夢話-夢小説の間-





居候生活





 日本人の成人男性の体重は平均70kgだと言われている。最近ではメタボリックだの何だの言われているから昔の人から比べたら増えたのかもしれない。
 いきなり体重の話を始めて何かとお思いの皆様。とりあえず目の前で赤い星になった青年の話でもすれば私の言いたいことはお分かりだろうか。いや、比喩ではなくて、物理的に、星に、ね。
 ここは異世界どころかあの何でもありの『BASARAの世界』である。『BASAEAだから』で何でも許されてしまう世界だ。だからきっと考えるだけ無駄なんだと思う。成人男性とカウントしてもおかしくない幸村を吹っ飛ばすために必要な拳に含まれるエネルギーとお館様の拳の初速度は一体どこから生まれているのだろうかとか、そんなの考えるだけ、きっと無駄なのだ。でもさ、人間の知的好奇心がなくなってしまえば進化という言葉さえなくなってしまうと思うのだよ、諸君。
 あー、もうやっぱどうでもいいや。

「今日もよく飛ばれましたねぇ」

 縁側に腰掛けながら青い空に消えていった赤を探してみるが、例えこの場に眼鏡があろうと私は彼――幸村を見つけられる自信はない。見えていたらキラーンと赤く光る何かくらいなら見えただろうか。
 探すだけ無駄な赤を諦めて私は地上の赤――お館様へと目を戻す。
 豪快に笑われているようでいつも通りだ。
 私がお館様、もとい武田信玄公のご好意で躑躅ヶ崎館に住まわせて早5日。
 大層申し訳ないため多少の手伝いをやると言ってみたものの、布団を運べばあらぬところへ運び、雑巾をかければ柱にぶつかり、食事を運ばせれば目的地に到着した暁には味噌汁が全こぼれという惨劇をたたき出し、さらには佐助の手裏剣に自ら突っ込んで負傷中の手の傷を悪化させてしまい、

ちゃん、今後手伝い一切禁止ね★」

 などと武田のおかん佐助に真っ黒くろすけも吃驚な笑顔で言われてしまってはやることもなくなる。
 そのため今は大人しくこの館に馴染むよう努力するしかなかった。館を破壊しないようゆっくり歩いて回ってどこに何があるかを覚える。また、会う人みんなに挨拶をすることくらいだが。

「着物姿も様になってきたのう、
「えへへ、ありがとうございます、お館様」

 褒められると素直に嬉しい。
 そう、私は時代に合わせて着物を着ていた。さすがに血に汚れたままのパジャマをずっと装備しているわけにもいかず、どうしようかと思っていたらつい先日お館様にいただいた。
 さすが武田、というべきか。着物の色は赤だった。至近距離まで寄って隅々まで拝見させてもらったところ、鞠と紐、あと蝶の柄が入っている大人しめの着物だった。
 ちなみに着方も分からなかったので絶賛修行中。もっとちなみに言うと、視力が悪いせいで鏡を見ながら着合わせるのが困難であったり、帯を巻いている最中手を放そうものなら端がどこに行くか分かったものでもない。要は、大苦戦というやつだ。
 ついでに。武田様というのは呼ばれなれていないからお館様で構わないと言って下さったので遠慮なくお館様と呼ばせてもらっている今日この頃だ。

「うぉぉぉおおおっ!!」

 あ、帰って来た。
 地鳴りと雄叫びとで私はその存在が戻ってきたことを知る。
 ずざざざーーっとスライディングしながらお館様の前に跪く。
 毎回の事ながらすごく器用だと思う。あの膝何故すりむけないのか。擦り剥けていた場合はやっぱり佐助が縫いつくろっているのだろうか。というか、なぜ戦でもないのにこの人たちゲーム画面と同じ格好してるんだろうか。謎だ。

「見ていてくださいましたか、殿ぉぉおお!」

 赤いのが飛び掛ってきた。
 待て、私にも殴り合いに参加しろと?そいつはちょっと無茶なんじゃないか。

「はいはい、ごめんよー」

 ひょいっと視界が反転して、私の視界には迷彩色が映る。おかげで猛スピードで突っ込んできたらしい真田氏は私の背後にあったと思われる襖に突撃していった。
 ひとまずは私を抱え上げている人を見上げお礼を述べる。

