瀬戸内海
目が見えるって素晴らしい。
色ばかりでなく様々なものの形状が分かるだなんていつぶりだろうか。少なくとも数ヵ月の間見なかった世界だ。
私は手に入れた眼鏡――さすがBASARA界、戦国の世の技術力もこっぱ微塵にした高性能な薄型レンズ――をかけ、今、猛烈に感動していた。
この言いようもない感動をいますぐお館様や幸村や佐助に伝えたいものだ。ほんとに。
本来ならすぐにでも甲斐に行きたいところだったんだ。なのに、私はなぜか中国にいる。いや、チャイナじゃなくて、広島とかそっちの方の中国。
原因は……私をザビー教から連れ出した――誘拐した?――緑のオクラ兜のせい。
「あの。サンデー毛利」
「我は毛利元就だ」
いや知ってるけどさ。愛の方程式によってサンデーとして生まれ変わったんじゃなかったのか。
ザビー様に変わってお仕置きとかそういうキャラでは……、いや、専らツンデレなのも知ってますがね。
いつの間にただの毛利さんに戻られた?
「……毛利様」
「元就だ」
人の話を聞こうよ。何でこうBASARA界の住人は我を通そうとするんだろうか。
「……ナリさんや」
何かムカつくので変な呼び名をつけてみる。……しんとその場が静まり返って正直後悔した。
「……………何ぞ」
長い沈黙の後反応が返ってき……って、いいの!?ナリさん呼んでいいの!?
よく分かんないやつだなおい。ツンデレは属性的には好きだけどそんなにツンツンされると攻略する気にならない。
……って、ナリさん攻略する気はないんだが。あ、もしかして今のがデレだった?わっかりづら!!
「用は何だと聞いておる」
「いや、ザビーのところから連れ出してくれたのは正直嬉しいんだ。でも、何で、私、こんな格好?」
もう敬語は使う気にもなれず素で尋ねた。
幾重もの着物に数えきれないくらいの頭にぶっささった簪と、今の私は貴族の娘が着るような見事な着物を着させられていた。何だって、そりゃこっちが聞きたい。
「見たいと言っておったろう」
「へ?」
「我の納める国、とくと見よ。我が隣でな」
……………はぃい!?
確かに言った。言いはした。はい、言いました。口からの出任せという究極の勢いというものをもってして言っちゃいましたよ、ええ確かに。
でもね、私は一言も『隣で』なんて言ってない。断じて。嘘だと思うんならこの緑の妖精さんとの会話をもう一度見てくるがいい!
「それと、この衣装と、何の関係が?」
私もいい年こいた女ですから、何となく察してはいるよ。でもさ、ほら、もしかしたらという希望にかけてみたって悪くはないと思うのだよ。卿もそう思うだろう?……無駄にモノクロさんの真似をしてみちゃったじゃないか。とりあえずそれくらい動転していることをお察し願いたい。
「分からぬわけではあるまい。我が正妻にしてやろうというのだ」
私は頭を抱えた。困りに困って、人生に一度やるだろうかやらないだろうかというそれを体現してしまった。ああ、人間困ったときって本当に頭抱えるんだ。
「断固お断りします」
「貴様に断る権限はない」
「いやいやいや!ナリさんにも私をめとる権限ないって!普通は合意の上でしょう!?手順を踏め手順を!!」
「手順をふめばよいのだな?ならばよ、我が妻となれ」
「えぇえぇぇえええっ!?」
開始位置もおかしいよ!?しかも命令だし!何この人、ツッコミかと思ってたのに全然ボケじゃんか!
