色のない世界
世界は、白黒だ。
木の葉の間から注がれる、白い日の光。
揺れ動いている黒い木の葉たち。
身体から流れる熱い灰色の液体。
私はいつからこうしているのだろうか。
いつから、目の前の男に見下ろされているのだろうか。
「卿は何が欲しい?」
男から放たれる言葉が理解できなかった。
欲しい。
ホシイ?
なんだ、それ。
「何を望む?」
望む。
ノゾム?
どういったものなんだ、それは。
「ククッ、何を言っても聞こえていないかね?」
ピシリとした姿勢のまま男は問いを重ねる。
「……な、い」
「ほぅ?」
私は何も持たない。
だからと言って、何を持ちたいと欲したいと思わない。
「欲しがればよいのだ。どうせ人はすぐに死ぬ。
……卿の場合は、その死は間近に迫っている、というだけだが」
死。
そうか、死ぬのか。
混濁した記憶で過去を探すが出てきやしない。
何をしてきたのか、何をしていたのか。
そういった記録は一切と私の中に残っていない。
走馬灯、というのは死に瀕すると見えるものではなかったのだろうか。
霞む視界は、変わらず白黒。
ああ、そうか、私は――、
「……興味がない」
何においても、興味がない。
全ては白黒。
鮮やかな世界を見られぬこの目は、世のすべてに興味がないのだ。
生きていることにすら、興味がない。
「ククッハハハハハッ!」
突如として笑い声を上げた男はしばらく笑い続けた。
やがて収まった笑いの後、口の端をくいと上げた。
「いや、卿は実に興味深い」
屈みこんで私に笑いかけるその顔は、至極楽しいといった感情が読み取れる。
私などを見て、何が楽しいのだろう。
「私が卿を欲するとしようか」
身体が揺さぶられる。
この男に抱え、上げられた。
血を流しすぎて冷たくなっているはずの私の身体に、その手はやたら冷たく感じた。
見上げた男に、私は目を見開いた。
……男は、色を、持っていた。
白と黒のほかに、肌色と黄色、そして瞳に宿る茶と強い光。
「前言、撤回する」
「うん?何かね?」
「貴方には興味がある」
言えば、またもおかしそうに笑い出す男。
血が足りなくなってきているのか、揺れるたびに頭がくらくらする。
「私の名前は知っているだろう?」
「私は自分の名も定かではない」
言うと、意外そうに目を見開いて、また笑う。
よく笑う男だ。
純粋な笑みではないと見て取れるのに、その笑みには惹かれるものがある。
「松永久秀だ。卿はそうだな、とでも呼ぼうか」
松永久秀。
私に、名と、色と、生と、全てを与えた、男。
彼の言葉を借りるなら、実に興味深い男だ。
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2008.07.27