夢話-夢小説の間-





乱入上等





 人間の目と言うものはとても高性能である。
 実際に見たものに瞬時にピントを合わせ、脳ミソまで情報をかっ飛ばすなんて機械にできる代物ではない。色彩だって、ハイビジョンや高性能カメラでは表現できない色を手に入れることができる。とにかく目で処理する世界の情報量の多さは考える場考えるほど膨大である。
 今、視界が不鮮明な私は、このぼやけた視界をブラウン管か何かで代替えしたようなに感じていた。
 見えているのに、実際そこにはいない、ような感覚。
 それはこの間紅葉狩りに行ったときからいやにリアルにそれを感じるようになって、シリアス傾向に向かう自分の思考があり得ないくらいに気持ち悪い。
 いっそ目の前で殴り愛をしているところに混ざって拳でも交えてこようか。
 いつものようにお館様の名前を叫びながら消えていく幸村を視線で追う。
 ……………さすがにありゃ死ぬな。

「猿飛様、ほっぺつねってもらっていいですか?」
「はいよ」

 ぐにーっと頬を引っ張られて伸びる肉。痛い、な。
 ……どうでもいいけどつねってって言われて即実行ってどうなの。

「よく伸びるねぇ」

 佐助はあはーと笑いながら私の頬を引っ張っている。縦や横に引っ張られてまるでブルドックをやっていたときのことを思い出す。

「破廉恥であるぞおぉ!」
「うわぁっ!」

 口から心臓飛び出るかと思った!
 まるで佐助の腕をポッキーのごとく折らんばかりの勢いで幸村が手刀を繰り出す。もちろんその攻撃で腕を折られる佐助ではない。さっさと避けるがそこを通りすぎた手刀はメキィッと激しい音を立てて縁側を叩き割った。叩き、割った。

「幸村ぁ!」

 あ、怒られるんじゃ……。

「見事な拳じゃあ!」
「お館様あ!」

 あ、れ、それ誉めるとこ違うと思う。いやそうじゃなくて、あれー?あー、まあともかく、

「……本日二回目に突入しましたねぇ」
「はぁ……やれやれ」

 さっき吹っ飛んでいったばかりだと言うのに懲りないというか、飽きない人たちだ。私は雄叫びと効果音を聞きながら佐助に視線を向ける。
 ブラウン管、か。
 呆れているであろう顔も、風になびく鳶色と迷彩も、きっと手を伸ばせば触れることはだろう。

「何?」
「あ、いえ……お気になさらず」
「あ、そ」

 触れないのは、ブラウン管から抜け出せないかもしれないという恐怖なのか、それとも、抜け出してしまったと気付きたくないための恐怖なのか。
 どっちにしろ、シリアス思考もいい加減にしてほしいものだ。
 ぶっちゃげ目が見えないならトリップしたとて無意味だし。というかそろそろ本気でパソコンが、ゲームのコントローラが恋しくなってきた。ああ、私を待つ数多のゲームたちよ、プレイしてやれなんですまん。というか、向こうじゃ時間経ってるのかな?来月に控えたコスイベント行けるだろうか。
 うん、よし、そろそろいつもの思考になってきたな。

「おーい、ちゃーん」
「よし、お散歩してきます!」

 立ち上がって、おや、と思う。

「今呼びました?」
「うん5回くらい。ダイジョブ?」
「へ?」
「いつにも増して間抜け顔」

 ふにっと鼻をつつかれる。
 ……コスプレとかゲームとか考えていたせいでやたらと間抜けな顔を晒したらしい。うわ、恥ずかしっ。

「だだ大丈夫ですっいやもう、そんなお気にせず!」

 身を引いて佐助の指から逃げる。
 では、と声をかけて出掛けた。私がその場を後にするまで赤い二人の殴り愛が続いていたことを、一応お知らせしておこう。

「いい天気〜」

 城下に出れば昼下がりの賑わいが私を迎えてくれる。そんな町並みも一瞬だけ遠く見えて首を振った。
 せっかく町に来たんだから、と自分に言い聞かせて一歩踏み出す。と、

「はぶっ!?」

 なにかにぶつかった。弾かれるように私は後ろへとよろけてその場にぺしゃりと座り込むる。
 あーくそ、前見て歩けよこの野郎。すんまそん前見えてない私が言っちゃダメですね。
 というか鼻痛ッ。

「悪い悪い!大丈夫かい?」
「は、いえ私こそ」

 腕を引かれて抱き起こされた。なんだいい人だ。
 嗅ぎ慣れない臭いが鼻をくすぐって、ああこの人の匂いかと納得する。品があるような、甲斐っぽくないような、そんな感じ。

「よかった!怪我、してないよな?」

 心配そうに軽く覗き込んでくるぼやけた顔に笑顔で応える。

「大丈夫です、ありがとうございます」
「いいってことよ!」
「キキッ!」
「ぎゃあぁあっ!?なになになんだ!?」

 甲高い何かが聞こえて、もさっと何かが降ってきた。目がよく見えないせいで正体全然分からないからマジ怖い。もさってしてるのこれ毛皮!?動物?

