庭園崩壊
人はひとりひとり違う。
何を当たり前なと思われるかもしれないが、時としてそれをふと忘れるときはないだろうか。そしてまたふと自覚するときはないだろうか。私はまさに今、それである。
人が不機嫌になる理由はひとそれぞれである。例えば私ならロード時間が異様に長いゲームをやらされたり、好きなサイトがある日突然404エラーを叩き出したり、そういったときだ。
まあ私のことは置いておくとして、だ。最近、というか昨日の夕方辺りから何故だか佐助の機嫌が悪い気がする。本人はそんなつもりないのかもしれないが、いつもの軽口に棘が含まれているように感じて仕方がないのだ。それじゃ軽口じゃなく悪口だ。
何かした記憶はないもののそれは幸村やお館様に向かうことなく、むしろストレートに私へ向けられているようで、どうしたものかと思いながら今日も今日とて赤い師弟の殴り愛を傍観している。
「、どうした?」
ひょこっとお館様に顔をのぞかれわずかばかりのけぞる。
いつの間に殴り合い終わったんだろう。
「今日は猿飛様いらっしゃらないんですね」
いつも隣で縁側の爺婆よろしくのほほんとしているのに、今日はいない。
「佐助は任務に行かせているでござる。数日すれば戻りましょうぞ」
あ、なんだ、ちゃんとお仕事してるんだ、この人たち。
いつもいつも殴り合っている姿とそれを呆れて見ている姿しか見ていなかったため若干不安だったのだが。
ん、そういえば幸村と城下に出掛けた日も任務行ってたな。
「最近猿飛様に何かありましたか?」
「佐助に?」
「なんだか、機嫌が悪そうに見えて」
「佐助が、でござるか?」
頷けば、ふたりして気のせいだろうと言う返事をされた。
気のせい、なんだろうか。それとも一人で何とかしろとでもいうフラグ?レベル高くね。そんな選択肢のあるギャルゲじゃないんですよ現実って。
「たーのもー!!」
うん?どこかで聞いたような声だ。
バタバタと人が駆けてきてお館様と幸村に何かを告げる。緊迫したような駆けてきた人とは対称的に報告されたふたりは愉快そうに見えた。
「何かあったんですか?」
「急な客人よ。のう、幸村」
「はい、お館様!」
やれやれと言わんばかりにさっきの人は駆け戻っていく。
次にそこに現れたのは背の高いがっちりしていそうな人。
「あれ?」
なんか見覚えが。
「よ!!虎のおっさんも幸村も久しぶり!」
「キキッ!」
「うっわ、慶次に子猿」
「何でそんな嫌そうな顔すんだよー」
「だって子猿がいるし」
近づけるなと言わんばかりに私はお館様の後ろに回ってもふぁもふぁを握り締める。
昨日のアレが蕎麦一杯で許されると思うなよ、子猿。精一杯子猿を見つけようと思うのだが残念ながら視界が以下略のため発見には至らず慶次を睨み付けておくことにする。
「、殿?」
「知り合いじゃったのか?」
おや?てっきり佐助が報告しているかと思った。
「昨日城下で遭遇しました。……猿飛様が迎えに来てくださったんですが報告ありませんでしたか?」
「ふむ……なるほどのう」
何かに納得された。いったい何にだろうと思うもお館様の考えることはよくわからないので考えることをやめた。
「真田様もお館様もお知り合いですか?」
聞いてから、あ、そういやBASARAキャラ同士だから知り合いだよな、と私にしか分からない理屈で納得した。
「うむ、以前ここへ殴り込みに来たことがあってのう」
「超絶迷惑ですね」
「今回は門からちゃんと入ったって」
前回はどっから入ってきた貴様。私は白い視線を慶次に投げ掛ける。
「そういった問題ではござらん!」
「お、幸村やるか?」
「望むところ!いざ勝負!!」
やけに幸村が好戦的な気がする。こんな性格だったっけ?
