喜
「何が気に食わないんだろうねぇ?」
「何の話だ!」
頭を確実に狙って飛んできたクナイをさっと避ける。カッと樹に刺さる音を右から左へ流しながら飛んできた先を見る。
似てるヤツを見たらちょっとは分かるかなぁと思ったんだけど。
金の髪を風が揺らす。こちらを睨み付けてくるかすがは、相変わらずいい女だ。
が、今更ながらあんま似てないな。
こう、なんか違う。
一例を実践するならば、
「かすがぁ」
「馴れ馴れしく呼ぶな!」
呼ぶと、嫌悪を剥き出しにして叫ぶ。あの子は違う。顔を背けてそもそもこっちを見ようとさえしない。
「連れないねぇ。なぁ、一個頼みがあんだけど」
「なんだ気持ち悪い」
気持ち悪いって、そりゃないぜ。
容赦のない言葉に苦笑が浮かぶ。
ああ、また違い見っけちゃった。憎まれ口の前に、そもそも面と向かったことすら片手で数えるほどだった。
「名前、」
「は?」
「名前呼んでくんない?俺様の」
お、睨みがキツくなった。
おっかないねぇ。
「何故私が貴様なんぞの名を呼ばなければならないんだ!」
「だよなぁ……やっぱ普通はそうだよな」
嫌だから、呼ばない。
ま、当然の反応だな。
きっとあのときは大将に言えって言われてたから、だ。
やっぱ名前、呼びたくないほど嫌われてんのかねぇ。
「佐助」
「へ?」
「呼んだぞ!用が済んだらさっさと帰れ!」
「え、ああ、どうも」
呆然としたまま去っていくかすがを見送る。
なんだかんだ、素直じゃないんだから。
こういうとこは似てる。
いや、似てるとか比べるとか、よくないよな。分かっちゃいるんだけど、いかんせんなんにも反応がないとさぁ、俺様もお手上げなわけよ。
甲斐に戻って、あの子の部屋の天井からぶら下がる。
「よ、ちゃん」
呼べばギョッとしたように見上げてくる。
と思ったらすぐに顔をそらされた。ほんと嫌われてるよなぁ。
いくら俺様でも傷ついちゃうよ?
「ね、お願いあるんだけど」
「……………なに」
無愛想にも返してきた返事が少し嬉しいなんて、俺様そろそろヤバイんじゃない?
「名前、呼んでくんない?」
「っっ!?な、なんでっ」
「駄目?」
「あ、ぅ……」
視線をさ迷わせ、口を閉じる。
そのままで大分長く時が経過した。もしかしたら、一瞬だったかもしれないが、生憎と俺様せっかちなんでね。
「……………わかった。悪いね、無理言って」
「まっ、さ、すけ、さんっ」
――え、今。
振り返ると、顔を真っ赤に染め上げた、彼女。
一瞬、目があった。
すぐにパッと下を向いてしまったけど。
でも今初めて目があった。
「ちゃん?もう一回」
すとりと横に降りたって尋ねる。
「さっ佐助さん……」
優しい響き。
じわりと暖かい何かが胸に広がる。
「ね、もっかい」
「佐助、さん」
ああ、これだ。
「ちゃん、もっかい」
「なっ何回言わせる気!?」
キッと睨み見上げてきた彼女の顔を、優しく包んだ。
小手つけたまま何やってんだ、俺。
でも、今放したらきっと、もう捕まえらんない。
「俺様の顔見て言って?」
「っ!!」
カッと顔を真っ赤に染め上げる。
そんな怒ることじゃないだろ?いや無理矢理言わせてるの俺様だけどさ。
最後の抵抗とばかりに視線だけは合わせてくれない。
赤い唇がゆっくり動く。
「さすけさんっ」
その音が、耳から入って胸に響く。何かを震わせる。
「うん」
「な、に!ちょ、っ!」
抵抗もお構いなしにそのまま抱き締めた。
「ヤベ、すっげぇ嬉しい……」
名前を呼ばれるのはこんなにも嬉しいものだっただろうか。
大将に呼ばれるのも旦那に呼ばれんのも慣れたものだけど、ちゃんに呼ばれることが何より、嬉しい。
抱きついたりして、絶対嫌われるよな、なんて頭の隅で思ったけど、今はこの喜びを手放したくない。
「ど――――さ、佐助ぇ!おおおお主何をしてっ!!」
「チッ――何だよ旦那」
「……(舌打ちする佐助もかっこいい……)」
+++あとがき+++
喜怒哀楽佐助バージョンでした!
ヒロイン版のその後!
じっくりことこと煮詰めてました。
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2008.08.31