ゆめまぼろしのうつつ
〜おいでませ、呼んでないけど〜
さあ、春から社会人!張り切って今日から一人暮らしさ!
と、気合いを入れたあたしの何が気に食わなかったのだろうか。
「……………」
あたしの顔は引きつっているだろう。身体中総毛立って一歩も、一ミリも動けない。
それもそのはず、日進月歩で進化し続ける現代において何故、一般ビーポーであるあたしが、見るからに怪しい青年に手裏剣のような刃物を突きつけられているのだ。しかも新居で。このあたししかいないはずの部屋で。
突っ込みどころはいっぱいある。
迷彩柄の服はどう見ても現代の、というか全世界のどんな民族間においても不自然な格好な気がする。服はあってもいいがその顔を覆ってる物はなんだ。顔に描いてある模様もなんだ。
さらに、あたしに現在進行形で突きつけられているそんなでかい手裏剣存在するのかと問いただしたくなる。てか、銃刀法違反?その前に不法侵入だこのやろう。誰か警察呼んでくれ。
「……あ、の……?」
喉がカラカラするし、うまく声を出せない。
殺気というやつなんだろうか。生憎と殺気を当てられるという危険な生活とは無縁だったのでこの寒気と震えがどこから来るのかわからない。
「旦那はどこ?」
目の前の青年Aは抑揚のない声で言葉を発した。
旦那って誰だよ。あんた男だけどどっかの奥さんですか?衆道ってやつですか?最近流行りの薔薇ってやつですか?……ごめんなさい。
その、言わないと殺す的な目を止めてください。本当に。
「だ、んなって……?」
「真田幸村。どこにやった?」
知らんわそんなやつ。
もちろん怖くて唇震えて口には出せない。
ピリリリリッ
ビクッと青年Aは肩を揺らして辺りを警戒し始めた。
あ、携帯か。
机の上にある携帯が鳴っている。音からして電話だな。
でも、青年Aはどこから鳴ってるのか分からないような仕種で辺りを伺っている。
……え?もしかして、この人携帯知らないの?
「あのぅ……」
声をかければ睨まれる。
どうしろと?
硬直している間も携帯は鳴り続ける。
あたしは唾液を飲み込んで喉を湿らせる。意を決して口を開いた。
「あの、音、止めたいので動いていいですか?」
声は震えちゃってるが通じるだろ。通じるよね?通じてくださいお願いします。
あたしにとってはながーい数秒の後、すっと刃物があたしの首元から引いた。
どっと冷や汗がにじみ出てきたけど、さっさと携帯の音を止めなければ。
机に置いてある携帯を手に取りディスプレイを確認する。
……?
すまん、今は非常事態だ。
あたしは心を鬼にして電話の電源を切る。電波の向こう側で憤る友人の姿が目に浮かぶ。だが何度も言うように今は非常事態。あたしは自分の命のが大事だ。
「これ、何なの?」
「うひゃぁっ」
いつの間に背後に!?
っていうかこの人気配無さすぎなんですけど!!
振り返った瞬間、携帯を引ったくられた。
しまった、今警察呼べばよかった!
「け、携帯、知らない…んですか?」
「けえ、たい?っ!?」
「ぎゃあっ!精密機械を放らないで!?」
再び鳴り出した携帯を投げ出す青年A。
慌ててあたしはキャッチした。
ディスプレイにはの名前。
くっそぅ、あたしが死んだらお前のせいだぞ!
「はい!何…」
『ーッッ!!何で切っちゃうのさ!うわぁぁぁああんっ!』
耳がキーンと来た。
隣で青年Aもあたしと同様耳を塞いでいる。
の声は高いから叫ばれるとうるさいんだ。
「うるさい!落ち着け!もちつけ!」
「もちついてどうするのさ」
「ネット界の常識です!ちょっと待っててください!」
突っ込んでくる青年Aを黙らせて――あれ?あたしさっきまでこの人な怯えてたよな?いや、今それどころじゃない――を落ち着かせるため携帯を耳につけた。
「なにがどうしたの?」
『へへ変な人がうちにっ!何か真っ赤でよく分かんないんだけど迷子みたいで子犬みたいな目を向けられて困ってます!』
意味分からん。
『どどどどうしたらいい!?』
知らんわそんなもん。あたしに聞くな。
と返そうとしてあたしはとなりにいる青年を思い出した。
……こっちも困ってるんですけど。
『そなた誰に向かって話しているのだ?』
……男の人の、声?
