入信決意
曲者とは恐らく今目の前にいるような人物を指すのだろう。
たまたま、それはもう本当に偶然と行っても差し支えないほどで、私は城下に出ていたのだ。
といっても、最近は視界のぼやけた世界にも慣れ、あまり転ばずぶつからず。皆バタバタしていて私に構う暇などなく慶次も今日の朝帰ってしまって、暇を持て余して、何より怪我が治ったというのに館にいても誰も何も手伝わせてくれないなどなど、様々な理由で私の単独行動、城下散歩は最近恒例なのだが。
まあ私が城下に出るのが珍しいかそうでないかは置いておくとして、とにかく目の前の人は怪しい。怪しすぎる。どう怪しいかだなんて体現しようないほどに怪しい。視力の悪いこの私が言うのだ、誰が見ても怪しいと言うだろう。間違いない。
全体的に黒っぽい衣装で、それは着物でないことは分かる。さらに天に向かって手を広げ、
「レッツ・ザビー!!」
などとほざき出すのだから、絶対絶対怪しい。お館様に通報してやる。
大体レッツ・ザビーって文法間違ってるよ。ザビーをしましょうって、お前何するつもりだ。
……あれ?今、ザビーって言った、この人?
私の頭の中を気持ち悪い異国のオッサンの顔がよぎった。
確か、私の世界では眼鏡を日本に持ち込んだのはフランシスコ・ザビエルその人ではなかっただろうか。いやBASARAの世界であれと彼とが同一人物かと言われたら本人の名誉のため全力で否定させていただきたいが、似かよっているのは確かである。
ということはだ。
お金を稼いで眼鏡を買うよりヤツに取り入った方が早いのでは?
「すみません、そこの方!」
思い立ったが即実行。
そんなに積極的な人間ではなかったが、この世界に来てからいささかおかしな自信がついたらしい。これもすべて武田のせい。いや、ここは魔法の言葉『BASARAだから♪』。うん、そういうことにしておこう。
怪しげなオッサンが振り返る。
「貴女も入信しますか?」
「はい!入信させてください!ぜひ!」
きっとこの世界に来て飛びっきりの笑顔だったと思う。
「ああ、ザビー様!迷える子羊がまたひとり!!」
顔を鮮明に把握しているわけではない中こう言うのは大変申し訳ないのだが、キモい。
見えていないくせにと言うなかれ。第六感が私に告げるのだ。キモいと。
きっと気配がキモイのだ。仕方ないと諦めてもらおう。
「貴女ついてますね。明日の早朝にここでの布教を切り上げようとしていたところですよ。
それでは明日、日の上る前に町外れにおいでなさい」
「はい!」
「合言葉はアメイジング・ザビー!ですよ」
誰だそんなしょうもない合言葉を考えたのは。突っ込みたい衝動を必死に押さえ、私は頷いておいた。
まあ、いい。そうと決まればお館様に報告しなければ。私は急いで踵を返し、お館様のお屋敷へ駆け戻る。
最近はこの近辺にも慣れたせいか走っても転ばないようになった。慣れない草履も何のその。門番の人に元気よく挨拶をして、転ばないで下さいよ、と苦笑されても気にしない。
「お館様ぁぁああっ!!」
幸村の如くお館様の部屋の襖をスパンと開ける。と、どうやら殴り愛の最中だったようで、私の名前を呼びながら振り返ったらしい幸村の頬にお館様の拳が見事に決まり、彼は私の名前にドップラー効果を効かせながら庭の方へと吹き飛ばされていった。
「さすがはお館様。今日もお見事でございますね!」
「うむ!して、、何用だ?」
「あ、はい!わたくし本日付で就職先が!働き口が見つかりましたぁ!!」
働く訳じゃないが似たようなものである。彼らがザビーを知っているか否かは置いておくとして、怪しげな宗教団体に入信しますと言ったら全力で阻止されてしまうだろう。
「何と、真か!?」
「真です!」
喜んでくれるお館様に癒される。
「それでちょっと遠いようなので明日の早朝こちらを発とうと思います」
「ぬぅ急だのう」
あははと苦笑しながらそれに答えようとしたとき、地響きが聞こえた。
こんな地響きを起こすのは先程庭の彼方に吹っ飛んでいったあいつしかいない。
「うおおおぉぉ!殿おおぉお!行ってしまわれるのか!?」
すんげぇ赤いのがすんげぇ勢いで私に掴みかかってきた。よく聞こえたなおい、とか思いながらも私は肩に食い込む手に揺さぶられるのを甘んじて受け入れる。いや、甘んじてというか避ける暇がなかったというのが正しいわけだが。
あれー、前に飛びつく癖直らなかったっけこの人。
ガクガクやられて白目を向けば、やっとこさ解放される。ああ、今日は助けが来ないと思ったら佐助は遠方に出張中だった。まだ帰ってこないのか。
「ふぅ、そうなんです。まだ助けていただいたご恩は返せていませんが……いつか必ず戻ってきて恩返ししますから!」
「どこで働くでござるか?」
「秘密♪」
阻止されてなるものか。
理由を問うて来る幸村にはのらりくらりと場所と仕事の明言は避ける。
普段アホなことばかりしないからって舌戦と根性じゃ負けんですよ。たぶん。
「ま、遊郭じゃないので安心して」
「ななななんと破廉恥な!!」
「え、幸村行ったことあるの?遊郭ってどんなところか知ってるんだ。へぇふぅん」
「ち、違ッ、某はッッ!!」
幸村が鼻血を出したところで私の職業云々の話は切り上げとなった。
ふっ、勝利。
「のう、。せめて出立を延ばせんか?佐助が戻るのは明日の夕刻でな」
私から就職先を割り出すのを諦めたらしいお館様に提案される。
明日。うん、確かに明日帰ってくるようなことは聞いたような聞いてないような気がする。
なんという入れ違いだろうか。
だがしかし、明日一緒に連れていってもらえなければ眼鏡が、私の視力がコスプレイベントが!
