夢話-夢小説の間-





思い浮かぶのは貴女





 それは、お館様より上田城を任され、しばらくした頃。
 俺は、愕然とした事実と向き合わねばならなかった。

 ない。

 失くしてしもうた。
 いや、その様なこと、あってはならぬ。
 だがしかし、ないのだ。
 さぁっと血の気が引く。
 戦装束を全てひっくり返そうが、道場を隅々まで探そうが、それは出てこぬ。

「……真田の旦那、何してんの?」
「ささ佐助ぇ!?」
「どんだけ散らかす気ですかー?」

 呆れ顔の佐助からは若干の怒りが見て取れるが、今はそれどころではない。
 はっ!そうだ!佐助に、も……。
 探すのを手伝わそうとして、そやつも殿から受け取っていたことを思い出す。
 何故かは分からぬが、佐助に言うのは戸惑われた。

 ――いらないなら幸村お得意の炎で燃やしちゃっていいから

 苦笑と共に渡されたそれ。
 その様なことはせぬと言い切って、そのときに見せた彼女の嬉しそうな顔。
 大事にすると、そう誓ったというのにっ!!

「うぉぉおおおお!某は負けぬぅううう!!」
「何が!?ちょ、だから散らかすの止めろってだぁもう!人の話を聞いてちょうだいよ……」

 結局。
 部屋中を、屋敷中を、道場までも探して、先日の合戦の場まで赴いてたというのに、見つからなんだ……。
 影を背負って部屋の隅にうずくまる。
 何と、何と情けないのだ真田幸村。
 人との、しかも殿との約束をお守りすることもできぬとは、最低でござる。

「……だ・ん・な?」

 声をかけてきたのは佐助。
 声に怒りが混ざっているような気がするのは、俺の気のせいではあるまい。
 ちらりと気配の希薄な忍を見やる。
 腕を組んで見下ろしてくる様は忍の態度としてはいかがなものかと思うが、それは長き付き合いの佐助であるからして様になっている。

「佐助ぇ……俺は、おれはぁあ……いっそ腹を切ったほうがいいだろうか!?」
「何事!?」

 瞬時に寄ってきて俺の手にある小刀を叩き落す。

「止めるな佐助ぇ!!」
「落ち着けって!何、何なのあんたは!暴走しすぎだろ!?」
「だが!俺は!!殿ぉおおおおっ!申し訳!申し訳ございませぬぅうううう!!叱ってくだされううううぉおやかたさばああああ!!」
「うるっせーよ!」

 ガスッ

「ぬぉおおおぉぉ……」

 ……佐助にいささか乱暴に静止をかけられ何とか落ち着く。
 痛む頭に冷えた手ぬぐいを置き、冷静さを幾分か取り戻した俺は部屋で佐助と向かい合った。
 ぽつりぽつりと話せば、呆れた顔をされる。

「失くしちゃったって、あれを?」
「あぁ、失くしてしもうたのだ……」

 そう、殿が作ってくださった、あのお守りを。
 失くした。
 始めに着ておられた着物を切り裂いてまで、故郷を感ずることのできるたった一つのそれを犠牲にしてまで作ってくださった、あのお守りを。

「どこで」
「……分からぬ、合戦から戻ってきた後に気付いたのだ」
「なるほど、それであんなに暴走してたわけね」

 お仕事先とかで探しとくよ、という佐助に首を振る。
 それでは、駄目なのだ。

「よい」
「……なら、いいけど」
殿が戻られた際には全力を持って謝罪する所存」
「腹切りだけはやめてくれよ」
「うむ」

 腹を切っただけで許しを請うなど、何と生ぬるい!ここは殿に処罰を決めてもらわねば。うむ、それが一番でござる。

「で、そのちゃんだけどさ」
「ん?」
「大将の命令でちょいと南方の怪しい宗教団体調べてきたんだけど、そこにいたっぽいんだよねぇ」
「……なんと?」

 怪しい宗教団体?
 斯様ないかがわしいものに、何ゆえ?
 もしや捕らえられて?殿は目がお悪いゆえ何か不慮の事故でも!?

「何でかは知らないけど、大将に報告はした」
「おお!お館様は何と?」

 きっとお館様のこと、何か計らってくれるに違いない。
 そう期待して佐助を見れば、あやつは肩をすくめるのみ。

「なんにも」
「な……」

 何も?
 何故、と詰め寄ろうとした俺を止めたのは、

「たーのもー!」

 快活な、その声。

「この声は、」
「チッ、風来坊かよ」

 舌打ちする佐助は妙に不機嫌に見える。
 確かに前々から前田殿のことを良くは思っていなかったようだが、これほどまでだったであろうか。
 首を捻っていると、近づく足音と気配。

「よ、久しぶりだな!」
「キッ!」

 片手を上げてやって来たのはやはり前田殿。
 肩におる夢吉殿が前田殿の真似をして片手を上げている。

「上田に移ったって聞いてさー、どんなとこかねぇってな」
「あんたどっから入ったの」
「ん、正面。快く開けてくれたぜ?」

 はぁ、と思い切りため息をつく佐助を見向きもせず、前田殿はきょろきょろと辺りを窺う。
 その瞳が俺とかち合い、不思議そうに首を捻った。

「あれ?は?てっきりあんたらと一緒にこっち来たかと思ったのに」

 そ、れは、殿がいたら是非とも上田城に来ていただきたかったが……。
 何故であろう。前田殿の口から殿の名が出ると不快でござる。

「あんたに教えることなんてひとっつもないね」
「えー、そりゃないだろ?」

 帰った帰ったと追い払う佐助に思わず心の中で同意してしまう。

「幸村?今日はいつもの元気がねぇなあ」
「む、そうで、あろうか……」
「やっぱ、がいないと元気出ないって?
 いっやぁ、虎の若子も恋の前には形無しだな!」

 こここ、恋!?
 一瞬、脳裏によぎったのは共に城下へ赴いた際の殿の微笑み……いやいやいや!何を考えているのだ真田源次郎幸村ぁああ!
 ゴン、と柱に頭を打ち付ける。

「そのようなことはござらん!!
 武士として、そのようなははは破廉恥なものに現を抜かすなど言語道断でござるぅうう!!」
「相っ変わらずだねぇ、あんた」
「旦那、頭っから血ぃ出てっけど……」
「某はお館様ご上洛のため精進あるのみ!!
 前田殿、お手合わせ願う!!佐助、朱羅を持てぇ!」

 苦笑する前田殿と、ため息をつく佐助。
 キキッと鳴いた夢吉殿の声に、やはりというか何故かというか、殿の顔が思い出された。











+++あとがき+++
お守りなくしてしまった幸村サイドです★
ヒロインさんの名前を呼び捨てにする慶次にちょっとムカッとする幸村と、ヒロインさんと慶次がタメ口の仲なのに軽く嫉妬しつづけてる佐助ですw

※バックブラウザ推奨





2008.11.16