(日常+現実)崩壊
〜オレオレ詐欺〜
パタン
私は自ら開けた家の扉を急速に閉め直して状況を確認した。
念願のVOCALOIDを購入して、ワクワクしながらインストールしたのは記憶に新しい。
学校帰りに歌わせたい曲の楽譜を買って帰る私は、何も間違っていないはずだ。
一年ちょっとの間に登り慣れたボロアパートの階段をリズムよく登って、奥から二番目、私の部屋に間違いない。表札もちゃんと私の名前が書かれている。
うん、目の錯覚に違いない。
嬉しすぎて都合のいい白昼夢をちらっと見ただけだ。
疲れてるのかなー、とぼやきながら私は再び扉を開けようとして……、
ガン
扉が勝手に開きました。
ドアノブを回そうと下を向いた私の頭にジャストミート。
「〜〜〜〜〜っ!」
貴様何の恨みがあってっ!
痛くて悶絶する私。いつからオートになったんだ。こんなセキュリティの欠片もないボロアパートにそんなもん……あ、もしかして錆びた?錆びたのか?ついに壊れたか?
「え、あっ、すみません!ごめんなさい!マスターが出ていってしまうから何かと……、本当にごめんなさい!」
え……この声………。
顔をあげれば、私が自分の家の扉を閉めた原因の見知らぬ男。いいや、見知ってはいる。ただ、何故ここに“彼”がいるのかが理解できない。
でもそれはさっき白昼夢で決着はついたはず。
「マスター?」
青い髪がさらりと揺れて、青い瞳が私を見つめている。
VOCALOID、01-02KAITO……の容姿をした……え、不法侵入者だよね、これ。
私は左ポケットからケータイを取り出し迷わず110をプッシュした。
「すみません、警察さんでございますか!?家に不法侵入かつコスプレした優男がいたんです!!」
「ええ!?マ、マスター!?待ってください!俺です、俺!」
「俺って誰だ!オレオレ詐欺詐欺か!?お前なんぞ知らん!」
『痴話喧嘩かい?いたずらは困るよ。――ブツッ』
「痴話喧嘩じゃねぇええっ!!うわ、善良な市民からのヘルプを切りやがった!?」
「マ、マスター、落ち着いてください!ご近所の方に迷惑ですよ?」
とりあえずお前が私にとって迷惑だ。
そう切り返そうとして、ご近所さん方からの熱い視線に気付いた。
……そりゃまああんだけ騒げば当然なのだが。
何の騒ぎだ、としかめ面のじいさんが右隣の窓から顔を出し、若いわねぇ、と買い物帰りの左隣の奥さんがにこやかに笑っている。 とりあえず、ここは退散すべきだろう。
残念なくらい冷静に頭が働いて、私は愛想笑いをしながら青い男共々部屋へ入る。
後ろ手に扉を閉めて深い深いため息一つ。
「マスター?」
声をかけられて目を上げれば、変わらずそこにいる青い男。私のため息の根元である。
「よし、まず冷静に、穏便に解決しよう。
青い髪して青い瞳のお兄さん。貴方はどちら様ですか?」
「俺ですか?先日インストールしていただいたVOCALOIDのKAITOです」
にっこり笑う彼はかっこい……ではなくて。
これは妄想というやつか。妄想してとち狂ったコスプレ青年を家に上げてしまったというのだろうか。
いや、待て私。とりあえず危害を加えて来そうにないのだから一応話は信じて聞いておいてやろうじゃないか。
私は靴を脱いで家に上がる。リビング――というにはどうなんだか分からない5畳くらいのスペース――に無造作に置かれたパソコンの前に座る。
自称KAITOも私の横に座った。
「何故に具現化してるのかを簡潔にご説明願えますか?」
「……………さあ?」
……この男っ。
「殴っていい?」
「えぇえっ!?お、俺も分からないんです!よく分からないけど実体化していて……」
言い訳にしては乏しい気がするが、本気で困っているようにも見受けられる。
今さら夢オチにはできない。
どうしようかと頭の中の自分に問いかけて、もう答えを出している自分に気が付く。
解決しようと譲歩してしまった時点で、すでにこいつがあのKAITOであることを自分で認めている。
「……わかった。貴方は昨日私が買ったVOCALOIDのKAITOだ。そして何故か実体化して今ここにいる、と」
私の言葉にうんうんと頷くKAITO。
「じゃ、インストし直すか」
ぴきーん、と隣が固まった。
それは放っておくとして、私はパソコンを起動する。
「えぇえええ!?マスター!?」
ワンテンポ遅れKAITOが悲鳴を上げた。
「だってよく分からないんでしょ?その姿でいきなり故障されたらどっちも困るじゃん。インストし直せば普通に稼働するかもしれないし」
私は正論しか言ってない。
だってこの状態で故障されたら……業者呼ぶの?病院行くの?大体保証は効くの?
言っとくが――このボロアパートを見ても分かるかもしれないけど――私は貧乏だ。イレギュラーになりうることはできるだけ避けもらいたい。
「そ、それはそうかもしれませんけどっ!でも、今こうしている俺は俺であって、インストールし直したら、それは俺じゃないんですっ!」
インストールし直すということはリセットされるわけだから当たり前だろう。
キッとこちらを睨んできたKAITOは涙目で、あまり迫力はない。
「……マスターは、俺じゃ……ダメなんですか?」
声も今にも泣きそうだった。
泣き落としかよ。お前、ソフトウェアじゃないのかよ。
「ふぅ……」
全く、今日は厄日だ。
生まれてきてこの方情に流されたことは極マレだ。
流されるとろくなことがない。
両親が無駄に情に流されたせいでこんな生活……って、今はそれとは関係ない。
Windowsは既に起動していて、指示待ち状態。プログラムの削除はコントロールパネルから。そう分かっていても手は動かない。
このままじゃ電気代の無駄になる。
「はぁ……」
もう一つため息を吐き出す。
これでも自分の心理分析くらいはできる。
こいつを消すのを迷ってるってことは……即座に実行しないってことは、消したくない、と思ってるんだろう。
ポケットをまさぐって、奥の方でしわくちゃになったハンカチを取り出す。
「男の子が泣かないでもらえますかー」
ぺしっとKAITOにハンカチを投げつけた。
「……え?」
彼は狼狽えたようにこちらを見てくる。
その視線が少し、くすぐったい。
いいことなんてするもんじゃない。
「マス、ター?」
「こんな手狭かつ、寝る布団もなく、人間用の服もあげられない。さらにはマスターが音楽関係に疎くて電気代節約のために一日少ししかパソコンをいじれないときている。生活するのにこんなところで……ほんとにいい?」
最終確認だった。
本当に人としてここで生活するなら、大分住みづらい環境である。
私だったらお断りだ。……私は当人だからお断りのしようもないのだけど。
KAITOは目をぱちくりさせたあと、破顔した。
「はい!」
本当に嬉しそうなその笑顔が眩しかった。
居心地の悪さを感じて私は彼から目を反らす。
「あとで後悔しても知らないから」
「そんなことありません!
これから、よろしくお願いします、マスター!」
ちらりと横を見ると、さっきとは打って変わってにこにこしているKAITO。犬だったらちぎれんばかりに尻尾を振ってそうな勢いだ。
こうしていきなり具現化したソフトウェアは私から日常と現実を奪っていった。
+++あとがき+++
ああ、とうとうやっちまったwww
カイトにはマスターのみ呼ばせる気満々なので名前変換がありません。
※バックブラウザ推奨
2008.02.16