僕と彼女と剣とメイド
彼女はこの屋敷にメイドとして仕えていた。屋敷中のお掃除担当で、玄関ホールも廊下の花たちも、坊ちゃんの部屋ももちろん、全部を管理しているらしい。
らしいっていうのは、僕の憶測と、坊ちゃんとマリアンの会話から拾ったから。
でもいつでもどこでも掃除用具を手に持っているから間違いないんだと思う。
コアクリスタル、つまり、僕の視界の全面にひょっこりと可愛らしい顔が覗く。
――彼女の名前は。
たぶん彼女の目から見たら丸いレンズに自分の顔が湾曲して見えているんじゃないかな。ちょっとその様子も見てみたい気がする。
「こんにちは、シャル様。今日もお邪魔しますね!」
言ってにっこりと笑う。
手にはもちろん掃除用具。
いつの頃からか、彼女は坊ちゃんの居ない間にやってきて、居ない間に掃除をして帰っていく。
たぶん坊ちゃんと同じ年のくらいなんだと思う。それにしてはちょっと童顔かな。黒のショートボブにオリーブのような優しい瞳。そしていつも楽しそうな笑みを浮かべている唇が僕のお気に入り。
でも笑顔を振りまいて窓やベッドや机に話しかけながら掃除をしている姿はかなり滑稽だ。
「あ、今日はお肌綺麗じゃないですか、窓の奥さん〜」
「相変わらずリオン様は寝相がよさそうでベッドさんも気持ちいいですよね」
「夜中までお仕事お疲れ様です、机さん!」
と、まぁこんな風に(笑)
初めて話しかけられたときは吃驚したけれど、残念ながら彼女に僕の声は聞こえない。彼女にとって僕は部屋のオブジェクトのひとつみたいだ。
確か……。
「シャル様がリオン様に置いてけぼりにされているっ!?」
が一番初めのセリフだったかな。
そのときののリアクションがまた面白かった。
たまたまの休日で坊ちゃんが書斎に本をとりに行っているとき、僕はこの部屋に置いてけぼり。坊ちゃんだっていつも僕を持ち歩いてるわけじゃないし、ましてや家の中だしね。
『え?僕の事知ってるの?』
「わ、光った!」
興味本位で話しかけてみた、けど残念ながら――やっぱりとも思ったけれど――僕の声は届いていなかった。
「キレー……他の剣もこんなに綺麗なのかなぁ」
『ねぇ、君の名前は?』
「ソーディアンって確か意思があるんだよね」
『聞こえない、かぁ』
「ハッ!もしや今の私の独り言、全部シャル様に聞かれてるんじゃ……!!」
『一方通行だなぁ……』
目の前でくるくる変わる表情が面白くて苦笑が出る。
「あ、掃除忘れてた!
シャル様、はじめまして。私はっていいますからよろしくお願いしますね!」
よく分からない自己紹介の末、くるんと部屋に向き直ると彼女は部屋の掃除をし始めた。
そう、さっきみたいに。
もう本当に吃驚だった。たぶん僕に話しかけるのも窓とかベッドとか机とかと同じなんだろうな、と思うとちょっと寂しい気分はある。だってほら、僕には意思があるから。
そんな初見があってから彼女は僕がいるときには必ず僕にも挨拶をしてくれるようになった。でもちょっと優越感なのは、部屋に入ってきたときと、部屋を出て行くとき、必ず一番最初と最後に言葉をかけてくれること。
あと、彼女は僕に意思があるというのは分かっているらしく、時々僕にも話を振ってきてくれる。
「シャル様、聞いてくださいよ〜。
今日リオン様の弱点発見しちゃいました!」
『え!?』
「リオン様、にんじんとピーマン食べられないんですよ!」
『あぁ、それか。坊ちゃん偏食家だしねぇ』
「シャル様〜、私この間ソーディアンについて勉強したんです!
