夢話-夢小説の間-





海上進出





 芸能人がどうこうとか、私はあまり詳しい方ではない。
 ないのだが、多くの人に慕われるってことはすごいことだと思う。確実に私にはないスキルというか才能だと言うことは確かだ。
 紫の上着を翻しながら半裸で船上を闊歩する長曽我部バカ親……失礼、元親を見ながら私はそれを再確認した。
 歩けば野郎共が必ず声をかけ、歩かずとも野郎共が寄ってくる。一国の主にアニキアニキといいのだろうかと思いながらもすごいなぁと思わずにいられない。
 そして件のアニキさんは決まって聞かれるのだ。

「アニキアニキ!その女、なんなんですかい?」

 と。
 もちろん女とは私のことで、つか、船にはなぜか女は私一人で。
 女を乗せないのは海賊のゲン担ぎってやつだろうか。あれ、そしたら私女として見られてなくね?やめやめ、考えるのやめ。

っつーえれぇ変わった女だ。毛利んとこからもらってきた」
「いや、ナリさんのことはもうこの際忘れてもらえる?」

 このやり取りも何回目だろうか。
 ナリさんの名前を呼ぼうものならどこかから降って沸いてきそうだ。
 ちなみに私は今、船の上に、海の上にいるが、あの男なら不可能を可能にしそうで怖い。
 なんでこうなったかと言うと、前回末尾の問いにイエスと答えたら「よっしゃ、んじゃ来いや」「どこに?」「俺の庭よ」「庭?」「大海原、連れてってやんぜ!」「なぜに?」「ああ?けぇりてぇとこあんだろ?困ってるやつぁほっとけねぇしな」などと、まあトントン拍子に話が進みまくりこの現状を作り出している。
 まあ心底助かってます。
 甲斐に帰るにしても、豊臣織田軍領地を突破しなきゃならないし、何よりお金――ザビー教からちゃっかりパクったのでなんとも使いづらい――の無駄遣いしたくはないし。
 それはまぁ置いておいたとしても、バカ親が慕われるのも分かるな。

「私もアニキって呼んでいい?」
「おう、もちろんだぜ」

 というわけで晴れてバカ親よりアニキに昇格。

「ところでアニキ、どこ向かってるの?」

 帰してくれると行ったものの、アニキ私から目的地聞いてないよね。

「奥州の竜んとこだ」

 ……………甲斐通り越した!?

「アニキ、帰してくれる言ったじゃん」
「あん?オメェ奥州から来たんじゃねぇのか?」
「ちげーます。甲斐です甲斐」

 奥州のおの字もありませんけど。

「虎んとこか。あー……わりぃな、肌白ぇからてっきり北のもんかと思ってたぜ」
「許す!」

 色白いだなんて初めて言われた!嬉しいから許す!
 でもアニキの方が色白いと思うけどね!さすが姫若子!帰ったらちゃんとレベル上げしてあげよう!今度友人にコスプレも頼んであげよう!とりあえずまずはちゃんと外伝クリアするから!
 そんな姫若子ことアニキはというと、海図を広げそれと睨みあっている。

「もう航路取っちゃったなら奥州でいいよ。歩くの嫌いじゃないし」

 大体甲斐って海面してないし。そしたら今川とか北条とかに降り立つわけでしょ?おじいちゃんと白粉お歯黒見るんだったら奥州筆頭拝みたいし、右目の野菜畑見てみたい。風魔はちょっぴり惜しいけども、拝見して殺されるよりは全然マシだ。拝観料は自分の命、うん、洒落にならない。

「ああ、いや、わりぃな」

 歯切れの悪さに引っ掛かり、その引っ掛かりを口にして見た。

「もしかして武田軍仲良くない?戦でもした?」
「なっ!?なんで知ってやがる!」
「え、思い付きと言うか勘なんだけど、そっか、戦、か」

 出てくるときにどうもみんな慌ただしそうだったもんな。相手はアニキだったのか。
 みんな無事かな、怪我してないかな。……あの人たちのことだからちょっとやそっとじゃ死なないと思うけれど。
 急に頭をグシャグシャっとやられる。お館様みたい。だけど、やっぱりお館様とは違う。もげないくらいの優しさがある。
 ちょっぴりあの力強さが懐かしくなった。

「独眼竜は確か中立だったからよ、通行手形もらえるよう交渉してやる」

 そ、そうか、国を越えるのに手形がいる時代か。
 非合法だったり一国の主に拉致られたりしたからそんなのいるなんて思ってもみなかった。
 BASARA界も案外常識あるんだな、うん。

「ありがと。期待してる」
「はっ!任せときな!」

 ニッと笑うアニキはかっこいい。まさに頼れるアニキだ。
 敵国なのに送るって言ったからか面倒見てくれるし、タメ口でいいし。

「みんなアニキが大好きな理由が分かるよ」

 みんなと一緒にアニキコールできる自信があるよ。鬼の名を言ってみろとか言われたらもう張り切って叫ぶよ。幸村のお館様コールにも負けないよ。
 あ、いや、やっぱりそれには負けるかな。

