熱烈信者
正直な話。
元々信じていたものがあって、それを急に変えられる人がこの世にいるだろうか。
例えば、信号は赤になったら渡れと言われても私はきっと無意識で青のときに渡るだろう。危険だと分かっていても、ついつい青になれば足が出る。そういうものである。
そんなわけで染み付いている常識というか、信じているものを急に変えるのは少なくとも人間には無理だろう。無理なのだ。無理であってくれ。
だから、きっと、私は頭がおかしくなんかないし、むしろこの人たち頭がおかしいんじゃないだろうかと思ってもなんら責められるところではない。絶対。
天に両の手を広げ、キラキラした光の幻覚のようなものさえ見れる彼らは、何故に、あのザビーをこんなにも崇拝できるんだろうか。
おそらくミサ――と呼んでいいのか迷うが――、の最中、こんなにも冷めているのは私一人なのだろう。
「ザビー教教訓その一、骨まで愛シテ」
『ザビー教教訓その一、骨まで愛シテ』
ザビーに向かってリビートアフターザビーを繰り返す信者たち。
本当に骨まで愛す気なのだろうか。
ちなみに私はそんな激しい愛お断りである。
「ザビー教教訓その二、愛はスベテ奪う」
『ザビー教教訓その二、愛はスベテ奪う』
……ちょっと真理かもしれない。昼ドラとか見てると、ね。
「ザビー教教訓その三、愛など・・・イラヌッ」
『ザビー教教訓その三、愛など・・・イラヌッ』
いらないのかよ!?そこはいるんじゃないの、愛が全てじゃないのこの宗教!?
というか、コレ、毎朝やってるんだろうか。
毎日コレやんなきゃならないのだだろうか。
眼鏡のためとはいえ、来月のコスプレイベントのためとはいえ、後悔して来た。
お館様と幸村の殴り合いが恋しい。いや、アレを恋しいと思う当たりどうなんだ私。
現実逃避に走りながら私を連れて来た人はミサが終わった後のザビーと思しき者のところへ私を引っ張っていく。
ええ、見えなかったから何度信者の人に頭ぶつけたか分かりませんよ。
「オォ〜ゥ、ステキなガールね!オ名前は?」
「あ、えと、と申します」
近い近い、近くてあなたのキモイお顔がよく見えます。ごめんなさいありがとうございました、残念ですご愁傷様です。
にっこりと、たぶん笑ったんであろうザビーはうんうん頷きながら私から離れる。
「今日からアナタはマイワイフデース!洗礼名はマリアにしまショウ!」
あ、今、死刑宣告にも等しいお告げが降りた気がする。
マリアって聖母って意味だよね、私の知識間違ってなければ。
っていうかワイフ?え、妻?えええええ。
えええええええっ!?
どうしようとんでもないところに来てしまったというか、とんでもない人に目をつけられたというか、ある意味計画通りなんだけど嬉しいか嬉しくないかの次元で考えると果てしなく嬉しくないというのが正直な気持ちでして。
そんな本心も全部押し込めてにこりと愛想笑いを浮かべた。
「ヨロシクお願い致します、ザビー様」
とりあえず搾り取れるだけ搾ってやるぜ、頑張れ私♪
きっと、生涯初のホラ吹き合戦の幕開けだ。
「ヨロシクヨロシク!アナタには幹部を紹介シマスヨ!タクティシャン!ソードマスター!カモーン!」
……。
私は、目を疑った。
目の前に現れた彼というか、緑の物体はアレか?噂の緑の妖精日輪の申し子愛に洗脳された……、
「我が名はサンデー毛利!」
やっぱりーーー!?
ただの緑の物体にしか見えないけれど、これ、あの毛利!?まさかの毛利!?
なんか、よく見えないけどこの人幸せオーラというか、危ないオーラを出してる気がする。近づかないほうが賢明かもしれない。
彼からつつつ、と目を横に泳がせると山のような男の、人。たぶん人。きっと男。全体的に肌色多め。
え、え、と?
ちょっと待てちょっと待て冷静になれ私、ほら目があんま見えないから!視界ぼやけてるから!ね?
「ワシはチェスト島津じゃぁあああ!!」
間違ってなかったぁ!?
何でサンデーとチェストがいるのさ!
今どんな設定なの、この世界大丈夫!?
「マリアは我が妻となるデース」
なる予定は微塵もありません。
などとおじゃんにしないよう、私は必死にサブいぼに耐えて笑顔を顔に貼り付けた。
「よろしくお願い致しますね、サンデー毛利、チェスト島津」
はるか遠くの世界におわすと思われるお母様。また、甲斐でせっせと働いているであろうお母さん、知らない人について言っちゃ駄目って、本当ですね。
わたくし、親元離れてそれを確かに今実感しております。
今まで言うこと聞いていなくてごめんなさい。ホントに、ホントに知らない人について行ったらいけないものなんですね。
頑張る……。頑張るけどね!!
私負けない!だって腐っても女の子だから!!
絶対来月のコスプレイベント行ってやるんだから!!
と、そんな意思もむなしく。
「くじけそうだ……」
ザビーの城を余すとこなく案内され、ザビーと同室になりそうだったところを必死にいろんな言い訳をして与えてもらった自分の部屋に着いたところで私はぐったりとベッドに倒れこんだ。
あ、ベッドって、久しぶり。
……帰りたいなぁ。家でも甲斐でもいいから帰りたい。
一日目にしてホームシックにかかった。
いや。だって、一日中あれって酷いって。
壁とかザビーの肖像画ばっかりで、そこら辺の人と話をしようものならザビーザビーとお前らそんなにザビーが好きか。
ちょっとうっかり洗脳されちゃうかもしれない。いいや、それはない。そしたら人生の終わりだ。
早く眼鏡を手に入れて脱出しないと。
とにかく、疲れた。
目を閉じると、何も考える暇なく、私は眠りへ落ちていった。
※バックブラウザ推奨
2008.07.27