夢話-夢小説の間-





森林迷子





 森林浴なんて久しぶりだなぁ。
 いつ以来だろうか、中学生、いや、小学生の林間学校以来だろうか。
 溢れんばかりの緑と土の色。
 オリエンテーションと証した森の散策。
 あの時は子供心、溢れんばかりの好奇心でもって道なき道に突っ込んで迷子になった挙句先生たちには多大な迷惑をかけてしまったっけ。
 今では懐かしい、懐かしすぎる記憶だ。
 あの頃は地図があった。
 方位磁石もあった。
 何だかんだいって小学生の林間学校場所に選ばれるだけ合って、森といいつつちゃんと手入れ、というか人の手が入っていて開けた場所もいくつかあった。
 ただ、戦国の世にそれを求めるのは無理な話なのだ。

「で、ここはどこですか、アニキ」
「……さぁなぁ」

 現実逃避からそろそろ帰ろうと私はアニキを振り返る。
 少し後ろを歩くアニキは、私と同様遠い目をしている。
 周りは木、木、木。三つ集まって森。
 なんて、ふざけている場合ではない。
 私は大変なことを忘れていたのだ。

 アニキが、陸では大層な方向音痴だったことを。

 今更、だ。
 今更なのだ。
 港に船をつけてちょっとテンションのあがったアニキと私と先に降り立ってしまったのがそもそもの間違いだった。
 そんなことを言っても、そう、今更なのだ。

「何で、忘れてたかなー」
「悪かったな!」

 独り言のつもりで呟いたら、見事に聞かれていたらしい。
 ふてくされたアニキに反論された。

「まぁ、私一人で迷子になるよりは、全然頼もしいからいいけど」

 鳥でさえ鳴いていない森の奥地まで、海からどうやったらいけるんだろうか。
 途中、雲行きが怪しくなってきたところで止めればよかったのだ。
 あぁ、コレもまた、今更。
 何度目かのため息をついたときだった。

「ッ、!!」
「へ?」

 ぐいっと思い切り引き寄せられて、そのままぽすんとアニキの胸板にダイブする。
 眼鏡割れるかと思った!

「アニキ!」
「ちぃと黙ってろ!」

 抗議の声を上げたら余計にぐいと胸板に押し付けられる。
 く、オイシイ。オイシイがしかし、ちょっとどころかかなり苦しい。
 無理くりアニキの腕の中から顔を出して辺りを窺う。
 森、の中としか言いようがないのだけど、下から見上げて見えたアニキの顔は険しい。
 どこから出したのか、いつの間にか碇槍まで持っていいらっしゃる。

「アニキ……?」

 不安げに名を呼べば、それを合図にしたかのようにアニキが碇槍を振るう。同時に甲高い金属音のようなものが聞こえた。

 え、なに?

 次に聞こえた音は、おそらくアニキがガラ悪く舌打ちする音。

「どこのどいつだ!出てきやがれ!」

 アニキの怒鳴り声に応えたのは凛とした、声。

「越後に何用だ、西海の鬼」

 すとっと、軽やかに数メートル上の木の枝に降り立ったのは。
 まず金髪が目に入る。
 次に水着のような黒い服から覗くポロリといきそうな、女も憧れる胸。
 ほっそいウエスト、それに続くナイスなヒップラインに……、その真横にある腕の中できらりと光るクナイ。

 かすが、だ。

 え、あれ?かすが?
 えぇえ、越後?

「アニキ、」
「黙ってろっつっただろ」

 顔を上げて呼ぶが、さっきと同様ぐいと押さえつけられる。

「いや、アニキ」
「だぁあ!なんだってんだよ!」

 正直うるさいです。
 でも何とか聞く気になってくれたアニキをじっと見る。

「越後って、どこ?」
「あー……」

 目をそらされた。
 いや、どこ、なんて私も知ってるよ?BASARAってたもん、天下統一モードだってやったさ。だけれど、奥州に向かっていたはずなんだよ、というか奥州あたりに船をつけたはずなんだよアニキは。
 ぐりっと目をそらしたアニキの顔ごとこっちを向かせる。

「ど・こ?奥州って言ったじゃん!いつの間に国境越えてるんだよこのドのつく方向音痴!!」
「仕方ねぇだろ!わかんねえもんはわかんねぇんだよ!」
「仕方ないで済ますな!」
「ついてきたオメエもオメエだろうが!」
「そうだけどアニキが帰してくれるって言ったから期待してるって言ったじゃん!」
「う、ぐ、このっうおっ!」

 口論、というか、ただの口げんかを続ける私たちに痺れを切らしたのかアニキの真横をクナイが飛ぶ。
 次いで、

「何の用だと聞いている」

 冷ややかなお声が降ってきた。
 かすが、怖い。忍みたい。いや忍ですけども。
 今まで出会った中で初めて容赦なく向けられる殺気に鳥肌が立って身震いする。
 それを感じ取ったのか、アニキがかすがの視線から庇うように私を背後に回してくれた。……そういうところはかっこよくてずるいと思う。

「別に好きで入ったわけじゃねぇ」
「フン、ならば早々に立ち去るがいい」
「言われなくてもそうしてやるよ」

 かすがに啖呵を切ってアニキは彼女に背を向ける。
 私の手をガッと掴んで強引に森の中を突き進む、が。
 いや、待て。

「ちょっと待ってアニキ!」
「アァン?」
「か、いや、あのお姉さんに道案内お願いしよう!」
「ハァ!?」
「だってこのままじゃどこに着くかわかんないよ!?」

 いっそ甲斐についてくれたらいいとは思うけれど、そうは上手くいってくれないだろう。ついうっかり東北の、いつきちゃんのところに行ってみろ。帰れなくなりそうじゃないか。

