切ない人選手権
〜黒光りの策略〜
たまたま任務がなくて旦那の鍛錬に付き合ってた最中、俺様最愛の子の悲鳴が響き渡った。もちろんすぐ傍の旦那も反応する。
「ちゃん……?」
「何事だ!?行くぞ、佐助!」
「承知!ってなぁ」
駆け出す旦那の後ろにつく。
本当なら一番に駆けつけたいけれど、もし刺客か何かだったら旦那を一人置いておくわけにはいかない。あーくそ、こういうとき仕事人間ってヤだね。
殺気!?
「旦那、下がって!」
今まさに襖を開かんとする主の頭から伸びる尻尾、もとい髪の毛を思い切り引っ張る。
ぐっとかうめいてたけど気にしないことにする。
旦那の頭が退いたそこを何かが空振りした。
旦那を押しのけて甲賀手裏剣を構える。
「チィッ、しぶといヤツめ」
聞こえた声に思わず顔を上げる。
「え、ちゃん?」
「、殿?」
俺様は、いやきっと旦那も対処に困った。
なに、してるんだろう。
決死の形相でさっきの言葉を吐き捨てたちゃんの手には枕。何故、枕。握り締められすぎてちょっとかわいそうになってる、枕。いや、だから何で枕?
部屋の端でふるふる震えてるちゃんも見つけたけれど、部屋の中には二人以外誰もいない。
「幸村、を救助して。佐助はヤツを探せ!」
「は、しょ、承知!」
「ヤツって誰よ?」
ちゃんの号令に旦那が反応してちゃんのところへ行く。
俺様は俺様で改めて部屋を見てみるけれど、ちゃんとちゃん以外にそもそも人の気配がない。っていうかちゃんの救助、俺様がやりたい……。
「ヤツっていったらヤツなの!ゴキ」
「嫌あぁぁあああぁっ!、!言葉にしないでぇぇ!!」
急にちゃんが騒ぎ出す。
「……触角を持ってて黒光りしてすばしっこくて油ギッシュなアレ」
「その表現も嫌ッ!リアルですっごい嫌ぁッ!!」
「殿!落ち着くでござる!!」
ちゃんの説明でヤツの正体はわかったけど、そのせいでちゃんの錯乱状態が酷くなって旦那がガクガク揺さぶられている。
一部混沌としているけれど、え、あの茶羽の虫のためにこんな騒ぎを起こしたわけ?
あんな気持ち悪い虫一匹に怖がるちゃんって、かぁわいい。
逆にちゃんは頭を痛そうにこめかみを抑えている。……こう言っちゃなんだけど、逞しい神経してるよねぇ、この子。
「とにかくヤツを探して仕留めて削除して」
「削除って……」
そりゃどっかの誰かさんの専売特許ってね。
もう、仕方ないなぁ。虫一匹仕留めるために俺様の手裏剣汚れるのは嫌なんだけど、ちゃんをいつまでもあのまま――旦那の腕の中――にしておくわけにはいかないしね。
「やれやれ」
ヒュッと腕をしならせ、甲賀じゃない手裏剣を放つ。
それは狙い違わずちゃん曰く、触角を持ってて黒光りしてすばしっこくて油ギッシュなアレにぶっ刺さる。丁度後ろが木の柱だったせいかカッといい音がした。うぅん、さすが俺様。
「これでいい?」
「ありがと。ー、終わったよ」
「ほ、本当?」
「ほら、あそこにー……」
「嫌ぁぁぁああっ!!」
仕留め終わったそれをわざわざ教えてあげるなんてちゃんどんな神経を……って、
「ぬあぁぁっ!?殿ぉぉぉおおぉお!?は、破廉恥、破廉恥でござるうううぅぅぅああああっ!!」
何旦那に抱きついてるの、ちゃん!!
「……しょうがないなぁ……」
「って、あんたも何やってんの!?」
アレに刺さった手裏剣を素手で取ろうとするちゃんの腕を思わず掴む。
「何って、これ捨てないとが」
「危ないでしょうが!素手で触らない!俺様がやっとくから大人しくしてて」
武器の手入れはちゃんとしてるから素肌で触ったら簡単に傷を作っちゃうよ。結構切れ味あるんだよ、これ。全くもう。
手裏剣を引き抜いて――あー、手入れし直しだよこりゃ――アレの遺体を摘まんで庭に捨てる。
「……フフッ」
え、今、ちゃん笑った?
振り返れば至極楽しそうに笑う彼女がそこにいた。
「どしたの、楽しそうにしちゃって」
「いや、別に。……あれ、どうやって収拾つけようか」
あれ、と示された先はいまだ錯乱しているちゃんと、ちゃんに抱きつかれて茹蛸のように真っ赤になって硬直している旦那。
……いい加減旦那には女に慣れてほしいけれど、ちゃんで女に慣れるっていうのはどうにも腑に落ちなくて、やっぱり俺様ちゃん好きなんだなーと思うけれど、とりあえず今はちゃんと同意見で、この場をどうしようか、そればかりを考える。
(が絡むと佐助の色んな顔見れて嬉しいけど、その反面やっぱり切ない。
ま、でも今は……この腕に残る温もりが暖かいから、いいか、なんて、あたしも大概乙女だな)
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2008.03.08