中庭
冬に近づくこの季節。珍しく雲がなく晴れ渡り日差しも気候も暖かかった。
は仕事の区切りがついたら中庭にでも出るか、と考えていた。
中庭はの絶好のお昼寝場所なのだ。
「陸軍師、書簡をお届けに参りました」
「はい、どうぞ」
扉の前で聞けばすぐに返事が返ってくる。
書簡を両手で抱えながら器用に扉を開けると呉の若き軍師陸遜が視界に入る。
近くにある机に書簡を下ろすとちょうど声がかかった。
「いつもご苦労様です。
あ、あとこれ太子慈殿に届けていただけますか?
届け終わったら休憩してかまいませんよ、いいお天気ですしね」
に新たな書簡を渡し陸遜はにこっと笑っていう。
「ありがとうございます」
「また寝すぎて夕食に遅れないようにしてくださいね」
「うっ……大丈夫ですよ!……多分」
以前犯した失態を突かれては詰まる。
が、平静を取り戻し「失礼します」と頭を下げて退室した。
「私もつくづく人が好い…。泣かせたら燃やしますよ、太子慈殿」
の背を見送っていた陸遜はポツリと呟いた。
その瞬間太子慈の背に悪寒が走ったとか…。
「太子将軍、書簡をお持ちしました」
「か、入れ」
「失礼します」
いつものやり取りのあとは部屋の中に入る。
「陸軍師からです」
渡すと彼はすぐに紐解き目を走らせる。
と、
「む…よし!行くぞ」
いきなりの手をとって歩き出した。
「へっ?あの、どちらへ!?」
「中庭だ」
珍しく笑顔になった太子慈に不覚ながらに頬を染め大人しく手を引かれていった。
中庭に出ると暖かな日が差し昼寝にちょうどよさそうだった。
「いつも昼寝しているのだろう?」
言われては赤面する。
ここで寝ていると知っているということは陸遜の言っていた失態も知っているも同義なのだ。
適当に濁しては話題をずらすことにした。
「太子将軍…」
「今は二人きりだ。字で呼んでくれ」
「は、はぁ…では失礼して。
子義様、先ほどの書簡ですが…」
「このようなところに来てまで仕事の話か?お前らしい。
案ずるな早急なものではない」
そう笑って言う。
今日は相当機嫌がいいのだろう。
城の中では性格のせいかは知らないが硬い表情ばかりだ。
「それでだ、お前のお勧めの場所はどこだ?中庭といっても広いだろう」
「……将軍、寝るつもりですか?」
が呆れて見ると太子慈はきょとんとした顔をする。
それから弾かれた様に笑い出した。
「ははっお前の中で中庭は寝るところしかないのか?」
「あっ…、ち、違いますよ!」
慌てて否定してはお勧めの場所へと太子慈を案内する。
そこは大きな木の根。
背を持たれ寝るにはちょうどよさそうな場所だ。
「これはまた絶好の昼寝場所だな」
「いい加減話を昼寝に持っていくのやめてください」
「すまぬな」
ぶーたれるが可愛くて可愛くて、思わず太子慈は噴出す。
二人して大きな木の根にもたれた。
その場所から上を見上げれば葉の間を光が踊っている。
「いい場所だ」
「でしょう」
二人の間にしばし穏やかな沈黙が訪れる。
「お前のそばにいると落ち着く」
「……私は落ち着かないんですけどね」
「? 何か言ったか?」
は黙り込んで太子慈のほうへ視線をめぐらせる。
しばらく沈黙が続く。
さわさわと木々がさざ波を立て小鳥たちが戯れる鳴き声が木霊する。
「……………なんでもないですよ」
「そうか?」
(子義様が隣にいると鼓動が早くなって落ち着かないんです。
なんて、口が裂けてもいえないよ…)
こうして一人は穏やかに、一人はそわそわしたまま夕食までの時間をそこで過ごした。
夕食の席、太子慈はそっと陸遜に近づいた。
「恩に着る」
「いいですよ。私の、いえ、私だけではありません。
皆の願いは彼女が笑顔でいてくれることですから」
太子慈の机の上にたたまれた書簡に書かれていたのは陸遜からの伝言もとい助言であった。
『天気が良いのでと中庭で休憩したらいかがですか』
「悔しいことに今のところは貴方のことが好きなようですからね」
陸遜の発言に太子慈は赤面し明後日の方向を向いた。
+++あとがき+++
「太子慈難しいよ〜」と嘆きながら妹に送った一品です。
でも何気に孫呉のトップバッターになりましたとさw
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2007.10.07