「貴様という愛があれば我が国は安泰も同然」
「意味わかんねー!愛の方程式が不等式になってんよ!?」
その式絶対イコールじゃないから!というかいつまで愛とかいう似合わない言葉を引っ張る気だ。
それに何で普段ボケて突っ込まれてばかりだった私がツッコミ役に回っているんだ。ツッコミのプロフェッショナル佐助にご登場願いたい。
あ、佐助と言えば、この間の脱出騒ぎのとき……ザビー教に殴り込みかけてきたの、あれ、佐助だった気がするんだ。そのときは眼鏡をかけてなかったから、たぶん、見間違いと言われればそれでおしまいなのだが。
「言いたいことはそれだけか」
私の思考はナリさん――もう決定――に邪魔される。
「言いたいことは言ったから言語の意味を理解して把握しろ」
確かに顔はいいし頭はいいしツンデレだし。いやでも、私には帰る家があって、待っているゲームや二次制作物があるわけで。さらに甲斐にも帰ると宣言したのだから約束を破りたくはない。
「とにかくお断りだから」
「我では不満か?」
「じゃあ不満です」
むすっと言うとナリさんはふっと軽やかに笑う。毛利元就のあまりの爽やか微笑に思わず胸がときめく。
「そのように意地を張らずともよい」
「張ってないよ!?」
いい加減人のはなし聞いてください。ときめいて損した気分だこんちきしょー。
「し、失礼致します。毛利様、四国の長曽我部殿がお見えです。お通ししても?」
至極入りづらそうに――きっと元冷徹現大ボケ上司に突っ込みまくる見知らぬ女というワケわからん状況のせいだろう――おずおずと緑色の鎧を着た人がやって来た。
ん、ちょそか?四国って、ああ、アニキ!あれ?でもどうしてだろうか。
「待たせておけ」
おいおいおい、どんだけだ。と、私が突っ込もうとしたその時だった。
「よぉ、毛利、同盟国の主に向かってつれねぇ返事だなぁ?勝手に上がらせてもらったぜ」
入り口からさっきの伝達係さんを押し退けてひとり、男が入ってきた。
四国の鬼だアニキだ眼帯だ露出狂だ。
BASARAで初めて初見から姿を捉えられた一人だよおめでとう。っていうか普段着から半裸ですか、そうですか。いや幸村たちもそう変わらないが。てっきりあれだ、ゲーム中はムービーとか3DCGの関係でいつもそんな服とか思っていたのだが、そんなの関係ないんだな。
つーかちょかべも大人しく待ってろよ。さすがはBASARA界。自重という言葉はない。
「あぁん?何だ女ぁ?」
「我が妻よ」
「全然違います激しい誤解です大体なるとは一言も返事してねぇでしょーがこのオクラ」
殴ってやろうかオクラごと。
「へぇ、お前が妻ねぇ」
「貴方も信じないで下さい、お願いですから」
さすがバカ村といい勝負のバカ親だな、おい。発音がデパ地下っぽいぞ。
ため息をつくと、ぬっと手が伸びてきた。
「なんだこりゃあ?」
「う、わ、ちょっとやめてください、見えないじゃないですか!」
ひょいと眼鏡をパクられて。一気に視界がぼやける。
うっわー、眼鏡を面白そうに見ているであろうバカ親の顔というか姿さえ分からない。取り替えそうと手を伸ばせば目測誤って躓いた。ぐらりとバランスを崩す自分に懐かしさを覚えつつ、私は受け身の準備をする。と、
「おっと、危ねぇな」
あったかい。
いやあったかいじゃないよ、私!目の前胸板!!アニキに抱き止められてる!美味しいな、おい、抱き締めるか?いやいやまず眼鏡!恥ずかしくて死にそうになるくらい頑張って手に入れた眼鏡!
