夢話-夢小説の間-





幸せのおすそ分け





 うちには居候がいる。
 少し……いや、大分変わった居候だ。
 初見はそれはもう思考回路がショートするほどたまげたものだ。
 自称、戦国武将真田幸村、御年17歳。炎をあしらったズボンに、金属製の腹巻き。さらに、素肌に真っ赤なライダージャケットをまとう変態なのである。
 今はこちらの趣向と常識とで普通の人の格好をさせてはいるが、やはりというか、発しているオーラや雰囲気が普通ではないため、どこにいても浮き立つ。
 そんな彼は、現在我が家のテレビに釘付けであった。
 特集、新作和菓子!と銘打って、洋菓子と中和したような和菓子が色とりどり紹介されている。

「……甘いもの、好きなの?」

 問いかけに、びくりと体を震わす幸村。
 バッとこちらから見れば大袈裟に振り返った顔は今着ている原色赤のTシャツより真っ赤だった。

「だっ断じてそのようなことはっ!」
「ふぅん」

 好きなんだ。なんか意外。
 この自称真田幸村は男も男、漢と書いて男と読むくらいで、実に暑苦しく、かつ、むさ苦しい上にやかましい。男たるもの強くあれ、鍛練を怠るなど武門の恥、うおおおおお館様、などなど、意味のわからない迷発言を諸々提供してくれている。
 その幸村が、ねぇ。

「あ、甘い菓子など、おなごが好むものでござろうっ」
「へぇー」

 何も言ってないのに。ふぅんって言っただけなのに。
 まさに弁解の二文字がぴたりな感じだ。
 反応が薄いのが気になるのかちらりちらりとこちらをうかがってくる。
 …………分かりやすい。この人は嘘がつけない人だな。

「そ、それより買い出しの刻限ではござらんか!?」

 必死さに免じて突っ込まないでおこう。
 よいこらしょと腰をあげる。

「そうだね、荷物持ちお願いしてもいい?」
「分かり申した!」

 よい返事だ。
 出掛けに、未だスイーツ情報を流し続けるテレビを消せば、とても残念そうな顔をした。
 …………重ねて言おう。実に分かりやすい人である。






 街を歩けば自然と注目されるのは、無論、真田幸村のせいである。
 自称武士である彼は異質な雰囲気を醸し出しており、道行く人の十中八九は不自然さに気づいて振り返る。ついでにこいつは顔がいい。道行く人の十中八九が振り返り、それが女性であるならば必ず数秒は見惚れるのだ。
 全世界に男と女は半数ずつ。
 単純計算しても注目されるのも致し方ない。
 そして荷物は「某が持つ」と言い張るから、全部押し付け――どれだけ持たせようとへこたれやしない、感服ものだ――、大抵幸村が持つ。それを他人が見たら、彼氏に尽くされる彼女の図、完成である。恐らくそのせいでこちらも女性からの羨望と嫉妬の眼差しを受けるはめになっている。
 だが、そんなことを気にするような繊細な心の持ち主ではないので、無視を決め込むが常だ。
 ふと、甘味処の看板を見つけ、先ほどのことを思い出す。
 幸村が何も言わないから趣向に気づかなかったし、今まで甘いものが食べたい等のわがままも言ってこなかった。丁度小腹も空いている。

「ねえ、ちょっとお茶してかない?」

 大量の食物を――そのほぼすべてはこのあと幸村の腹に消化されるが――抱えつつも涼しい顔の幸村へ進言する。

「了解致した。どちらへ?」

 なかなかのイエスマンである。
 ぴっと、甘味処を指差す。

「お団子食べたくて」
「っ」

 一瞬、頬を緩めそれはもう嬉しそうな顔をした後、慌てて顔を取り繕う幸村。
 私が見逃すと思うてか。
 が、面白いのでもう少し騙されておいてやろう。

「トコロテンとか甘くないのもあるから幸村でも大丈夫かと思って」
「も、もちろんにござるっ」

 トコロテンの名前が出たとたんしょぼんとしたのも見逃すわけがない。

「…………ほんっとわかりやすい」

 ぼそり、といった言葉を聞き返されたが、何でもない、と濁しておいた。









 そうこうして甘味処。

「幸村決まった?」
「う、ぬ、いや……」

 メニュー1ページ目とにらめっこの真田幸村。
 …………部下とかが見たら、泣くんじゃないかな。いや、こっそり笑うか酒の肴にでもされるだろう。
 ちなみに、メニューの先頭はお団子セットしか載っていない。トコロテンは末尾である。
 別段ここを贔屓しているわけでもないが、同じメニューを見て決めたのだからどこに何が載っているか、こちらからも丸わかりだ。さらに言わせてもらえば、私が食べたいものを決めてかれこれ10分は経つのだ。暇潰しに幸村のメニューの憶測を立ててしまうのも致し方ない。
 ……というか、埒が空かない。

「すみませーん、」
「ぬぁっお待ちくだされ!」
「お団子セット二つで」

 止められるけど気にしない。
 はぁい、ただ今、と答えた店員さんに注文すると幸村は目を見開いてこちらを見てきた。

「な、なにゆえ…………?」

 なにゆえって、あんた。

「それだけ食い入るように見てりゃわかるっての」

 気づけない鈍感力をお持ちの方がいたら是非教えていただきたい。
 出てきたお茶をすすり、一息つく。

「あ、の」
「ん?」

 視線を幸村にやれば、至極言いづらそうに口を開く。

「だ、男子が甘いものを好むのは、やはり女々しいと思われまするか」

 ……何を言うかと思えば。

「いや別に」
「ま、真でござるか!」
「真でござるので声押さえてね、恥ずかしい」
「失礼致した!!」
「だから静まれ」

 にこにことした顔は実にしまりがない。食の好みがどうこうというよりは、その性格がむしろ女々しい。
 団子が運ばれてきて、また輝く顔を見て、なんだかなぁと言う気分になる。
 いただきます、と手を合わせて食べ始めるが、目の前の男、実に旨そうに幸せそうに団子を食い始めた。

「…………」

 見惚れるほどの食いっぷりと速度だ。
 ……みたらしが口の回りについているのは指摘したほうがいいのだろうか。先程は彼氏彼女を例に出したが、まるっきり彼の母親気分である。

「いかがいたした?」

 視線に気づいたのか、きょとりとして首をかしげる。犬のようだ。

「いや、幸せそうに食うなぁと」

 当たり障りのない感想を口にすれば、眉がハの字になった。
 みたらしが口の回りについているままでそんな顔されると思わず拭ってやりたくなる。が、どうせ今拭っても残りの団子でまたつけるだろう。

「……やはり、男子が好むべきものでは……」
「いやいや、そうじゃなくて。好きなものは好きでいいじゃない」
「そうでござろうか……」

 なにか昔言われたんだろうか。戦国の世から来たと言い張るくらいなのだから、男は男らしく、というような今から見たら時代錯誤な教育をされたんだろう。面倒な。

「ああでも、」
「でも?」
「幸村が幸せそうな顔をしてるとこっちも幸せになる」
「……っ」

 胸を満たす満足感と言えばいいのか、そう、幸せのお裾分けをもらえるのだ。
 暖かくて、なにやら自然と口の端が上がって。
 ああ、赤ん坊を眺めるのに似ているかもしれない。

「一本余ったんだけど、いる?」
「ぜ、是非に……」

 変わり者の居候の趣向を発見した、そんな穏やかな昼下がり。












+++あとがき+++
休止以前に書いたストックフォルダにあったものです。
お団子食べたいです。

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2013.12.28