色のない彼女
チッ、不味いな。
思った以上に深手だ。
森を駆け抜けながら何度目かの舌打ち。数なんか数えてるわけないだろ。
点々と走った跡をなぞるように赤が落ちる。
随分離れたし、ここいらなら平気か?
地に降りたって応急処置を施す。
「ちったあ手加減しろっての」
思い出せば出すほどゾッとしない。
あの強さ、松永久秀ってのは本物だ。
「!」
反射的に横に転がる。
さっきまで俺様がいたそこには見覚えのあるクナイ。
不意打ちでこんな事してくるのは、一人しかいねぇよなぁ。
「いきなりご挨拶だねぇ」
「黙れ」
見上げた樹の上には金髪をなびかせた美女。
相っ変わらず、イイ女。
「無様だな」
「うっわ、いきなりソレですか」
反論しようもないんだけど、
「さっすがに冷たいんじゃない、かすが?」
「馴れ馴れしく呼ぶな!」
「うおっと」
またも勢いよく飛んできたクナイを避ける。
あのー、いちお怪我人なんですけど、俺様。
痛む傷に顔をしかめるより先に呆れが顔に出る。
ホント、かすがは変わんねぇよなぁ。羨ましいこって。
「なになに、急に。俺様に会いに来たわけ?」
「不本意ながらな!」
へえ。
三度飛んできたクナイを首を捻って避ける。
かすががそう言うってことは軍神か?次から次へとお偉い人は忙しいったらないねぇ。
「で?」
「のことだ」
かすがの形のいい唇から飛び出した単語に、どきりと反応してしまった。
あは、やっぱ俺様そろそろ忍として失格なんじゃない?
もちろんわずかな反応をかすがが見逃すわけがない。
こいつ、のことになると妙に勘が働くんだよな。
「その面、何か知っているようだな」
案の定、綺麗な眉を寄せて詰め寄ってくる。
何か知っている?
冗談じゃない。
多分、その言葉が引き金だったのだろう。
「ハッ、こっちが教えてもらいたいもんだよ」
気付いたら本音を吐き出してかすがを睨みつけていた。
驚いたようなかすがを見て、やっちまったと内心舌打ちする。
「佐助?」
かすがが俺の名を呼んだ。
酷く懐かしく感じるのは感じるのは、こいつがいつもお前とか貴様とか言うせいだ。
掴まれた胸倉の手を乱暴に放し、どかりとその場に座り込む。
がしがしと頭を掻いて、悪い、謝罪しとく。
「そういうところは昔から変わらないな」
「そーかよ」
ってーか、そういうところってどういうところよ。
いつもと立場が逆じゃん。
「お前はが絡むといつもそうだ」
「……そんな分かりやすい?」
「少なくとも私の前ではな」
やれやれ。
結局今の現状を愚痴っぽく語る。
俺が殺したこと、殺したと思っていたこと、松永のところにいること、それから――
「記憶が?」
「っぽいねぇ」
そう、あれはであってじゃない。
何も写さない瞳、その中で松永だけを見ている。
目が合って、俺を見て、誰だと呟いたあの瞬間に気付いた。
記憶が、ないんだ、と。
原因は明らかに俺様だけどさ。
「どうせお前のお得意の早とちりかなんかだろう、死ね」
「え、ひっど!!」
暴言を吐いてかすがは飛び去っていく。
あいつもどうするつもりなのやら。
会うなら止めとけって言っといたほうがよかったか?
ま、結局はこの報告を持って帰って大将や旦那の指示待ち。
俺があいつのためにしてやれることなんて、ない。
捨て置けと言われようが、始末しろと言われようが、下された命を遂行するのが忍。
「初恋は実らないってのはホントだね」
恋だなんて、どこぞの風来坊だよ俺。
ハッと風に笑って、甲斐への道を急ぐ。
ずきりと傷が、そう、傷が痛んだ。
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2008.09.21