「ッハハ!そんな驚かなくてもいいだろ?夢吉っていうんだ」
「え……」

 何かどっかで聞いたような……。
 というか、これ……猿?
 至近距離まで顔を近づければそれは可愛い子猿だった。 ……どっかで見たような。
 と、考え事していた私が悪いのだろうか。いや、悪くない。

「〜〜〜〜〜っ!?」

 あろうことかその猿は私に接吻してきやがったのだ。

「お、夢吉、春かい?」
「春かい?じゃない!!うわー、もう、うーわー……」

 私はその場にうずくまる。ああ、何でこんな異界の地で子猿にファーストキッスを奪われなきゃならないんだ。テンションガタ落ちなんですけど。

「初めてはせめて人間がよかった……」

 それが武田主従ならもっと言うことなかったというのに、よりによって猿か。

「悪い!そんなに落ち込むなんて思わなくて……、ほら、夢吉も謝れ!女の子を泣かせるなんて男の風上にも置けないぞ?」
「キー」

 それで謝っているつもりか小動物。恨みがましい視線をふたりに投げつける。飼い主も飼い主だ。何のつもりで子猿を飼っているか知らないが某猿軍団よろしくちゃんとしつけをしておいてもらいたいものだ。できないなら縄でも繋いでおけ。

「う……、な、なあ!俺、これから蕎麦でも食べようかと思ってたんだ!一緒にどうだい?」
「知らない人について行くなって言われました」

 佐助もといお母さんに。あ、逆だった。

「俺は前田慶次。な?これであんたと友ってやつだろ!」

 滅茶苦茶強引なんですけどーって、は?

「まえだ、けーじ?」

 前田慶次って、あの、前田慶次だろうか。子猿を肩に乗っけて家出しまくっているあの、前田慶次?ストーリーモードも外伝も一回もプレイしたことなかったからこんな声だなんて知らなかった。

「そ!あんたは?」
「……、です」
「今更敬語なんていいって!なぁ、お詫びに蕎麦くらい奢らせてくれよ」

 ううん、さっきまでは断る気満々だったがBASARAキャラとお蕎麦、か。それ、美味しい。

「じゃあ、お言葉に甘えて!」
「お、いい笑顔するな!にはそっちの方が似合うよ」

 ……なにこのたらし。私は二三歩距離をとった。前田慶次ってこんなキャラなんだ。初めて知った。

「え、そこ引くとこ?」
「恥ずかしげもなくそんなこと言うなんて、……破廉恥」
「えぇ〜、そりゃないよ。本当のこと言っちゃ悪いの?」
「……イイ年こいた男が、キモい。まあ慶次だからいっか。お蕎麦お蕎麦!」
「お、俺だからってそれちょっと酷くない?」
「大丈夫、誉め言葉!」
「ほんと?そんならいいや」
「だから、お蕎麦!」
「はいはい、……、蕎麦食べたいだけだろー」
「よく分かったね」
「ちぇーっ」

 今初めて会ったというのに昔からの友達のようだ。
 ついついこっちに来てから封印していたノーマルモードが解禁されて軽口がぽんぽんと口から飛び出る。

「ほら、案内しどぅわぁ!?」
「えええええ!?そこで転ぶ!?」

 ええ、そこで転びますよ。何もないところで転ぶのが特技みたいになってますからね、不本意ながら。
 やはり佐助に支えてもらうのが日常になってしまっているのか受身が送れて手をすりむく。あぁ、直りかけてるってのに……。

「ほぼ何も見えないんだってば」
「大丈夫か?しっかたねぇなぁ……ほら」

 若干のデジャヴ。
 手を差し出してくる姿が佐助に被った。

「ありがと」

 案内されたお蕎麦屋さんはさすがかどうか置いておいて、美味しかった。
 お蕎麦食べるの久しぶりだ。

ってほんと旨そうに食うよなー」
「じゃあお蕎麦も幸せだね」
「ハハッ確かに!」

 ずぞずぞ食べる私を慶次はずっと見ている。
 男の人って食べるの早いよなー。
 
「あのさぁ、そんなに見られると食べづらい」
「そうかぁ?いい食べっぷりじゃねぇか」

 むぅ、不公平なり。
 でもお蕎麦を食べている間中相槌を打てば言い程度の面白い話を聞かせてくれて、結構いいヤツだと分かる。
 例えば、家は結構遠くにあるけど叔父の夫婦が仲がいいとか(利家とまつだ)、奥州には野菜畑を作っているお武家様がいるとか(きっと小十郎のことだ)、四国のからくりは見ものだとか(見に行ったらきっと私が死ぬ)。
 本当にBASARAな世界だなぁと感心しながら、いつの間にやら食べ終わっていた。