「へっよく言うぜ」
「あ、照れた?」
「うるせぇ」

 顔赤いですよ元親さーん。
 さすがにみんなの御印ちょうだいされてたら許せない けど、でも、さ、いい人なんだ。
 帰って誰か怪我してたら殴りに来よう。

「ところでオメェ、その格好……なんだ?」

 言われて自分の格好を見下ろす。
 黒で統一のとれた服。ひらりと風に揺れる布の下にはズボンを履いている。
 着物じゃなくて、あのザビー教で着てたものである。

「修道服ってやつ」

 着物なんかよりめっちゃ動きやすいんだこれが。
 ナリさんにもらった着物は豪華すぎるから脱ぎ捨てて――もとい気絶したナリさんにかけてやって――長襦袢一歩手前のままこの船に乗り込んのだ。
 正直着る服がない。
 お館様にいただいた着物はちゃんと持ってるし、幸村にもらった簪だって、ついでに佐助がくれた紅葉だって持っているけれど、潮風に当てるのはどうかと思うのだ。
 着物の保管法なんて知らないし、眼鏡を手に入れてから知ったことだけど、お館様がくれた着物はなかなかに上等――さすがは天下に轟く武田信玄公――なので、そうそう粗末にできるわけもない。
 そういうわけでかっぱらった修道服に着替えてみたのだ。洋服だしね。

「変かな?動きやすいからお手伝いしやすくって」

 ちゃんと食事の手伝いとか配膳とかやってます。
 目が見えればこれくらいできるのだ。
 いつもあらぬところに布団運んだり、掃除したら頭ぶつけたり、味噌汁全部こぼしたりとかしてるわけではない。断じてない。

「そのヒラヒラしたの邪魔じゃねぇか?」
「ギャーッ!めくるな破廉恥!」

 スカートをつまんで上げてくるバカ親の手をひっぱたく。
 パシンッと乾いた音がした。うん、いい音だ。さすが私。

「ってぇー……。下履いてんだろうが」
「そーゆー問題と違うっ!大体もし履いてなかったらどうする気!?」
「そりゃぁそれでオイシイだろうが」
「何 が だ ッ !」

 お前その頭グリグリするよ!?手ぇ届かないけどね!
 っていうか私眼鏡手に入れてからツッコミキャラに転身してない?
 いつもボケでつっこまれてたのに!

「ハハッ真っ赤だぜぇ?」
「くっこのっ」

 仕返しか。さっきの仕返しなのかこの野郎。
 その無邪気な笑顔がムカつくけれど本気で起これない原因だ。
 これだから美形って質が悪い。

「あぁん?言いてぇことあんなら言ってみろよ、さんよぉ」

 くっそぉ!

「〜〜〜っ!今度からエロ親って呼んでやるーーッッ!!」
「なんだそりゃ!?」

 わぁあんと身を翻して船内にダッシュ。
 え、いやだから転びませんて!
 ああところでエロって通じるのだろうか。確かエロチックの略?
 英語は怪しまれるから控えてたのに、現代社会に生まれ育った身として染み付いているようだ。
 ま、いっか。だって奥州筆頭英語喋るし。うん、私は怪しくないよ。

「アネキはアニキと仲いいっすね!」
「そ、そうですか?」

 料理を手伝いながら海賊の一人に言われる。
 仲いいと言うより一方的に遊ばれているだけな気がする。
 へたれと思っていたのに案外手は出すわ、話す言葉に制限ないわで、軽いセクハラを受けている気分だ。……ナリさんやザビーに比べればどうってことないレベルだが。

「いっやぁ、あのアニキが女連れてくるなんてなぁ」
「こりゃ四国も安泰だな!」
「何の話!?あ、やっぱいらない!聞かない!なかったことにしといてください!」

 何でこの時代の人はというかこの世界の人はそういう話が好きなんだ。いや万国共通かもしれんが。
 命短し人よ恋せよってノリなんだろうか。生物本能的に間違っちゃいない。間違っちゃいないが私を巻き込むのはやめてほしい。
 騒ぐと快活に笑われて、やっぱりここでもからかわれたんだと気付く。

「ここまで愉快な女ってのはなかなかいねぇよな」
「そんな愉快な人間じゃなかったはずなんですけどね」

 きっとこの世界が悪いんだ。そうに違いない。
 目が見えない方がのんびりライフを満喫できていた気がする。
 ゆるゆるとため息を吐き出した。

「おい、

 噂をすれば何とやら。

「何、アニキ。ご飯はまだだよ」
「知ってるっつの!オメェ甲斐から来たっつったな?」
「そうだよ」
「ほれ」
「……これ、は」

 軽く渡されたそれは、ひし形の入った、お守り。とても見覚えのある、それは、間違いなく私が作ったもの。

「戦ん時に拾ってな。珍しい生地だろ?オメェにやるぜ」

 大きさ的に考えて、幸村の、だ。
 これがここにあるってことは……あの野郎落としたな!?
 一瞬ばかり幸村戦死のテロップが頭の中を駆け巡ったがどうにもしっくりこない。
 あの幸村が簡単に死ぬわけがない。
 むしろ戦いに夢中になりすぎて落としたことにも気付かない、という方が断然幸村らしい。

「あの、さ」
「あん?」
「武田軍に、真田幸村って、いた?」

 アニキから返事が帰ってくるまで、なんだか妙に緊張して、時間がいつもよりゆっくり流れた気がする。
 いや、だから幸村が戦死とか、ありえないって。
 私の心を知ってか知らずか、兄貴はニィッと笑みを作る。

「あったりめぇよ!あいつにゃ色々貸しがあっからなぁ。次勝負するときゃただじゃおかねぇ」

 次。
 次って、言ったよね、アニキ。

「そ、か」

 よ、かった。
 ほぅっと息をついたのは無意識だった。
 死んでないって信じてるけど万が一、というか。
 帰ったらコレをネタにいじめてやろう。
 そう心に誓って、お守りをしっかりとポケットの中にしまった。








※バックブラウザ推奨





2008.10.18