俺様的今の関係
今武田にはいつの間に現れたのか、どこから現れたのか、誰にも分からない怪しい女の子がいる。名前はちゃん。
発見者は俺様だけど、躑躅ヶ崎館の廊下のど真ん中にいきなり現れたんだから、そりゃ怪しいってもんだ。しかも大の字で寝ていらっしゃるなんてどんだけ図太い神経されてんだかって思うだろ、普通。
物の怪とかは信じないが本当にそれかと思って大将にありのままを報告すれば、お主が無害と判断したら連れてこい、とのお言葉。
俺様が早々に他人を無害と判断するわけがない。と、思っていた自分自身も信じられないくらいに、俺様はあっさりとそいつを無害と判断した。
だって起き抜けに自分のいるところが分からなければ、聞いたこともない国に住んでいると言うし、俺様のことを武田さんとか言い出すし、いきなり俺様の手裏剣に手ぇ伸ばしてくるし、話す言葉も見当違いの上に、歩けば何かに当たるって始末。
こりゃ駄目だ、と。こう、人として何かどっか抜けている。
観察してみても動きは亀並みに緩慢だし、握った手はそこいらの女より柔らかくてすべすべで武器なんか触ったことすらなさそうだし、目は極悪で何度睨まれたか分からない。でもその瞳に殺気の類いが含まれることはなく、いつもあるのは困惑の二文字。
武田に無害って言うよか、まさに、人畜無害。逆に保護欲くすぐられちゃう感じ。
「ちゃんてほんと変な子だよねぇ」
「ありがとうございます!」
「誉めてないから」
毎朝毎朝大将と真田の旦那の殴り合いを見ているみたいで、始めの頃は旦那がやたらちゃんに突っ込んでくるもんだからこりゃ危ないと見張りに来ていた。
けど城下に一緒に行った後くらいからそれもなくなって、俺様が気にする必要はなくなったんだけど、どうにも癖になったのか朝はこうしてちゃんと一緒にお二方の掛け合いを見ている。
「今日もよく飛ばれましたね」
空の彼方に飛んでいく旦那を見て、あはは、と笑うちゃんはいつも通り楽しそう。
「そーねー。そういや見えてんの?」
「はい?」
「旦那が飛んでくとこ」
目は恐ろしく悪いはずなんだけど。あれを演技でやれるんならぜひ忍隊の工作員として欲しいもんだぜ。ああ、でもこの鈍さじゃ要らないや。
「ああ、いつもお館様ーって飛んでくじゃないですか。声が遠くに行くので判断してるんです」
「ふぅん」
なるほどねぇ。
目が見えない分耳がよく聞こえるもんなのかもな。
直に雄叫びを上げながら真田の旦那が帰ってくる。近隣のお人らはすっかり慣れて――いや、慣れるのもどうなのさ――今や武田名物とまで呼ばれるようになっている。恥ずかしいったらない。
「ねぇ、ちゃん」
「はい?」
「元いたところに帰りたい?」
「は?」
あれ?何聞いてんだ。
瞬きしたあと疑問に満ちた視線が突き刺さる。
いやでも、時々遠い目をして悲しそうに笑うんだよね、この子。
旦那たちが殴り合いしているときとか、縁側に座って足ふらふらさせているときとか、本人無意識なんだろうけど不意に一瞬だけ。ちょっと気になるっつーか。
大将も旦那もそれに気付いてはいるみたいで、色々構ってる原因はそこみたいだ。
「悪いね、何でもな――」
「そりゃまあ、帰りたいですね」
ああ、ほら、その顔。
まだ完治とは言えない手のひらの包帯を見下ろして、無理矢理に笑うような姿が痛ましい。
紅葉の中に佇んでいた、頼りなくて、儚げなあのときの彼女を思い出す。
見つけたと思ったらボロボロ泣き始めて説教なんかできやしなかった。そういや、泣いたのなんて、アレっきり、だよなぁ。俺様の知る限りの話だけど。
あーぁ、聞いたこと後悔してきちゃったじゃないか。
「イイ人でもいるわけ?」
「は?」
「そんな感じ出してる」
「ぶっ!あっはは!私にですか?ちょっと冗談きついですよ」
「確かに」
「え、そこ肯定しちゃいます?」
「いやぁごっめーん」
間抜けな顔をさらしてへらりと笑えば、それ絶対悪いとか思ってませんね!と明るく返ってくる。うん、やっぱりちゃんは笑ってた方がいいな。
「あ、でもあながちそれ当たりかもですよ」
「え?」
どきりと心の臟が音を立てた。
「やっぱり恋しい、ですねぇ」
呟くちゃんは本当に今言った言葉を体現したような表情だった。
そんな顔は、初めて見る。
遠くを見つめる目は輝いていて、顔は恍惚としていて嬉しそうで、胸が傷んだ。
って、何で俺様が胸痛めてるんだよ。分けわかんないから。
「でも、帰る方法も場所も分からないから、それを探さなきゃならないし、その為にはお金もかかる、し……?」
気付けば頭を撫で付けていた。
本当のところ、こんなことするのどうなんだろとか思うけれど、初日から手も繋いでるし抱きつきもしてるし、今さらな気がした。
できることなら帰してやりたい。……いやいや、らしくない。随分と入れ込んだもんだね俺様も。
「猿飛様?」
「んー?」
どうしたのか尋ねてくる視線をかわして適当な返事をする。
次第にちゃんはくすくすと笑い出した。
「帰りたいのは本当ですけど、それにはここを去らなきゃいけないって言うのが、正直寂しいです」
きっとまだ先の話でしょうけど、と笑うちゃん。彼女のこういうところは結構強い。武田軍の大将に向けて自殺宣言しただけはある。
何故だか分からないが、その言葉に安堵した。
「ま、ゆるーく行けばいんじゃない?」
「ゆるーく行きすぎておばあちゃんになっちゃうかもしれませんねぇ」
「ちゃんはとろいからねぇ」
「そうですねぇ」
今日も日向の縁側でのんびり語り合う。今ん所はそんな関係だ。
+++あとがき+++
恋焦がれているのはもちろん帰りを待つ数多のゲームや漫画やイベントたちを思い浮かべているから……っていうのは、本人のみ知るご愛嬌w
帰してあげたいけど、帰っちゃったらちょっと寂しいかも、という心情な佐助を書きたかったんですv
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2008.08.09