愛情表現
お暇だったらお茶でもしませんか。と誘われ、いいのか?と自問しながらも姜維は庭に設置された茶所――といっても布を敷いた上に茶と菓子とがある簡素なもの――に座った。
仕事は片付いていて、鍛練するには相手が見付からず散歩していた最中だったので暇であることには違いない。
だが、相手はよく知っている仲とは言え、あの趙雲の恋人。
誰も知らないながら確かに姜維は思いを寄せてはいたが……。
「あの、いいのかな?」
遠慮がちに尋ねと、は微かに首を傾げる。
「仕事ですか?ちょうど半刻前に仕上げましたよ」
「いやそちらではなく」
聡明な彼女が知らないふりをしているということは言外にその件に触るなと言うことなのかもしれない。
だが趙雲の怒りを買うのはできれば避けたい。
あの冷静沈着な将軍が彼女のことになるととにかく熱い。
も姜維の心情を察してか苦笑を返す。
「大丈夫ですよ」
きっぱりと言うのだから大丈夫なんだろう。
姜維は胸をなで下ろした。
「どうせ気付きもしないでしょうし、私にも生きる楽しみがありますから」
ニッと笑い湯呑みをそっと上げる。
なで下ろしたばかりの胸中を不安が襲う。
「それに私、姜維さんとのお茶好きですもん……って顔赤くなってますよ?」
「え!?いや、これはそのっ」
「うっそー♪相変わらず可愛いですね」
「……殿〜」
ケタケタ笑うに姜維はがっくりと肩を落とす。
は二十歳、姜維は十九歳。
年はがひとつ上ながら職場も同じで師も同じ。
何かとは姜維をからかって遊ぶが彼も内心いやがってはいない。
二人にとっては恒例の言葉遊びのようなものだった。
「最近どうです?」
収まってきた笑いを口元には尋ねる。
「これといって」
ふいっとすねたような姜維の返答。
そこがまた可愛いとは思うわけだが、言うとますます機嫌を損ねてしまうので言わないでおく。
「からかってすみません。
先日新兵が来たんですよね?有望そうな人はいましたか?」
「……そうだね、四、五人くらいいたかな。」
殿には敵わないなぁ、と呟きながら姜維は口を開いた。
話すといつも仕事とは関係のない雑談ばかり。
だが、それは確かに楽しい一時で。
も同じように感じているのかと思うと正直に嬉しい。
趙雲には悪いがこの際目を離す方が悪いとしておこう。
「お?見習い軍師たちは休憩時間か」
馬超の声に庭を見やればそこには愛しい恋人と姜維。
二人っきりであることが見てとれると知らず知らずの内に趙雲の眉が寄る。
「姜維も肝が座っているな」
「どういう意味です、孟起?」
明らかに冷やかしと思える言葉を発する馬超を趙雲は睨む。
と。視界の先のが立ち上がり姜維の頭についた木の葉をとる。
姜維も姜維で照れながら笑い、なにかに気付いたように手を伸ばしの肩についた木の葉をとった。
(気に食わない)
だんだんと機嫌を悪くする趙雲。
「まるで恋人同士だな」
馬超のこれが決め手になった。
趙雲は柵を越えて荒々しく庭を横切っていく。
馬超はそれに肩をすくめ立ち去ることにした。
「も立派な軍師になったものだな」
そんな呟きが風の中に消えた。
「あ」
「え?」
まずいとといった顔の姜維には後ろを向く。
が、それは幾分力強い抱擁によって阻まれた。
このような行動をするのは一人しかいない。
「私のものに軽々しく触るな」
耳元の声はドスが効いていて、目の前の姜維は顔が引きつっていて。
とりあえずは背後の趙雲に……
「ぅぐっ!?」
肘鉄をかました。
「な、?」
「宮中でベタベタしないでください。
あと、いつ誰があなたのものです?私は私のもの。
所有権まで差し上げた覚えはありません。
大体、姜維さんは暇を持て余した私がお誘いして構ってくださったんです」
ズバズバと異議申し立てをし、姜維をかばう。
まるで趙雲が悪いと言わんばかりの口調に趙雲の機嫌は更に悪くなる。
「だからと言って…」
「まぁでも。趙将軍でもヤキモチを妬けるのですね。嬉しいです」
にこーっと笑ってが言えば趙雲もそれ以上なにも言えなくなる。
「姜維さん、お付き合いありがとうございます。またお茶しましょうね」
「あ、うん。その、ではまた」
折角誘ってくれてはいるのだが趙雲の視線が痛い。
だが断るのも返って失礼かとも思い、笑顔で手を振るに応えてその場を去ることにした。
(もしや私はだしにされたのか?)
と、姜維が気付くのは数歩先でのことであった。
「」
「ん?」
茶を差し出しながらは首を傾げる。
「わざとか?」
「暇そうなのが誰であっても私は声をかけますよ、子龍様」
殿から民まで身分年齢問わず。
楽しそうに笑うは天然なのか策士なのか。
「……全く。目が離せないな」
「離さないでください。
私、いつどこに行くかわかりませんよ?」
「それは怖い」
趙雲はを抱き寄せるとその唇を奪った。
は己を映す瞳に笑顔で答え…
……肘鉄をかました。
「ですから、宮中でベタベタしないでください」
――目を離さないでくださいね
――私も、あなたの瞳から消えるのが怖いから
――あなたが側にいないと不安で仕方ないから
かなり無器用だけど、これが彼女の愛情表現。
おまけ:
「ところで宮中でなければいいのか?」
「何がです?」
「……その、だな、わかって言ってるだろう?」
「子龍様のお口からお聞きしたいです」
「……………………には敵わないな」
+++あとがき+++
ひねくれたヒロインさんでごめんなさい;
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2007.10.01