「それ返してください。全然見えなくなるんです。平気で転んだりぶつかるんです」
「悪ぃ悪ぃ」
「何をしておる」
眼鏡が私の手元に戻ったそのタイミングを見計らったかのように、ナリさんが私と元親をひっぺがえす。そして私と元親の間に割って入り不機嫌そうに鼻を鳴らした。
あぁ、指紋が眼鏡に……ショック。
「長曽我部、何用ぞ」
「テメェが南蛮のおかしな宗教に目覚めたっつーから調子見に来てやったってぇわけよ」
「いらぬ世話よ」
あ、ツンデレ。今のやり取り会話だけなら絶対ツンデレ。足りないところは脳内妄想で補っておこう。
眼鏡をかけ直して改めてみる二人はかっこいい。無駄にかっこいい。実は頭弱いけどかっこいい。でもほら人間顔だけじゃないからたぶん、きっと。
「はっ、元気そうじゃねぇか。安心したぜ?」
「抜かせ」
抜かせとか言う割りにさっきの兵士さんと違ってちゃんと相手の顔見て話している。
「ナリさんもっと素直に嬉しいとか言えば?」
「ぶはっ!!な、なななりさんんん!?おま、何て呼び名だよっ!!」
「死ね」
文字通り腹を抱えてひーひー笑い始めるアニキ。の真横を輪刀が通過した。
「待て待て待て!ナリさん落ち着け!」
追撃をかけようと手元に戻ってきた輪刀を再び手に取るナリさんの腕にしがみついた。ちょっぴり脳内に外伝のお市がよぎるがそれどこじゃない。
「何故そやつを庇い立てする」
「こんなところで血なんか見たくないだけです」
「ならば我が妻となれ」
「その展開無理矢理!!まだ引っ張るかこのオクラ!!」
思わずアッパーカットを繰り出すところだったじゃないか。涼しい顔して妻妻妻って、スーパーに刺身でも買いに行け!ついてくるから!
このアッパーカット用に握った拳をどこに当てようか悩んでいるとぽんと頭に手を乗せられた。
見上げれば、まだなにかあれば大笑いに発展しそうな顔をしたバカ親。
「おぅ、おもれぇ嬢ちゃん。名乗りがまだだったなぁ?俺は鬼。鬼ヶ島の鬼たぁこの俺よ。長曽我部元親よ!」
「あ。ご丁寧にありがとうございます。私はです鬼さん」
「敬語なんざいらねぇよ。よろしくな」
鬼さんでいいのかな呼び名。でも敬語なしなら鬼?人を呼ぶのにそれもどうなんだ。瀬戸内組は予想外の方向に面白いな。
変なところに感心していると腕を引かれた。
「は我のものぞ」
「子供か!もの扱いすんな、貴様のもんでもない、正気に帰れもしくはオクラに帰れというか近づくな近い近い近ーいッ!!」
ワザとか!?これが毛利元就の策か!?
美形のドアップとか心臓に悪いから!よく見える眼鏡のお陰で破壊力抜群だよ!?
「全く、何が不満だと言うのだ」
うっわ。頬撫でないで下さいマジでやめてっ!?顔が熱い。絶対真っ赤になってる。
「主にそういう突飛もない行動と発言です!」
「ザビーのところにいたときとは随分違うが、その方が好みよ」
「話聞け!実はまだ洗脳解けてないんじゃないの!?」
「それでも構わぬ」
「私が構うわっ!!」
もう疲れた。ツッコミ疲れた。だからといってツッコミを止めてしまえば私の身が危ない。
「真夏の海より熱いじゃねぇか」
「そこも黙れ!」
口笛でも吹かんばかりのバカ親を怒鳴り付ける。冗談じゃない。正気の冷徹非道なナリさんならいいかと思ったけど、これひどいから!キャラ崩壊してるから!
「我以外を見るな」
「無茶言うなーッ!!私には帰るところがあるって言ってんでしょーが!!」
きれいにアッパーカットが決まりましたとさ。
ナリさんは日輪もビックリな弧を描いて地に不時着した。ノリいいな、BASARA界。火事場の馬鹿力も伊達じゃない。私にそんな力あるわきゃないのに。
てか一国の主ぶっとばしちゃったよ。もうこりゃ逃げるしかないね!
「じゃ、そういうわけだからナリさんが起きたらお前は夢でも見てたんだと伝えてやって」
私はピッとバカ親に手を上げると自分の荷物を手元に寄せた。
と、バカ親はクックと笑い出す。どうした笑いダケでも食ったのか?
「おう、よぉ、オメェ海に興味ねぇか?」
「へ?」
ニヤリと笑ったバカ親は、こりゃ面白いもん見っけたぜ、的な顔をされていました。
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2008.09.21