「旦那ッ!?」
「うわっ」
近寄られて思いっきりのけぞってしまった。しかもいつの間にかぶんどられてるし。
『その声、佐助か!?』
「旦那!無事?」
『だ、誰!?きゃ、ちょ、近づくな!って、あーっ!壊さないで!くおら、聞け!お座りー!』
……。よ、あんたの家にも変なのが出たんだな。
「お兄さん、それは遠くの人と話す道具です。どこぞの古代文明からお越しか分かりませんがとっとと返せ」
騒いでいる音しかしない携帯を渋々と返してくるお兄さん。
とりあえず切っとこう。電池と通話料の無駄だ。通話料は持ちだけどね。
「旦那、どこにいんの?」
さっきよりも余裕がある顔になった。いくらか表情が読み取れてホッとする。
よく分からないけど生存確認がとれた青年Aの友達のお陰かな。
「あたしの友達の家ですね。……そんな含みのある目の笑ってない笑顔作らなくても連れていってあげます。
代わりにお兄さんのことも教えてもらえます?この、あたしの友人宅に現れたとおぼしきお兄さんのオトモダチのことも含めて」
仕方ないかと呟いてお兄さんは話し始める。
お兄さんの名前は猿飛佐助。の家に現れたのが真田幸村。二人は主従関係で武田の武将と忍なんだとか。
武田ってなんだ。武将ってなんだ。忍ってなんだ?
携帯知らないことといい、凶器の保持といい、まさか……、
「武田って……風林火山の武田信玄?」
「そ。よく知ってるじゃん」
軽く肯定されちゃいましたけど!?
戦国時代って今から何年前よ?言っとくけど歴史は苦手だよ。
古代文明とは言わないけど、でも、色々納得。さて、このお兄さんは納得するんだろうか。
「……………ええっとですね、とりあえず、ようこそ未来へ」
「は?」
「何故かは知りませんがあなた方は時間を越えてきたみたいですね。今は戦国時代ではありません。証拠は先程の携帯やこの部屋を見てもらえば分かると思います」
「……まあ、納得するしかなさそうだねぇ」
「帰れるか否かの話はこの際置いておくとして、今は向こうと合流するのが先決です。質問などは全てあたしの友人宅に着いてからでいいですか?」
「はいよ」
よし。物分かりのいい人だ。始めからそうしててくれればよかったのに……って言ってても仕方ないか。
あたしは携帯を開いての番号を押した。
『もしもし、!?』
まさに天の助け、的な声。
「、今からそっち行くわ。あんたん家の最寄り駅って……」
『そこに佐助はいるのでござるか!?』
うるっさいっ!
本日二度目の耳なりに思わず顔をしかめる。
電話の向こうではあたしを無視してまたも騒いでいるらしい。こいつは本当に武将か?なんて落ち着きのない……しかも声からして若いし。
ああ、もうっ。
「真田幸村!!」
『は、はい!』
「あんたはそれでも兵を束ねる武将か!状況を冷静に読み、次なる一手を生むのが己が役目でしょう!!」
『はっ!』
「分かればよし!に代わって」
軽い口笛が後ろから聞こえて、あたしは振り返る。そこに立つ彼は何やら至極楽しそうな顔をしていた。
「旦那を黙らせるなんて、やるねぇ」
「お褒めの言葉としていただいておきます。あ、?」
『相変わらずぶちギレると何でもやるね。わたしにも聞こえたよ、声』
「うっさいわ。ちょっとは頭冷えた?」
『うん、ありがと』
あたしはに最寄り駅と住所を聞くと大人しくしているようにと釘を差して電話を切った。
さて、出掛けますか。
ショルダーバッグを肩にかけ、お兄さんを見る。
「その格好、この時代ではかなり目立ちます。忍んで行けますか、忍さん?」
「真田忍隊の隊長をなめてもらっちゃ困るよ」
「ん、信じます」
家を出て鍵を閉める。
で、振り返ったときにお兄さんの姿はそこになかった。
忍、すげっ。
……幻とか白昼夢とかじゃないんだよね……。
いてもいなくても、が困ってるのは確かだからどっちにしろ行かなきゃだな。
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2008.02.16