急に外気温が高くなったような気がして、首を捻る。視界の向こうでまるで赤いセロハンをちぎってヒラヒラさせているようなものが飛んでいる。それに応じるかのようにぶわあっと風が唸った。
「うおおおぉ!!見ていてくだされお館様ぁ!殿お!」
「相変わらず熱いねぇ!」
ガキンだのバキンだの金属同士がぶつかるような音が聞こえるところから推測するにマジバトルが勃発したらしい。
しかも何やら特殊技まで使い出しているようで、さっきの赤いセロハンは炎、巻き起こった風はノット自然現象。技名を叫びながらぶち当たる二人と庭が大惨事にならないか祈るばかりだ。
「、応援してやったらどうじゃ?」
「……応援しても聞こえていなそうなくらい盛り上がってそうなんですが」
お館様の後ろから見ながら正直な感想を述べさせてもらう。
そして見えない上にふたりの動きが早くてどっちがどっちだか判別がつかない。いやきっと眼鏡があれば!とかいう言い訳はそろそろ飽きてきた。じっと見ていると目が痛くなってきた。
つーか庭はいいんですか、お館様。
「どっちが押してます?」
どうせなら負けてる方でも応援しよう。
「互角じゃのう」
「へぇ」
慶次も案外強いんだ。まだプレイしたことないから分からないよ。帰ったら使ってみようかな。幸村と互角って大分すごいと思う。
「慶次がんば〜」
言った瞬間、後悔した。
「なっ!?」
「隙あり!」
今驚くべき現象が!赤い塊が慶次らしきやつに呻き声と共に吹っ飛ばされたのだ。
「え、さささ、真田様!?」
うっそ、幸村が負けた?
「真田さへぶっ!?」
縁側から走り寄ろうとして見事にこけた。なんだか久しぶりに鼻と膝へ怪我を負わせた気がする。あ、昨日もやったか。
いやでもそれどころじゃなくて、私は無理矢理起き上がって片膝をつく幸村のもとへ向かった。
「殿……」
「大丈夫ですか怪我してませんかってあれじゃ怪我しますよね、ええと、大丈夫ですか?立てますか?」
手を伸ばせばそれを取られる。
え、取られる?幸村が、私の手を掴んでる?あったかいな幸村の手……ってそうじゃねぇだろうよ私。一大事だよ。あの、あの幸村が自ら手を掴んできただなんて、幸村の破廉恥史上最大の破廉恥だよ。佐助はどこだ、任務なんかに行ってないで主の勇姿をとくと見ろ。
「殿、何故、前田殿の応援を?」
その声は私の耳に静かに響いた。顔は、まっすぐこちらを向いている。
「え……?慶次じゃ、真田様に勝てるわけないと思って……」
言ったあとにふと気付く。
もしかして武田の一員なのに慶次を応援したから怒っている、のだろうか。それとも、悲しかっ、た?
おもむろに彼は私の手を離した。
「そう、か!……某もまだまだ精進が足りぬぁ!おおぉ館さばぁあああっ!!」
うあ、耳が!鼓膜が!!
耳を塞いでいる内に幸村はやはりお館様へと駆け出していっていて、すでに殴り愛を始めているところだった。って、怪我は?ねぇ、今しがた吹っ飛ばされたところの怪我は?相変わらずよくわからない体の構造してらっしゃる。
耳鳴りが収まらない耳を撫でてやりつつ、私は立ち上がる。
「と幸村ってどういう仲?」
いつの間にか横に来ていた慶次を見上げて、首が痛かったのでまた戻す。
幸村と私?どんな関係って……。改めて聞かれると困るな。知り合いっちゃ知り合いなんだけど、知り合いって言うほど疎遠な関係じゃなく、だからといって友達って言うほど親しくないと思う。じゃあなんだと言われると、
「お団子大好き同盟?」
それくらいしか思い当たらないんだけど。
「そんじゃ武田の忍」
「え、猿飛様も?えーとー、保護者?」
というか、おかん?彼のおかん説は実体験により証明されたし。料理は残念ながらしないみたいだが。
「じゃ、俺は?」
え、慶次?