「猿飛様、助かりました」
「いえいえどーいたしまして。旦那ももうちょっと考えなって。ちゃん女の子だよ?例えそう見えなくても。旦那が突進したら死ぬぜ?」

 最近佐助が一言多い。着物を着たとき初見が「へぇ、馬子にも衣装だねぇ」だ。それは褒め言葉ではない。これは気を許されているということになるのだろうか。いやならない。無駄に反語を使ってしまった。
 真正面から言ってもどうせ言葉では勝てないので、私はやれやれとため息をつく。

「猿飛様は私のこと嫌いなんですね。私はこんなに好きなのに」
「?俺様も ちゃんのこと好きだぜ」
「破廉恥であるぞぉぉおお!!」
「ぐほぁっ!」

 今日は忍も空を舞いました。
 よし、勝った。
 幸村ほどとはいかないけれど、空にかっ飛ばされて、でも宙で反転して庭の隅に着地する佐助もやはり人間じゃないと思う。

ちゃんて賢いんだかそうじゃないんだかさっぱり」
「……ありがとうございます?」
「誉めてないから」
「ですよね」

 ほんと口悪いなこの男。まあ幸村ロケットを防いでくれるのだから文句は言わないでおこう。もし機嫌を損ねてあの赤い塊を直に受けなくてはならなくなると思うとぞっとする。死ぬ。いや、死なないが痛い。きっと痛い。そういう中途半端なところが昨今の若者を非行に走らせるのだよ。

ちゃーん、お手」
「はい」
「あっはは!ほんとにした!」

 ……………そろそろ怒っていいですか?
 鮮明に見えない視界の中で迷彩の緑色が揺れている。大層楽しそうな顔で笑われているんだろうなと思いながら、私の表情はきっと憮然としているに違いない。
 お手と言われて上げた手をそのままにしようか下ろそうか考えていると、その上にお皿が置かれた。
 つーか、どっから出しましたかそのお皿。実は一緒に宙を舞っていたり、土に埋もれていたりしやしませんか。

「はい、お団子」
「あ……ありがとう、ございます」
「佐助ぇ!」
「はいはい、真田の旦那の分を忘れるわけないでしょーが」

 お皿に乗った二串の団子と佐助の四次元ポケットばりの能力に目をぱちくりさせる私と、それを見て飛び付いてくる幸村と、わかってるとばかりに返事をする佐助。
 お館様はと見回してみれば、私の隣によいこらしょとばかりに座ろうとしている赤い塊を見つけた。

殿!この団子は美味でござるよ!」

 早く食べろと言わんばかりの幸村。団子評論家か。いやあながち間違っていない。そんなことを考えて思わず笑顔になっていた。
 一串とって頬張れば、とろりと広がる蜜の味。みたらしだ。

「美味しい……」
「そうでござろう!」

 きっと幸村は今の内に五本は食べているんだろうなと妄想しながら私は頷く。
 私はもう一串、と手にとって、赤い塊を見上げる。

「お館様、いかがですか?」
「む?それはのだろう。好きに食せい」
「お団子、お嫌いでしたか?」

 尋ねればかっかと笑われた。次にグリグリと頭を撫でられて――若干痛い、首もげる――顔を近づけられて、目を合わされる。その瞳は暖かくて、笑いを含んでいるように見えた。

「旨そうに食っているお主らを見る方が愉快よ」

 お父さんだ。パパだ。
 お前たちが嬉しそうに食べてるのを見れれば幸せだよ、なんて幻聴が聞こえてきそうだ。どこのホームドラマだ。いやだがしかしっ。
 言いようもない嬉しさが込み上げて、くすぐったくて笑う。