というわけで今の私には佐助よりそっちのが重要なのである。
何よりあのおかんがいるイコール、私の就職先云々で口を割らざるを得ずザビー教への入信を阻止される可能性アップ。
うん、やはりいないほうがいい。
こう言うと酷いけれど。
「すみません、そのー、案内してくださる方の都合で……」
どうしてもと食い下がる二人に私もどうしてもと頭を下げる。
「じゃあ、いってきますって伝えてください。私の帰ってる場所はここですから!あ、いやその、勝手にここにしちゃってすみません」
「何を言う!ワシは嬉しいぞ!」
「そ、某も嬉しいでござる!」
力む二人に照れ臭くなってへへっと笑う。
「それじゃ、荷物まとめなきゃなので今日はお暇しますね!」
照れ隠し半分、私は急いで自分の部屋へと舞い戻った。
荷物なんて大したものはないけれど、お館様にもらった着物や、幸村が買ってくれた簪、佐助がくれた落ち葉をしおりにしたものを並べていく。
並べて持っていくものを確認しないと絶対なにか忘れそうだ。
箪笥の奥底に、赤めのシミがついた服を見つけ手が止まる。パジャマ、だ。私がここに来た当初着ていた、唯一私が違う世界の住人である証拠。初日に勢いよくつけた血の後は残念ながらくっきりはっきり残ってしまっている。流石洗剤のない時代。綺麗には落ちないか。
こいつも持っていこうか、と考えて、ふとあることを思い付いた。
「そうだ」
いつももらってばかりだったのだから、と。私はこっそり忍ばせておいた裁縫道具を広げる。どっからなんて聞いちゃいけません。
目が悪かろうと至近距離で何かする分にはちゃんと見える。
針はときどき手にぶっさすものの、結構器用なのだ。何せ自分でコス作るときだってあるからね!型どおりに切ってほつれないよう適当に縫えば出来上がり。
ま、計画性がないおかげで大中小と大きさはばらばらですが、そこんとこは勘弁してもらいましょう。
「お館様!幸村!これ、持っててもらっていいですか!?あと、これ猿飛様、あーえと、佐助、にも」
夕食時に差し出したのは若干不格好なお守り。
シミの部分を有効活用して武田の旗印何か入れてみちゃったりしているわけですよ。あの菱形いいね、簡単で。流石に六文銭は作業が細かすぎた為みんな武田印です。
ちなみにきれいな布の部分が一部足りなかったため佐助の分のみシミ付きのになってしまったのは……許してほしい。
だってお館様にシミ付きあげるわけにもいかないし、幸村に汚いのあげて佐助にきれいなのってなんか立場的におかしいし。
いってきますの挨拶もなしで、さらにお守りには汚れものって、何だか悪いなぁ。
「これは?」
「お守りです!」
大き目のお守りがお館様の手に乗るとちょこんとかわいらしいものだから、少し笑いを誘う。
「殿が作ったのでござるか?」
「うん、あ、いらないなら幸村お得意の炎で燃やしちゃっていいから」
「その様なことはせぬ!!」
キーンと耳が痛い……。
やたら気合の篭ったお返事をいただきました。
「そ、そう。だったら、嬉しい、な」
「大事に致しまする……」
本当の宝物みたいに扱う幸村を見て、満足する。作った甲斐があったというものだ。
「ありがと。戦しても、怪我しないように怨念込めておいたから」
「怨念でござるか!?」
いや、お守り相手にそんなに慄かなくても。
冗談なのだけど、まぁいいか。いちいちまともに話すのはこのBASARA界において無謀な行為なのだ、きっと。
「この布はもしや……」
「さすがお館様。この近辺では珍しい生地なのでしょう?きっと何かのご利益あります。たぶん」
「よいのか?お主の……唯一の持ち物じゃろうて」
お館様の心遣いにきゅんとする。
いい人、いや、いいお方だ本当に。
「その形になってしまってから駄目ですなんて言うわけないじゃないですか。
私が、何かお礼に代わるようなものを上げたくて、勝手に作ったのですから、お気になさらないでください」
「うむ、ならばこの信玄、が作った守りを後生大事にすると誓おうぞ」
んな大袈裟な。
でもそんなところもお館様の魅力です。はい。
「ありがとうございます!」
そしてその翌朝、私は生まれて初めて宗教というものに入信することになった。
「行きますよ!」
「はい!アメイジング・ザビー!いざ参りましょう!」
眼鏡のためならこの世界、どこへでも行ってやろうじゃないか。第一目標補足!ザビーから眼鏡をぶんどること!
無駄なことに気合を入れて私は黒服を追いかけた。
※バックブラウザ推奨
2008.06.14