「昨日友達って言ってなかったっけ?」
再度見上げてみればにかっと笑われた気がした。
そしてまた首が痛くなってきたので元に戻す。
「殿ぉおお!」
「うわはい!?何でしょう!?」
「某も!某もな、なな、名前で呼んでほしいでござらぁああっ!!」
「は!え、ちょ!?え、なに?真田様すみませんもう一度お願いします」
声が割れて全くもって何を言いたいのか分からなかったんだ。すまん、幸村。
もう一度と要求すると、先程の勢いはどこへやら。私の前でしょぼんとしぼんだ。
「あ、う……その、某も、前田殿のように、名前で呼んでいただきたくっ」
はいぃ?すんげー今さらな気がするんだけど。
どうしようかと目をきょろきょろさせると、慶次と目が合った……気がした。
「ハハッ!呼んでやんなよ」
「あの、じゃあ……幸村様?」
「さ、様もいりませぬ!」
「で、でも真田様偉い人ですし」
いや別に慶次が偉くないとかそういう訳じゃないんだがこんなんだし。
「ゆ、幸村でござる!某も、殿と親しくなりたいゆえにっ」
ちょ、ちょぉ、何この人!?何この可愛さ!!鼻血出ちゃいますよ!?やっべ、今だけは見えない視界に万々歳!見えてたら悶えるよ、私!自信あるよ!!流石は天覇絶槍!!
「それとも、某では、駄目であろうか……?」
「そんなことない!私嬉しいです!」
「殿!」
握り拳付きで力強く答えると、がっとその手ごと包まれる。
「え、あのー、ゆ、幸村、さん?」
「幸村で構いませぬ!」
「えと、ゆ、幸村」
「何でござろう殿!!」
星が飛びそうなほどの笑顔なのは分かった。今めっちゃ顔が近いのも理解した。おかげでそのはっきり見えた端正な顔に私の顔が熱くなるのも不可抗力だ。
「ち、近い、デス……」
「ぬぁあっ!?し、失礼した!!」
おそらくお互いに顔が真っ赤になっていると思う。うぅ、不意打ちもいいところだ。
「ふたりとも顔、真っ赤」
「キキッ」
「うっさい慶次!子猿はこっち来るな!」
幸村を引っ張って慶次と私の間に割り込ませる。
「うあ、殿!?」
「幸村、子猿来てない?来てないよね?」
「え、あ、ああ、夢吉殿は前田殿の肩にいるでござる」
「こんなに可愛いのにひっでぇなー」
「酷くない。大体慶次はいつまでいる気?」
「はっ!?そうでござる!前田殿!今一度某と勝負致せ!」
「え、まだやるの、幸村」
「負けたままでは武田の名折れ!次こそは勝利して見せましょうぞ!」
「お、いいねぇやろうぜ!」
やれやれどんだけバトラーなんだこの人たち。佐助の呆れる気持ちがよく分かる。
私はそそくさと離れてお館様の元へと戻る。
あ、そうそう。
「幸村、頑張ってね」
さっき応援できなかった分のエールを送る。
「っ!?うおぉおおお!みなぎるぁああ!!」
「おっと、顔がますます赤いよ、若虎さん!」
なんか、スイッチ入った?私のせい?そうか、私のせいか。どんまい慶次。
「よ」
「はい」
呼ばれてお館様を見上げる。と、ぽふぽふと頭を撫でられた。
「佐助のやつも同様に接してやってもらえんかのう」
「へ?あ、はい。では許可をもらえたら、そうします」
同様にということばため口様なし下の名前ってことだろうか。確かに上司の幸村とそう接していて佐助は様付けってなんかおかしいもんな。
その答えに満足したのか、お館様はそのまま私の頭をグシャグシャとかき混ぜる。だから首もげるって。
「火焔車ぁ!!」
「おらよっとっ!」
あのーところで庭、いいんですかね、このままやつらをほっといて。
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2008.05.18