史上最強の鈍感力
「あのさ。いつまで引っ付いている気?」
背中にベッタリと張り付いた日本一の兵、もとい、真田幸村。
何があったか知らないが、縁側でのんびりしていた私の背にいきなり引っ付いてきたのだ。
季節も季節なためいい加減暑い。
ったく戦場で暑苦しいんだから、平常くらい涼しげな行動ができないのかこいつ。
「……幸村、聞いてんのか?暑い、そろそろ離れて」
「……………嫌だ」
なんだこいつは。
嫌だじゃねぇよ。高官だからと思って多少下手に出てやってると言うに。伸すぞ。
「ガキ」
「ガキでいい」
いつもはガキではござらん!などと反撃に出てくるくせに、動きやしない。
あーうっとおしい。ウザイ。叫んでなくても静かでも暑い。暑苦しい。
いつもの子守りはどこ行った。
「さーすけー」
「佐助は今奥州でござる」
子守りを呼べば帰ってきたのは背中から。しかもご本人でないときた。
くそう、あいつ以外に幸村を背から離せるやついたか?
忍隊のやつらは苦笑するだけだし、流石にお館様をお呼び立てするわけにはいかないよなぁ。
「殿」
「んあ?なに?やっと退いてくれる気になった?」
「……某に隠し事をしているというのは、真か?」
「ハァ?」
背中でモソモソと話す声に、眉を寄せる。
見られてるわけじゃないのでめいいっぱい素直に眉を寄せた。
いきなり何を言い出すんだこいつは。
「だから!」
「っ!耳元で声上げないでもらえる!?ただでさえあんたの声でかいってのに!」
「あ、す、すまぬ」
キーンってきたキーンって!
だが幸村がわずかに体を話した瞬間を私は見逃さない。
さっと身を翻し、幸村の引っ付き再犯を防止した。
むぅ、と眉を寄せる幸村。
「で?なに?」
「殿は某に隠し事をしておるだろう?」
拗ねたように言う幸村。
なんの話だ。
そりゃ幸村に話してないことの一つや二つや十や百くらい軽くあるが。
「誰になんの話をされたのさ?」
「……お館様と佐助が話しているのを聞いたのだ」
幸村が言うに、
『にしても、真田の旦那もよく気付かないっすねぇ』
『のことか?』
『そうですよ。あんな仲いいのに話さないのかな』
『幸村を思ってのことであろう』
『ま、そういうことにしときましょうか』
と、言うことなのだそうで。
ビシバシと思い当たるそれに、私は言葉を濁す。
それは、まあ、お館様の言うとおり幸村のためが半分と、あと半分は自分のためだ。
「ま、気にしなくていいんじゃない?」
「気になるからこうして聞いておる」
間髪入れずに返ってくる返事に腹の底からため息を吐き出す。
人間知らなくていいことがあるんだよ。
そんな規模のでかい話じゃあないけどさ。
「殿!」
せっつくように私の名を呼ぶ幸村の顔は真剣だ。
「……もしかして、それが理由で背中に引っ付いてたのか?嫌がらせ?」
「話を反らさないでいただきたい!」
だから声でかいっての。
私はなんでさっき団子をすべて食べてしまったんだろう。今団子がここにあれば迷わず幸村の口に突っ込んでやると言うのに。
ああ、いつまでも逃避してるわけにも行かないな。
「幸村はさ、隠し事してたら仲良くしてくんないの?」
「そういう話ではござらん!」
なんとか話そらせないかなぁ。
意外と粘り強い。
どうしたもんか……。
考えている私に痺れを切らしたのか幸村が先に口を開いた。
「俺とて、無理強いなどしたくない。だが、お館様も佐助も知っていると言うのに、何故俺にだけ話さぬのだ!」
はい?
思わず、思考が止まった。
今、何て言ったこいつ。俺?俺って言った?
「狡いではないか!殿の一番の友人は俺だと思うていたのに、俺だけ仲間はずれか!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる幸村の声に、わらわらと人が集まってくるのは仕方ないことなんだろうか。
夏の虫が火に集まるかのように、なんだなんだと人が集まってくる。
恥ずかしくないのか幸村。
いや、むしろ私が恥ずかしい。
「ああ、もう、ちょっとこっち来い!」
幸村の手を引っ付かんで駆け出す。
どこへ行く?
私の部屋、じゃあここから反対側だし、仕方ない。
庭を抜けて近くの川辺りまでおりる。
ふたりして息を切らして、青空を見上げた。
はぁ、と大きく息をついて整えた。
「あのさ」
「……何でござろう」
「私の一番も、幸村なんだよね」
「ならば、尚更!聞かせてくれぬか!」
「一番だから、話しづらいんだ」
幸村の一番とは、意味合いが全然違うんだ。
もし、幸村が私を拒絶したら。
そう考えると話すに話せない。
今まで普通にしてきたことをできなくなるだろうし、してもくれなくなるのは絶対だ。
しかも拒絶される確率の方が高そうだから嫌なんだ。破廉恥とか叫ばれたら立ち直れない気がする。
「殿は俺が信じられぬと申すのか!」
「いやそーじゃなくて」
そりゃあ誰よりも信じているが、越えられない壁ってのがあるんだよ。
でも幸村は納得しないらしく、その眉を寄せるばかりだ。
「お館様とこの六文銭に誓うでござる。俺は絶対に裏切らないと!」
だから教えろと詰め寄ってくる。
くそ、こっちの話を聞け。いちいち叫ぶんじゃない。
その瞳は真剣で、観念するしかないのだろうか。
何度目になるか分からないため息を吐き出した。
「……絶対?」
「うむ!」
幸村が勢いよく返事をし、目を輝かせる。
はあ、と例に漏れず口からため息が出た。口開くたびに息が逃げていっている気がする。
「お館様と佐助以外には秘密だからな。バレたら、ここいれなくなるかもしれないし」
「相分かった!」
「……………じゃあ明日話してあげるよ。午の刻にいつもの茶屋にいてくれる?」
「承知!!」
あそこまで言ってくれるんなら、話してやろうじゃないか。
翌日、性別に見合った着物に身を包んで、茶屋へと向かう。
任務から帰ってきていた佐助が頑張れって生暖かい目でこっち見ていたので、今度の合戦ではついうっかり手を滑らせたことにして報復しよう。
見慣れた赤い袴の熱血漢を茶屋に発見。
団子をくわえて暇そうにしている。
深呼吸一つ。
「幸村」
声をかけると勢いよく振り向いた。
そのまま、停止。
「ど、の……?」
ぱちくりと瞬いてこちらを見る大きな瞳。
ぱくぱくと口を開いて――、
「殿に女装癖が!?」
迷わず利き手の拳を埋め込んでやった。
幸村なんて、豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえばいい!
+++あとがき+++
幸村はどこまでも馬鹿でいいと思うw
やばい、このネタで続編が書けそうですよ奥さん!(何
※バックブラウザ推奨
2008.08.01