史上最強の暴走力
殿が話してくれぬ。
いや、原因は俺にあるのは明白で、してしまったことの重大さを考えるのならば弁明する機会さえ与えられぬことなど至極当然、だとは思うのだ。
し、しかし俺とて悪いと思っているのだ。謝ろうと思って何度も挑んでおるのだ。
だが……、
「殿!」
「……真田殿、御用があれば書簡にて賜りますゆえ、失礼致す」
取り付く島もないというのは、まさにこのことだ。
話しかけても呼び止めても他人行儀にしか接してくれぬ。目も合わせてくれぬ。
あれだけ共に幾多の死線を越え、団子も交えながら笑い合った仲だというのに、それがなかったかのような何もない視線。
く、いや、あのような態度を取ってしまった俺が悪いが、しかし、話くらい……いや、だがお館様とこの六文銭にも誓ったにもかかわらず俺は何故あのような失態を……!!
「叱ってくだされ、うぉお館様ああああ!」
「何廊下のど真ん中で騒いでんの、真田の旦那」
「さ、佐助ぇ!!」
「なっさけない顔しちゃってまぁ……何?の旦那と喧嘩?」
どこからともなく現れた己が忍。
そういえば、殿のことはこやつとお館様の会話を聞いたのが発端で……、ハッ!もしやこやつならば何とか取り持ってくれぬであろうか!!
「佐助!話がある!」
「え?何々、昇給してくれんの?なぁんちゃっ……」
「何とかなったら考えてやらなくもない」
「うっそ、マジで!?」
真剣な俺の表情に珍しく驚いた様子を見せながら、その目はどこか嬉しそうな色を持っている。
……現金なやつめ。
いやしかし本当にこれは何とかしてもらわなくては。
俺の力だけでは、というか俺だけではどうにもならない。このところ連戦連敗なのだから。
佐助を部屋へと引きずり込み、向き合ってこの間の事の顛末を話した。
お館様と佐助の話しを盗み聞いたこと、殿にその話を聞いたこと、お館様と六文銭に誓って裏切らぬといったこと、そして――殿が、女装癖をお持ちだったと知ったあの衝撃を。
「ブハッ!!あははは!な、なにそれ!?旦那、それ本気!?本気で言ったの!?本人目の前にして!?」
あろうことか、腹を抱えて笑い出しおった。
「笑うことではなかろう!!俺は真剣に悩んでいるのだぞ!?」
「いや、すんませんって」
「佐助ぇ!」
けらけらと笑いながら謝る佐助を怒鳴りつける。
主人が真剣に話をしているというに、笑い飛ばす忍がどこにあるか!
「でもそりゃ可哀相だわー、あの旦那、相当傷ついたと思うぜ、それ」
「うっ」
「口も利きたくなるくらい怒るのも頷けるって」
「ぐ」
佐助の言葉に二の句が告げなくなる。
そ、そんなにだろうか。
確かに周知されてしまえば良からぬ噂の種になりうるし、家の繁栄にも関わろう。
それを俺は大声で道の往来で叫んでしまったのだから……殴られて他人扱いされて然るべき、なのだろうか。
「何をそんなに楽しそうに笑っておるっ」
八つ当たりのように目の前で以前しまらない笑みを絶やさぬ忍を睨みつける。
「いやぁ?流石ってとこだね、大将にも話してやろっと」
「待て佐助!それはっ!」
「え?何?何か言った、旦那?」
こ、の、主人の失態をへらへらと笑いおって!!
「〜〜〜減給だッ!!」
「ちょ、そりゃないって!」
「知らぬわ!」
佐助に相談した俺が馬鹿だった!
身体ごと顔を背けて忍からの抗議を受け流す。
「すみませんって!」
「俺様超反省してます!」
「真田の旦那ぁホント、このとーり!」
「の旦那に掛け合ってくるからそれだけは勘弁して!」
……ぴくり、と殿の名に反応してしまうのは、やはり仕方がないことなのだ。
顔だけ振り向いて情けない顔をしている佐助を見やる。
「絶対だぞ!!」
「承知!」
早速と黒い霧に紛れて消えた佐助を見送る。
うむ、佐助に頼めば……………本当に、大丈夫だろうか。
いや、佐助を信頼していないというわけではないが、仕事以外のこととなると殊更気合の入らぬ者だ。減給免除を考えているとはいえ……、
……………。
やはり不安だぁああ!某は見届けてみせますぞ、お館様ぁあああ!
「よ、の旦那」
佐助が縁側で茶をすする殿の隣へと座る。
くそぅ、以前まであそこは俺の場所だったというにっ。
「……佐助、……………幸村だな?」
「あはー、勘のよろしいこって」
「あんたのそのニヤケ顔むかつく、殴っていい?」
「暴力反対!」
く、佐助め、仲睦まじく話をしおって……。
殿も殿だ。
俺には目もくれぬというのに……。
「………ところで、アレは……」
「あーーー、えっと、気にしないでやって?」
ちらりと殿の視線がこちらに動いたので慌てて柱の陰に隠れる。
むぅ、ここからでは良く聞こえぬ。
そぅっと覗けば、変わらず二人はそこにいる。
「そんなだからおかんとか言われんじゃないの?ヤだよ、絶対許してやんない」
う、ぐ。
許してやんない、という言葉が胸に突き刺さる。これは、相当怒っておいでだ。
「気持ちは分からなくもないけどククッ」
「死んでくれ、いや今この場で私が止めを刺してやろう光栄に思って逝け」
「ひっど!いきなり斬りかかるか普通!?」
「生憎普通じゃなくって悪いねぇ!!」
キィンと甲高い音が続く。
佐助の速さに追いつくとは、流石!
殿っ、変わらぬ武技のキレ、見事でござる!!
うぅ、殿との鍛錬は俺の日課だったというのに佐助ぇえええっ!!
「そんなだから旦那にあぁんなこと言われちゃうんじゃなーい?」
「っ!!」
ん?なにやら佐助が申したよう、な。
明らかに殿のご様子が変わった。
刀を止め、俯かれる。
その隣にすとりと佐助が着地した。
「……仕方、ないでしょーが。私がやんなきゃ、家が潰れる。こうじゃなきゃいけなかったんだ」
「……うん、まぁごめん、直球過ぎた?」
「繊細な心が折れそうだ」
俯いた殿を覗き込む佐助の姿が見える。
背を向けられているため表情は見えぬが、目に見えて落ち込まれておられるように見受けられる。
「んー、お団子食べ行く?」
「……行く」
小さな会話だというのに、俺のところにも届いた。
俺をのけ者にして団子まで食べに行く気か。
「おめかししてく?」
「……うん」
佐助の言うおめかしとは、あれの事だろうか?
ふと頭を先日の女人の格好をした殿がよぎる。
……確かに、変ではなかった。着慣れているような、そうでないような、しかしぱっと見てしまえば普通の女人のような姿であった。いや、普通の女人より全然お綺麗で……はっ!!俺は一体何を考えているのだ!
うぉおおおおあああ!!
殿は男!
そういった目で見ること自体失礼であるぞ、真田幸村ぁ!!
「ついでに真田の旦那許してあげない、ちゃん?」
「……………考えとく」
廊下からはみ出ている俺を指差して二人がそう言い合っていることなど、露と知らぬことだった。
あとがき
続編でくっつけようと思ったのに全然予想Guy(古)だぜ真田幸村!!
幸村らしいけども。
中途半端なのでもしかしたらまだ続く?かもしれません。
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2008.08.09