「俺を誰だと思ってやがる!」
「すっごい方向音痴!」
「てっめぇっ!」

 私はアニキの背から出てかすがを見上げる。
 うわ、睨まれた。

「お、奥州まで道案内お願いできますか?」
「……お前たちに手を貸す理由はない」
「ほ、ほら、私たちを奥州へ送っていけばもれなく越後とは離れるわけだし、お姉さんも直にそれを確認できるじゃないですか、ね?」
「……………」

 あー、無言で睨まれてる。美人に睨まれるって怖い。眼鏡装着して見るんじゃなかった。ちょっと凹むよ。

「変に迷子になって入ったら不味いようなとこ入っちゃうかも知れませんよ、あの方向音痴のアニキなら」

 もう一押し、とばかりに言ってみる。
 長い長い沈黙の後に、ため息ひとつ。

「……………わかった」
「やったっ!」

 これで奥州に行ける。とりあえず地名が分かるところに行ける。
 やったぜアニキ、と見上げてみれば、むすっとした顔のアニキ。

「アニキ?何むくれてるの?」
「アァン!?なんでもねぇよ!」
「奥州に行くのだろう。さっさとついて来い」

 すとりとすぐ横に着地されて無言でのけぞった。
 そ、その胸、女としても本当に羨ましいです。いや胸だけじゃなくってウエストとか、何この人日本人?否、BASARA人。
 うぅん、ボンキュッボンってこの人のためにある言葉じゃないだろうか。

「あの、ありがとうございます」
「私は忍だ。敬語などいらん」
「あ、うん、私、。お姉さんは?」
「……かすがだ」

 こっちを見ずに足音もなく歩き出す。
 あ、なんかその足音のなさが佐助を思い出す。
 そういや、かすがのコスプレってあんまり見ないなぁ……あ、ある意味犯罪?流石に、ちょっと、戸惑う、かな。
 ……うん、自分の身体を見下ろすのは止めよう。意味ない意味ない。私は佐助コスって決めてるんだ。衣装まだ作ってないけど。
 今日のお礼に帰ったら大武道会で優勝してみせるよ、かすが。もちろんパートナー謙信様で。
 心の中で色々誓って遅れないように歩き出す。

「ほら、アニキも早く!」
「わぁってるよ!」

 そんなに怒らなくても。
 かすがとは対照的にどしどし歩くアニキ。

「無骨な男だ」
「アア!?んだとテメェ!」

 しれっと批判するかすがに目くじらを立てるアニキ。
 えっと、仲悪い?
 いや、他国の人同士だから決して仲がいいとは言えないとは思うんだけど。

「ケッ、愛想のねぇ女」
「ふん」

 何だろう、この軽く冷戦勃発みたいな空気。
 春に向かうこの季節だけど、ちょっと肌寒い。
 でも、私は敢えて空気を読まずに行こうと思います。

「かすが、越後ってどんなところなの?何か名物とかあったりする?」
「貴様に答えることなどない」

 ……砕けるな私のチキンハート。涙がキラリなんてそんなことないさ、だって腐ってる女の子だもん。

「えっと、かすがはあんまり話すの好きじゃない、とか?」
「ふん」

 そうですか、無視ですか。
 ツンデレをデレにするまでには大変な過程がいるんだね。毛利のオクラさんは大分キャラにガタが来ちゃってたんだね。

「せっかく女の子とお話できるかと思ったんだけどな……」

 よくよく考えると今の今までむさい男連中としか仲良くしていないのだ。
 武田軍は女中さんもいたけれど、あの暑苦しい中でそんな目立てるわけもなく。
 ザビー教は論外。人としてカウントしちゃいけない気がするから、論外。
 ナリさんのところは、……伝達係の兵士さんしか見てないような気がする。あ、着付けてくれたのは女の人だった。
 そして言わずもがな、アニキの部下は野郎ども。船に女すらいないという不思議っぷり。
 だからかすがが初女キャラだったのに……ショックだ。

「忍と話そうだなんて、変なヤツだな」
「!」

 かすがが話しかけてきてくれた!
 それとも、独り言?いや、そんなことないって話しかけてきてくれたんだよ、私に!……どんだけポジティブなんだ、自分。
 でも嬉しいや。
 かすがに向かってにっこり笑う。

「なんだ気色悪い」
「へへ〜、話せて嬉しいなって」
「変なヤツ」
「かすが、それ二回目!いや、わかってる。変なヤツだって事くらい自覚してる、でも嬉しい!」

 だらしない顔だと重々承知してはいるが嬉しいものは嬉しい。何回嬉しいを言う気だ、私。
 でもだって女の子、女の子だよBASARA界に吹っ飛ばされてから初めての女の子!しかもオクラと並ぶツンデレ要員。
 にやにやと――いや、せめてニコニコとしよう、女の子として――笑いながらかすがの横に並ぶ。

「かすが、奥州までどれくらいかかるの?」
「日が落ちるまでには着く」
「ちなみにかすがの足だと?」
「四半刻もかからん」
「すご!」

 女二人で――正確には私一人で――キャッキャ盛り上がり、アニキを置いてけぼりにしたのは言うまでもない。








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2008.11.16