シャル様ってもともと人間なんですね」
『そだよ〜』
「きっとそんな綺麗な刀身だから美形だったに違いないです!」
『うわぁ……すごいこと言われちゃったよ』
「見てみたいなぁ……」
「シャル様、このお部屋にお花飾ったら怒られるでしょうか?」
『坊ちゃんに花……似合いすぎる!』
「でもリオン様のお部屋ですしね……。
匂いがきつすぎなかったら大丈夫かな?」
『僕は賛成〜』
「う〜ん。……メイド長に聞いてみよ♪」
こんな調子で彼女の独り言に時々合いの手を入れて一人楽しんでいる僕。寂しい子みたい(シクシク)
今日もまた、いつもどおり掃除を終えると僕が立てかけてあるところまでとことこやってきてくれる。
可愛いなぁほんとに。
「ではではシャル様、お邪魔しました」
『うん、お疲れ様〜』
彼女はぺこりとお辞儀をしてお気に入りの掃除用具たちを抱えた。と、そのとき。
「お前、シャルの声が聞こえるのか?」
「ひえあるぁえを!?」
の突飛もない不思議な悲鳴を聞いて思わず噴出す。
彼女の真後ろにいたのは気配を絶ったままの僕のマスター。リオン坊ちゃんだった。
『坊ちゃん♪おかえりなさ〜い』
暖かく(?)で迎える僕をちらりと一瞥すると(冷たい…)坊ちゃんはを睨んだ。
駄目ですよ、坊ちゃん!坊ちゃんが睨んだら大抵の人は竦み上がっちゃって可哀想なことになります!と、心の中だけで叫ぶ。
だって、声にしたら後が怖いじゃん(本音)。
「リリリリリオン様!?」
「リが多い。僕の問いに答えろ」
坊ちゃんの冷静な突っ込みにまたしても噴出しそうになった。でもここで噴出したらコアクリスタルぐりぐりの刑に決まっている。僕は笑いをこらえた。
「あ、そのシャル様の声は全然といっていいほど全く聞こえませんです、はい」
本当か?というような瞳が僕に向く。
ついでにの不安そうな顔も僕を向いている。
『本当ですよ。僕が何言っても無視ですもん☆』
「そうか」
「あ、その長引いてしまって申し訳ありません。失礼致します」
「ああ」
出て行く後姿を坊ちゃんの目が追う。
彼女の気配が去ったところで坊ちゃんが口を開いた。
「シャル、本当にあいつはお前の声が聞こえてないのか?」
僕って信頼されてない?
『本当ですって!あの子独り言が多いんで勝手に合いの手入れて遊んでるんですよ♪』
「馬鹿か……」
坊ちゃんは椅子に腰掛けると僕のコアクリスタルを見下ろした。
『だって坊ちゃん放置プレイじゃないですか〜』
「気色の悪い声を出すな。陰気なオーラを出すんじゃない」
『話せたらもっとうきうきで坊ちゃんに報告してますー』
「話せないほうがいいだろう」
坊ちゃんの声が沈む。
確かに、僕の声が彼女に聞こえたら。
もしかしたら、酷い道に連れ込んでしまわなければいけない可能性が出てくる。僕の脳裏……といっていいかわらかないけれど、思考の中に中年の男の顔が浮かぶ。
うん、きっと無事じゃすまない。それはもちろん分かってる。
『千年もこうしているのに不思議なものですよねー』
彼女が、が好きでたまらない。
話せないのに、届かないのに、触れられないのに。
恋でも愛でもないのかもしれない。
もしかしたら今の僕にそんな感情さえ本当は備わっていないのかもしれない。まぁ心臓がないから胸の高鳴りなんて感じないけれど。
気になってしまうんだから仕方ない。
僕がどんなに鬱々したって、悶々したって、きっと明日も彼女は来る。
いつもの明るい表情で、陽だまりのような笑顔で、くいっと上がった口角に、その間から発せられる優しくて元気な声。
僕のコアクリスタルに映る僕の大好きな子。
「こんにちは、シャル様!」
end.
+++あとがき+++
長編はリオン一筋にしておいて短編のいっちゃん初めがシャルかよッと、自分にツッコミ;
でもシャル好きだから気にしない〜♪
剣とメイドのほのぼの話にしようとしたら思いのほか重くなってしまった一品でした……。
※バックブラウザ推奨
2007.01.19