「慶次っていい人だね」
「だっろー?」
「うん、もっと猿しつけといてね」
「まだ根に持ってんの?」
「あったりまえ!」

 食後の茶をすすりながら話に盛り上がる。
 こう、慶次と話していると時間を忘れる。
 ついでに、今日の朝ぐぢぐぢしていたシリアスな思考も忘れることができた。
 なんか、いっか、このままで、みたいな。
 あ、いや、そりゃぁ仕事は探すけどね。お仕事探して、眼鏡探して、帰る方法探して、コスプレイベント行かないと!

「もっしもーし」
「ひぁぅあっ!?」

 耳!耳元でなんか囁かれた!!気持ち悪い!っつかびっくりした!心臓飛び出るよ!!

「なな、ななな何するんですか!?」
「あれ、耳弱いの?」

 飄々とした乱入者をギッと睨んでやるけど全然見えてないせいか目の前にいるのか定かではない。が、全体的に緑色した人だというくらいなら分かった。

「見知らぬ人にそんなことされたら誰だって驚きます!!」
「え゛。あのー、ちゃんだよねぇ?」
「え、な、なんで私の名前知ってるんですか!?」

 誰だこの人!?ストーカー!?いやまてもしかしたら屋敷の人かもしれない。いや、けどこんな町人チックな人はいただろうか。

「……あのさぁ、いくら俺様でも傷つくんだけど」
「あっれー!あんた武田の忍じゃん、久しぶりだな!」
「武田のしのび……?」

 慶次がそう呼ぶってことは、え、この人佐助、か?

「どーも、前田の風来坊さん、うちのお嬢がお世話になったね」

 よくよく聞けば確かにそれは佐助の声のよう。
 じーっと見つめさせてもらって、初めて鳶色の髪の毛を認識する。でも、迷彩以外の佐助を見たことがなくて、本当にこの人が佐助なのか私には確証が持てない。

「……猿飛様?」

 自信なさげに呟く。

「大正解〜!」
「うわわっ!すみません、ごめんなさい!わからなくって……いやでも本当にごめんなさい!腹切りますんで介錯を!!」
「アハハ!すんげー反応!ってほんと目ぇ悪いな!」
「そんなに笑うことないでしょ慶次!見えないもんは見えないんだから!」
「え、、ちゃん?」
「はい!すみません、何でしょうか!?」

 慌てて謝罪の限りを尽くす私を思いっきり笑うので文句を言ってやると、佐助に呼ばれる。びしぃっと背を正すとまたまた慶次が吹き出すので睨んでやった。

「あ、いや、迎えに来たんだけど。もうとっくに夕方で大将も旦那も迷子になってるんじゃないかって館で大騒ぎ」
「ええ!?すみません!帰りましょう!いますぐ!いっだ……」

 うおおぉ……机の角に小指ぶつけた……。
 悶絶する私にため息ふたつ。

「今日何回目かわかんねぇけど、大丈夫かい?」

 だいじょばないです。の意味を込めて首を横にふる。

「今日は厄日だ……ころぶしぶつかるし唇奪われるし全部慶次のせいだ」
「うえ、ちょ!誤解を招くようなこと言うなよ!」
「へぇ?それ、どういうこと?」

 あれ、何か佐助から黒いオーラが出てる。
 今にもその不思議ポンチョの中からくない出しそうだ。

「聞いてください、酷いんですよー慶次の連れてる子猿が」
「子猿?」
「夢吉だって」
「子猿で充分だ」
「で、子猿がどうかしたの?」
「出会い頭にいきなり私の唇を奪いやがったんです。酷いですよ、初めてだったのに」
「何やってんだか……帰るよ」

 呆れた声と共にひょいと抱えられる。て、抱えられる?見上げれば近くにある佐助の顔。

「猿飛様?歩けないほどじゃ……」
「なぁに?」
「え、あ、はい何でもないですすみません」

 にっこり笑った顔を作られたがそこから発せられるオーラが尋常じゃない。まだ黒い。私のせい?私のせいなのか?

、またな!」
「あ、うん!」

 またね、慶次と口にする前に佐助に抱えられたまま瞬間移動した。
 え、佐助ってもしかして慶次のこと嫌い?
 ちなみにこの後帰ったらお館様と幸村に泣きつかれました。……幸村はともかく、お館様、もういい大人なんですから……。








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2008.04.23