夢話-夢小説の間-





(日常+現実)崩壊

〜実はまだ一日目〜




 お風呂から上がればカイトがぎこちなく髪を拭いていた。ため息ひとつ着いて私は彼の後ろに回った。

「それじゃ乾くものも乾かないだろ」

 カイトを布団の上に座らせて、フェイスタオルを奪い取る。

「え、マスター!?」

 問答無用。私はガシガシと彼の頭をかき混ぜた。
 抗議の声が下から聞こえるけど無視。

「人間だかソフトウェアだか分からないけど、病院が必要になりそうなことはしないこと」
「……はい」

 市販の風邪薬が効くか分からないし、病院に連れて行っても保険が利かないだろうし。かく言う私も保険入ってないから私だって身体をこじらせるわけにはいかない。
 身体を壊したらお金も稼げない。これはどっちにとってもかなり問題であることは確かだ。

「はい、出来上がり。乾くまで寝ちゃダメだよ」
「はい、マスター。ありがとうございます」
「ん」

 タオルで拭き取るのが難しいところまで拭き取ってやって、今度はそのタオルで自分の髪を拭く。
 カイトの髪の水分を吸い取ったタオルはちょっと冷たい。風邪引きそうだ。いや、負けるな私。
 バスタオルとフェイスタオルを併用して髪の毛の雫を拭き取る。
 そのまま立ち上がってコップに水を注いで飲む。少しゆすいでからカイトに持って言ってあげた。

「ほい。寝る前に水分取りなよ」

 一応歌手(?)なんだし。

「あ、すみません」
「ちゃんとゆすいだから」
「ぶっ」

 吹き出してむせるカイト。水がもったいない。
 げほげほとのどを整えて私のほうを睨む。顔が見るからに赤いのでこれまた迫力はない。

「そ、そういうことは言わなくて良いですっ!」
「そう?」

 気を利かせたつもりなんだけど。
 カイトがため息をついた。……生意気な。

「ところで、あの、マスター。俺はどこで寝れば……」

 話題転換のつもりなのか、カイトが再び口を開いた。

「ん、そこ」

 私は今カイトが座っている掛け布団を指す。
 カイトがまた固まった。本日二回目だ。いや三回目?
 いいや、放っておくか。
 ちなみにそのすぐ横に敷布団が敷かれているところは私の寝るスペースである。
 かけるものがバスタオルとタオルケットしかないのは仕方ない。布団は買おうか……でも、布団は高い。冬前になったら考えよう。

「…………え、え……?ええぇっ!?」

 あ、カイトが現実に帰ってきたようだ。

「私の隣じゃ不満?」

 寝るスペースを確保しただけでも優しいと思う。
 布団がひとつじゃないんだからそんなに慌てなくても。

「そういうわけじゃありませんけどっ!」
「じゃあいいじゃん」
「俺、男ですよ!?」
「そうだねー」

 カイトが女だったら驚きだよ。商品取り替えてもらわないと。
 でもだのなんだのと顔を赤くしてわたわたしているカイトは見ている分には結構楽しい。
 そりゃあ私だって一応は女であるから男と設定されているカイトと隣同士で寝るのはどうかと思う。が、世の中「背に腹は変えられない」という言葉があるのだ。

「カイト」
「は、はい」

 私の呼びかけにピシリと姿勢を正すカイト。顔はまだ赤い。ほんとに人間みたいだ。いや、今は人間だと認識したほうがいいのだろう。

「見ての通りダンボールは大きさがバラバラ。
 離して敷くといつもの半分のダンボールのせいで余計寒い。
 よって、並べてなるべく無駄なく寒くなく過ごすためにこういう敷き方なの。
 今更敷き直す気はないし、反論も認めない」

 言ってやるとカイトの目が宙を泳いで……やがて観念したように視線が床に落ちた。

「……わかりました」
「よろしい」

 さて、寝床の問題は解決だ。
 慣れればなんてことはない。……と、思う。子供の頃は父親の隣だって平気に寝ていたわけだから。いや、比較したらカイトがかわいそうだな。
 カイトからコップを受け取ってちょっとゆすいで逆さにしておく。ついでにもう水分を吸えなそうなタオルたちを室内物干しに掛けておく。

「今更ながら、その『マスター』っていうの、どうにかならない?」

 手を拭いて、カイトの方へ戻る。
 『マスター』という響きは何かこう、いわゆるメイドの『ご主人様』的な雰囲気があるので反応に困るのだ。
 対するカイトはきょとんとした顔をして首を傾げる。

「え、マスターはマスターですよ?」

 ああ、分かってないな。
 カイトの返答から約0.2秒で理解する。
 正直言ってどうしても改正してほしいものでもない、か。突っ込まれたらあだ名ですくらいで通せそうだ。
 その内慣れるだろう。

「……ま、いいか」

 私は自分の寝るスペースに座ってカイトと向き合う。

「それと、重要事項。
 明日から留守番をカイトに任せる」
「あ、はい」

 これが一番の心配事だ。

「勧誘とかは一切断るように。お金の支払いの人が来ても一回帰ってもらうこと。あとー……ご飯は朝に作っておくのでお腹が空いたら食べること」
「はい」

 こんなもんかな。
 まるで初めて子供に留守番させるは母親みたい……いや、考えるな私。

「そんなに心配していただかなくても大丈夫ですよ?」
「いや、心配だ」

 言い切る私にカイトは苦笑する。
 カイトは基本良い人そうだからちょっとした話術にも騙されてはいはいと何かをしてしまいそうなのだ。
 見た目は二十歳くらいだというのにそこらの子供よりも不安だ。

「ソフトだった身といえ、一応俺も一般常識くらいはありますから」
「その一般常識が疑わしい」

 それはどの程度に一般常識なのだか……。まぁ任せるしかないわけなんだが。

「俺、信用ないですね」
「残念ながらこれから勝ち取っていただく方向でよろしく」

 何事も経験、か。

「日中、大分暇させちゃうと思うけど……本でも読んでてくれると……水道光熱費がかからなくて助かる」

 これはマジで正直な話だ。
 パソコンとか、下手に洗濯とかして費用がかさむと生活が困る。
 残される方はかなり暇だろうけど、カイトはそんな無茶な要求を笑って了承してくれた。

「じゃ、寝ようか」

 アラームを朝のバイトに間に合うようにセットして電気を消す。
 横になると存外カイトの顔が見える。暗いけど、カーテンの隙間から若干の光があるせいだ。
 よくよく見ればやはり整った顔立ちだ。

「おやすみ」

 どれくらいぶりだろう、こんな穏やかな気持ちでおやすみを言ったのは。

「はい、おやすみなさい、マスター」

 カイトの声を耳にしながら目を閉じて意識を暗闇に投じる。
 長い長い半日だった。







+++あとがき+++
第三段ー。決して忘れていたわけではありませんw
ちょっと冷め気味になってきたけど、やっぱり兄さんはうちにほしいです。

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2008.07.04