」
「よい策にございまする!」
「流石は儂の娘よ!」
「あんたら殺す気か!?」
+++あとがき+++
なんか、佐助っぽい佐助になった気がしますw
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2008.07.04
2008.07.05加筆修正