城下散策
別に否定をするわけではないが。
教科書で昔の人の髪型を見て良く思う。何故日本人はちょんまげにしたのだろうか、と。いや、それよりも、何故その形状に落ち着こうと思ったのか、だ。明らかにおかしいだろうとか、思わなかったのだろうか。否定をするわけではないが、その思考は限りなく理解できない。する気もないわけだが。
まぁその論議はお偉い文学者様たちにお任せするとして今日の私は城下に来ている。城下デビューだ。きっかけはー、真田幸村(某CM調)。
今朝起きて、いつものように恒例の殴り合いを見に行った後だった。
「殿、今日はお暇か?」
「すみません、いつも暇で」
幸村のことだからただ単純な質問だったのだろう。しかしどうにも最近暇を持て余している私としては嫌味にしか聞こえない。
手伝おうとしても大惨事を起こしかけた身としては(前回参照)大人しくお世話されているほうが邪魔にならないということに気付いてしまい、日々悶々と過ごしている。
「いや、そういう意味で言ったのではござらん」
「ごめんなさい、つい」
苦笑いを零す幸村に慌てて謝る。
「では、昼、共に城下に行きませぬか?」
そんなこんなで今城下でっす。
目は悪くてもみんな着物なのはよく分かった。ついでに、ちょんまげなのも、ね。
現代風でこの時代としては異様な髪型と格好しているのはゲームに出てくる人たちが主立っているってことを理解できてほっとしたようなしないような、複雑な心境に駆られた。
余所見をしているとすぐにはぐれるため、前方を行く幸村の腕から伸びる彼の尻尾、もとい赤い鉢巻を怪我していないほうの手で握り締める。え、何で鉢巻かって?迷子になるかも、転ぶかも、という心配から手をつないでほしかったのだが、破廉恥と言われてしまえばそれまでで、その代案がこの、赤い鉢巻。鉢巻の片方を幸村が、もう片方を私が握って歩くという、……犬の散歩のような、それ。
うん、何も言うまい。折角のご好意だ。きっと。
幸村につれてこられたのは、甘味処。
やはりというか、何と言うか、お決まりというか、期待を裏切らないというか。うん、いろんな意味でいいキャラしてる。
「旦那のイイ人ですかい?」
「な、何を聞かれるか!!」
「全くもっていいも悪くもなく普通の交友関係と言ってしまえばそれまでの関係ですよ?」
「殿ぉ」
冷やかす店主に慌てる幸村。それを軽くあしらえば情けない声で名前を呼ばれた。ちなみに、赤い鉢巻は甘味どころにつく前にとって貰った。
いやでも間違ったことは言ってないような。
だって、お偉い武将とどっから来たかもわからない子娘なんて、ねぇ。普通の交友関係築くだけでもすごいもんだと思うんだ。
そんなことを頭の中で並べ立てながら隣でじめじめした空気を放ち始めた幸村に心底驚く。
「真田様、え、あの、すみません、そんなに落ち込むとは、その、冗談ですので……」
ほんと、すみません、なんか。
「そ、そうか!親父殿!いつものを頼む!」
途端に元気を取り戻して幸村は親父殿というか、多分店主さんに注文する。
はいはいと苦笑が届いて、私も苦笑する。
いつものって、本当に好きなんだなぁ。
「真田様は何が好きなんですか、甘味」
「うむ。餡蜜、羊羹もよいが、やはり一押しは団子でござる!みたらしか三色かと聞かれたら悩むが……」
うんたらかんたら。
マニアな人にコアなことを尋ねたら止まらないという。かくいう私も人のことを言えないけどね。趣味について語らせたらきっとついてこれるやつ限られてるよ。
まぁ、ともかく。
団子というか甘味について語り始めた幸村はそれはもうノンストップだったのだ。
とりあえず、手元に幸村がいつものと呼ぶ団子が運ばれてくるまでひたすら喋っていたことは確かだ。
「も、申し訳ござらんっ、某、つい……」
「好きなんですねぇ」
はぅわぁっと正気に戻ってあたふたしだす幸村に吹き出す。
そして運ばれてきたお団子に気付くとそれがピタリと止まって幸せオーラのような何かが出始める。と、思ったら、団子を口に運ぼうとしている仕草でまたもやピタリと止まった。
込み上げる笑いを堪えきれずにふるふると笑ってしまう。
「そ、の、おなごのようだと、思われますか?」
気まずそうに言ってくる幸村のそれが引き金だったと思う。
「あははははっ!!おもしろっ!〜〜〜っ!最高、ですっ!」
笑いが止まらないとはまさにこのことで。
かろうじて「最高」と叫びそうだったところに「です」をつけたのが理性の欠片。
小動物、というか、子供というか、あんまり見えない視界だって言うのにそのオーバーな動きに笑いを誘われる。
「あ、う、、殿……?」
引きながらも様子を窺ってくる幸村にすみませんと謝る。
「私は、どこからみても殿方だと思いますよ」
特にそのいつも丸出しの胸板とか。
「いんじゃないですかね、甘いの好きでも」
私も好きですし、と笑いの余韻を残しながらも私はお団子にやっと手をつける。
幸村は私の言葉に納得(?)したのか団子を黙ってもそもそ食べ始めた。
甘味処は幸村が隣にいるとは思えないくらい静かで、お昼時に街行く人たちがぼんやりとしていて、とてものどかに感じた。
案外、幸村ってお館様と団子と破廉恥が絡まなければ結構落ち着いた、普通の人なんだなぁ。
お茶をひとすすりしてほっと息をつく。
私のいたところにはない景色に、あの忙しない世界を思い出す。いやいや、まだ10日と経ってないっての。
「いい天気ですねぇ」
「そうでござるな……そろそろ、戻りましょうぞ」
さっきよりも大分大人しくなった幸村に従ってお店を出る。
帰り道に、光を奪われて、私はそちらを見る。
「きらきら日の光を反射して綺麗ですね」
たぶん、簪、なんだろう。
日の光を反射してきらきらと光るのが、何だか海が光を反射しているようで、本当に綺麗だ。
「見ていかれますかい?」
「あは、結構です」
呼び止められるが苦笑してお断りする。
「殿は簪に興味はないので?」
女人は着飾るものだと思っており申したという幸村にも苦笑いをする。
「あはは、だってつけられないですもん。
自分でつけられませんし、何よりつけても見れませんから。それに落としても気付かなそうで……そしたらちゃんとずっと使ってくれる人に貰われたほうが簪も幸せなんじゃないかと思うんです」
一応、着飾るのは好きですよ、とも弁解しておく。
女の子ですから。腐ってますけど。あ、まさに腐っても女の子ってやつ?
