夢話-夢小説の間-





色のある誰か






 頭が痛い。
 何か、思い出しそうで思い出せない。
 記憶の切れ端が頭を掠めてばかりで、それを捉えるには至らず。
 歯がゆい。
 昔の記憶なんて興味ない。ただ、この頭痛だけは何とかしたい。
 ゆるゆると息を吐けば、少しばかり頭痛がマシになる。
 やはり、松永さんのところへ行こう。
 あの人の気配は分かりやすい。
 静まり返った沼のようで、苛烈さを抱える危ない気配。
 危ないと分かっているのに、そばにいると落ち着くのだから不思議な人だ。
 庭、うん、庭の方にいる。
 とん、と床を蹴って短縮路を駆け出す。
 記憶を失う前は忍だったのだと思う。身のこなしは女中より、ともすれば松永さんよりも軽くて、小さい刃物がよく手に馴染む。夜目も効くし、嗅覚や聴覚もそこらの人間よりは優れている。
 松永さんが合戦に出るも出ないも好きにすればいいと言うから出ないだけで、出陣すればそれなりの活動もできそうだ。
 それでも出ないのは殺し合いが嫌だとかではなく、ただ白黒の世界に興味がないだけ。私が出ることに意義を見い出せないというのもある。
 庭へと通じる戸に手をかけたところで、金属音が耳に届く。
 庭に、金属音?
 眉を潜めながら戸をくぐれば、松永さんの背が見えた。
 そこだけが色鮮やかで、何にでもなく安堵する。

「松永さん」

 声をかければ松永さんが振り返る。
 その、向こうに、血を流し、膝をつく男がいた。
 どくん、と心の蔵が騒ぎだす。
 血が、赤い。

 男の迷彩と赤。

 緑と赤。

 木々、緑、光る刃。

 鮮やかな、鳶色。

 誰?誰だ?
 松永さんじゃないのに、その男は色を持っていた。
 早鐘を打つ心の臓は収まることを知らない。
 血管と言う血管に血が巡り、ぐるぐると私の思考を掻き乱す。

「だ、れ?」

 誰だ?
 知ってる。私はこいつを、この気配を知っている。

『――す、け』

 キィンと頭が痛む。
 気持ち悪くてむせ返るような、感じていて不快としか言い表せない息苦しさを伴う気配。

「「」」
 
 二つの声。
 傾ぐ視界。
 揺らぐ足元。
 記憶の中の、赤と緑と、微笑み。
 不意に視界が黒に染まる。
 冷たい何かが、私の視界を遮っている。
 落ち着く、これは、

「ま、つなが、さん……?」

 張り付いたように感じていた喉を震わせる。

「卿には、いささか刺激が強すぎたかね」

 冷たいのに、優しい声。
 松永さんらしくない。
 そのまま抱き込まれれば、混乱が引いていくのが分かる。

「お引き取り願おうか、お客人」

 松永さんの声に、気配は舌打ちを残して消えた。
 何だろう、気配は消えたのに、松永さんに抱き締められているのに、落ち着かない。
 私と言う存在が、消えてしまうかのように酷く曖昧に感じる。

「松、永さん……」

 気が、遠くなる。
 無意識に掴んでいた松永さんの羽織を握る手が外れて、私はそのまま意識を飛ばした。

「フッ、この私が、まるで童のような独占欲だ。しかし、これもまた一興」






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2008.08.17