一輪花
真っ白に染まる視界。
の目の前にはただただ雪原が広がっていた。
「はぁーっ」
息を吹き出せば、それは白く可視化して宙に溶ける。それが面白くてもう一度。
その姿を鎧を身にまとった銀髪の青年――ウッドロウが後ろから暖かく見守る。
「楽しいかい?」
ウッドロウに問われはくるんと振り返る。ふわりと髪がなびいた。
彼を視界に納め、めいいっぱい笑みを向ける。
「とっても!」
の笑みに、ウッドロウも笑みを浮かべる。
ファンダリアに入ってからずっとあの調子なのだ。
「暖かい地域の出身なのだろうね」
には記憶がない。
道で生き倒れているところをウッドロウが拾い、以来彼の共となったのだ。
しかし本人は全く気にした風もない。
「かもね」
いつもそんな感じで受け流す。
そして記憶がないことを楽しむようによく笑う。
「ウッドロウはここら辺の出身だったっけ?」
「ああ」
「じゃあ、雪とか寒いとか慣れっこなんだね」
もったいないの、と呟いては前方に駆け出す。
と、雪に足を取られずべっと雪の中へとダイブした。
「大丈夫かい?」
「大丈夫っす」
差し伸べた手にが触れた瞬間引き上げる。
思った通り、少しよろめいてウッドロウの胸の中へぽすんと転がる。
「あんがと」
少し幸せな気分になってウッドロウは眼下の彼女に微笑んだ。
が何の気なしに自分の転んだあとを見下ろす。
「ぶっ、あは、あははははっ!」
見事に型が取れていた。
真っ白な雪原に、ぽっかりと空いた穴のように。けれどそれは人の形で。
ひたすら笑ったあと、はウッドロウを見上げた。
「いいね、雪って!
歩いた跡も転んだ跡もみんな残るよ!」
にかっと笑って言う。
ウッドロウの腕の中からするりと抜け出し、は自分のつけた跡を楽しそうに眺める。
「また雪が降れば埋もれてしまうけどね」
記憶が時に埋もれていくように、白い世界につけた跡もいずれは静かに、誰の目にも止まらず消える。
ウッドロウの言葉には笑みを深めた。
おやっと思えば次に出た言葉は……
「そしたらまたつけに来ればいいさ」
目をしばたかせる。
その発想は、なかった。
「ウッドロウのその顔は珍しいね」
おかしくてしょうがないというように、は笑う。
笑いがなかなか収まらないところを見ると、よほどおかしな顔でもしていたのだろう。
「ごめんごめん、大丈夫、変な顔でもかっこいいから」
不覚にも胸が高鳴る。心臓に悪い発言ばかりするな、とウッドロウは内心苦笑した。
「で、目的地はまだなの?」
「もう着いているよ」
ウッドロウは微笑んでしゃがみこむ。
雪を掻き分けて、見つけ出す目的のもの。
「これを君にあげようと思ってね」
雪の隙間から現れたのは天に向かって伸びる花。
ファンダリアのこの地域一帯にしか咲かない雪花だ。
儚げなのに、どこか力強く……のようだとウッドロウは思う。
そっと手折って、差し出す。
「今日で君と旅をするようになってから一年だろう?」
は思わずといったように吹き出した。
「キザ」
クスクスと笑う。
「嫌だったかな?」
ウッドロウは少し困ったような顔をする。
はふるふると首をふった。一輪の花を掴む彼の手にそっと両手を添える。
「嬉しい。すごく、とっても嬉しい」
はにかんだ彼女の笑顔に、ウッドロウも笑みを浮かべた。
花を受け取り、はすたたーっと雪原を駆ける。
雪が舞い上がり、幻想的な空間にウッドロウは目を奪われた。
「ウッドローウ!」
遠くからが叫ぶ。
「ありがと!」
これでもかと言わんばかりの笑顔。
自然に笑っている自分に気付く。
「あ!雪、降ってきたよ!」
白く、冷たい水の結晶が降り注ぐ。
まるで、この一年間を塗りつぶすように。
静かに、しっかりと。
――……つけた足跡も何もかも、
雪に埋もれて消えてしまうだろう。
だが……
……願わくは、
これからも君と共に、
新たな足跡を……――。
end.
+++あとがき+++
はい、一周年記念の夢はいかがでしたか?
私も花をプレゼントされてみたいものですwww
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2007.10.01.
彷徨い月
-wandering moon-
祝一周年