「殿、お好きな色は?」
「色?私何色でも好きですよ……って、何簪見てるんですか。つけるんですか、真田様」
「そ、某ではない!」
むぅと唸りながら幸村は簪とにらめっこをしている。
……なんか、小さい子がおもちゃ売り場で買ってもらうお菓子を選別している様を見ているような気がした。
いやいやいや、仮にも日の本一の兵さんだ。いや、しかし。
などと妄想が大爆発している中、幸村の「失礼致す」との声が。
顔を上げた瞬間に、普段の幸村からは想像できないくらい丁寧に、すっと髪に簪を挿された。
いきなりの出来事に声が出なかった。
「うむ、よく似合う!店主、」
「いや待ってください!何してるんですか」
幸村がお店の人に声をかけそうなところを慌ててさえぎる。この勢いだとこのまま買ってしまうよ、この人。
「某がよいと申すのだからよい。店主、これを」
「ヘイ毎度!」
どんなジャイアニズムだと突っ込むべきだろうか。さすがお武家様である。でも男の人がくれるというものは貰っておかないとその人が恥をかくという話も聞くから、もらわなきゃならないのだろうが。いや別に貰うが嫌だとかそういうわけではなくて、私にお返しできるものが何もないのだ。
「遠慮なされるな」と続ける幸村の声に私は思考を中断して彼を見る。
見ても全然どんな表情かはさっぱり分からないけれど。
「殿に似合うと思った次第、某が贈りたいと思うた故にござる」
……私の思考が、というか行動が、全て停止した。
ちょ、と。たらしですか?この人破廉恥破廉恥言うくせに、何をキザったらしいこと言ってやがるんですか。軽く照れただろうが馬鹿野郎。
あああああ、もう顔が熱い。誰か扇風機とは言いません、団扇か扇子ください。
「殿?如何致した?」
人の気も知らずにそんなことをのたまってくる。
くそ、今日から幸村は爆弾投下魔だ。そうだ。そうしよう。
犬属性に、天然、爆弾投下魔に、初心、なんという属性の多さだろうか。これが絶大な人気を誇る天覇絶槍の実力か、クソ。
「……………真田様の、破廉恥」
「なぁ!?な、何故でござる!?」
騒ぎ出す幸村から顔をそらして館のほうへ向かう。
後ろから「殿!待ってくだされ!」「前言撤回していただきたい!」「殿!殿ぉぉぉお!」などと叫び声が聞こえる。
あの、仮にも有名武将なんだからそうやって街中で大声でシャウトするのはどうかと思うんだ。現に街行く人がみんな振り返っているじゃないか。しかも後ろ刺されて笑われてるよ。
やれやれと某忍のごとく私はため息を吐き出す。
「真田様」
振り返って呼べば、ピタリと止まるその挙動に笑いが込み上げてくる。
「ありがとうございます、大切にしますね」
にっこりと笑って言えば、幸村が顔を真っ赤に染め上げるのが分かる。眼が悪いというのにこれだけ分かるのはすごい。
真田染め、なんて流行らないだろうかと馬鹿なことを考えながら、私はまた躑躅ヶ崎館へ足を向けた。
幸村が何かを小さく呟いていたような気もしたが、大方お館様関連だろうと私は放っておくことにする。
「あっれー、ちゃんどしたの、その簪」
館に帰れば丁度佐助と出会って、ただいまとおかえりをやり取りする。
「似合いますか?」
「似合う似合う。馬子にも衣装の次は豚に真珠?」
アッハッハ、殴り飛ばしてやろうかこの迷彩忍。
殴りかかってもきっと避けられて、勢いあまって壁に激突するのが目に見えているので何もしないしできないが。
「真田様が買ってくださったんですー」
「へ?真田の旦那が」
ね、と賛同を取ろうとして振り返れば一緒に行ったはずの幸村がそこにいない。
「え、あれ?」
いやでもすぐそこにさっきまでいたのに?
私は門から顔を出してきょろきょろと辺りを見る。
あ、いたわ。
道のど真ん中に突っ立って、何してるんだろう。
「さなっうぉぅ!?」
迎えに行こうとしてガッと草履が門の段差に引っかかる。ぎゅっと目をつぶれば、衝撃は……なかなか来なかった。
「なぁにやってんだか」
「あ、毎度、すみません……」
「全く、お仕事帰りだってのに忍使いの荒い……」
ぱちりと目を開ければ迷彩色が視界いっぱいに広がっていて佐助が助けてくれたのだと分かる。
ここで待つように言われて結局は佐助が幸村を迎えに行った。しばらくするとちゃんと佐助と歩いてきて、一体何がどうしてそこで止まることになったのか、さっぱりである。
……っていうか、ちゃんとお仕事してたんだね、佐助。
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2008.04.23