「ありがとうございます」

 ああ、やっぱりお館様は癒される。ほくほくしながら団子を手にとる。

「大将〜、お茶持ってきましたよー」
「おぉ、すまんな佐助」
「あ」

 佐助にも言っとくべきか?買ってきてくれたのはたぶん佐助だろう。って言うか本当に神出鬼没だな。いつの間にお茶を取りに行ったんだ。

「ん?何々?」
「猿飛様、お団子いかがですか?」
「へ?俺様?」
「はい」

 言って差し出せばあーとかうーとか唸り出す。

「えっとー、お団子嫌いだった?」
「いいえ、美味しかったです」
「そんならちゃんが食べて。お腹一杯になったんなら旦那にあげてよ。俺様はいいからさ」

 母だ。日本の母がいるっ!
 私はいいからたんとお食べ、だなんて、え、うそ、ほんと?この人戦乱の世の母だ。大河ドラマ?昭和の世界大戦ドラマ?お館様のホームドラマ化よりは現実味を帯びているというか今この世界は戦国時代を模しているのだから戦乱には違いないが。

「え、何、どーしちゃったわけ?おーい、もーしもーし」
「ふぁっ!?すみません何か!?」
「いやこっちが何かと聞きたいんだけど」
「え、あ、何か、お館様がお父さんで猿飛様がお母さんのようだという突拍子もない妄想が一人歩きしていて私の平常心を掻き乱しつつ翻弄してきました。素敵なご家庭ですね」
「はっはっはっ!」
「意味分からないけど俺様が男だぜ?勘弁してよ」
殿!某はっ!?」

 え。幸村?
 問われて思わず幸村を凝視した。と言っても肌色と赤色がチラチラしていてじーっと見ようがムービーのようなかわいかっこいい輪郭は拝めない。
 幸村、は、二人の子供……子供?子供というよりは……ペットの子犬?尻尾ブンブンしてそうな。
 いやでもさすがに真田様は飼い犬みたいです、何て言ってみろ。いくらBASARA界だからって打ち首だろう。

「あ、の…ど、の?そのように見つめられては、その……」

 頬を染めて視線をさ迷わせるその姿はまさに花も恥じらう乙女。
 そんなだから幸村受けとか言われるんだよ、きっと。

「真田様は、おふたりの娘さんでしょうか」
「なんと!!」
「ぶはっ!!」
「む、むむ娘ぇ!?殿!某は男でござる!」

 しまった口が滑った!なんか言い繕うとするが、うまい言葉が出てこない。
 ひたすら愉快そうに笑い続けるお館様と、「娘、娘ってっ!!」と床を叩きながら転げ回って笑う佐助と、やはり顔を真っ赤にしている幸村と。

「ご、ごめんなさい……」
「日ノ本一の兵捕まえて娘!?ちゃん、最っ高!あっはっは!」
「さぁすぅけぇ……」
「ヒィッ!?ちょちょっと旦那!?二槍なんて握ってどうしちゃったのかなー……なぁんて」
「問答無用!!そこに直れぇい!!」

 私の謝罪は見事二人に掻き消されて、騒々しいまでの鬼ごっこが開幕した。いや、聞けよ。すみません、聞いてください。お願いします。
 下げた頭は誰に向くことなく、ぽんぽんとお館様に叩かれる。

「お主は武田の一員よ。そう発言に遠慮するでない。早々に追い出したりせぬわ」

 心を見透かされているような、そんな感じ。いや、でもそれとは違って、小さいとき悪戯したのを見つかって、怒られるかと思ったら、一緒になってやりだした大人を見た、ようだ。
 大きい人だ。物理的にも大きいけれど、何より心が。

「ありがとうございます」

 えへへと照れたのを誤魔化さずに笑った。
 それに笑い返されたように感じて、もっと嬉しくなった。
 ここにいてもいいってことですよね、お館様?

「ちょっとーっ!大将もちゃんも和んでないでたーすーけーてー!」
「佐助ぇ!お主は最近たるんでおる!某が稽古をつけてくれるぁぁああっ!」

 騒がしいBGMを聞きながら、私はお館様と一緒にちょっぴり冷めたお茶をすすった。
 ところで三人とも仕事しなくていいのかなぁ。と、そろそろ突っ込んでやるべき?








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2008.04.13