哀
ふと見上げた樹の上に、ひらりと揺れる朱色の布地。
なんだ、あれ?
それが、小さな悲鳴と共に、落ちた。
息が詰まった。
どんだけ戦場を駆けようと、どんだけ危機的な状況になろうと、こんな風になったことなんてない。
喉が張り付いて、心の臓は締め付けられるほどに痛みを訴え、手足は痺れたように動かない。自分の体が自分のものでないような、あり得ない感覚。
「――佐助!」
旦那の声が耳に届いた瞬間、体は勝手に動いていた。
地面へと落下する彼女の体に手を伸ばす。
楽勝、ってぇ言いたいとこだが一瞬反応が遅れたせいで正直ギリギリだった。
「っと」
ずざざっと砂ぼこりを派手に舞い上がった。
腕に無事拾い上げた温もりに、心の底と、腹の底から安堵の息を吐き出す。
除き込めば、猫を抱えたままぎゅうと目をつむる彼女。体は強張ったままだってのに、猫を抱える腕はだけは、優しくて、猫が潰れないようにしている。
猫と目が合った。と、カフッと小馬鹿にされたように息を吐かれた。
……なんかむかつく。
「――ちゃん」
「え……?」
これてもかと言わんばかりにつぶられていた目がぱちりと開く。
キョトンとした顔は間抜けって表現が一番合う。
それでも外傷はないようで、その事にほっとした。
「ダイジョブ?」
「ッ!!」
顔を覗き込めば思いきり引かれる。
……さすがの俺様もちょっと傷つくよ。
その拍子に猫はするりと彼女の腕から抜け出していた。
「……離して」
相っ変わらず嫌われてるのね俺様。
ざわつく胸を抑えいつもの呆れ顔を張り付ける。
「はいはい」
手を放してやれば、顔も見せずにすぐに離れる。ちょ、冷たすぎない?
「いっ」
傾ぐ彼女の体を慌ててまた抱き止める。
今の痛がり方、捻ってんな。
横抱きに抱えあげると、彼女の抗議よりも先に旦那の「破廉恥!」が聞こえた。
「離してっ」
暴れる彼女にため息一つ。
そんな足バタバタさせたら旦那に足見えちゃうじゃん。
「無茶すんなって。おとなしく俺様に運ばれてよね」
旦那じゃ運ぶ以前に逃げ出すのが目に見えてるから、運べるのなんてこの場に俺様くらいなんだ。
観念したのか顔を俯けて、せめてもの抵抗と言わんばかりにこっちを見ようともしない。
やれやれだ。
何でこんな嫌われちゃってるのかな。
ちょっと哀しいんですけどー。
暖かい温もりを抱えながら、聞こえないようにため息をついた。
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2008.08.31