夢話-夢小説の間-





あたしと彼を繋ぐ運命の電波






 金髪のサラサラな髪、整った端正な顔立ち、実力は結構あるのに卑屈という強力な特技のおかげでいまいち目立たないというかお飾りになってしまっている感が否めない人。
 そんな彼――ピエール・ド・シャルティエをストーカーするのがあたしの密かな楽しみだった。
 諜報部に属するあたしはもちろんイクティノス少将の部下であり、イクティノス少将の相部屋であるシャルティエ少佐とは顔見知りでもある。
 が、顔見知り程度であるとも言える。
 あたしは彼の名前を知っているけれど、彼はきっとあたしの名前を知らない。
 あたしは彼の情報をいっぱい持っているけれど、彼はきっとあたしの情報を何一つ持っていない。
 でも、それが結構楽しかったりする。
 例えば。
 スケジュールを前もって入手して一日中密かに彼を見ていられたり、こっそり食堂で真後ろに座って彼の好物であるオムレツを食べている幸せそうな顔を盗み見たり、ハロルド博士の実験台になる前に仕事を運んで助けてあげてみたり。
 もちろんハロルド博士はあたしが色々してるって知ってるから妨害されるたびにぶーぶー言ってるけど。

「あんたねぇ、影でそんな堂々と行動してるんだからさっさとくっついちゃいなさいよ」

 そんなこと言われるのもいつものことだったりする。
 もちろんできない。
 何故って、あたし、極度の上がり性だから。
 顔も真正面から見れないし、話しかけることだって出来ない。あ、シャルティエ少佐限定で、ね。

「毎度毎度君の情報収集能力には驚かされるな」
「でしょうでしょう。もっと褒めてください。崇めて下さい」
「そのような意味不明な態度を取らなければ崇めてやることを検討してやらなくもない」
「またまたぁ〜」

 と、まぁイクティノス少将相手にならこれくらいの軽口どうってことない。
 話している最中に彼が同じ部屋にいたとしても頑張って頑張ってアウトオブ眼中に持っていかないと理性が保てたものじゃない。
 無視したいわけじゃないけど、結果的に無視しちゃうわけ。
 ま、あたしの情報能力さえあればイクティノス少将の外出時間なんて完璧に把握できちゃうし、シャルティエ少佐とふたりっきり、なんてドッキリ絶対に起こりえない。
 ……………いや、正確には起こせないんだけどね。
 どうせチキンだもん……。

「今日も観察?あんたも暇ねぇ……」

 呆れ顔したハロルド博士があたしに話しかける。

「えー、そんなことないですよ?情報収集活動中ですから」
「ふーん、例えば?」
「そうですねぇ……。
 50メートル先の兵士の噂話だと近々ケンカを起こしそうな輩がいるとか、800メートル後ろから少佐の可憐なため息が聞こえるとか、台所に立つ女性たちが少佐の噂をしているとか、今日の献立は卵が手に入ったからオムレツとか、ああ、そういえば少佐はオムレツ好きなんですよ〜」
「……ほとんどシャルティエ絡みじゃない」
「残念ながらあたしの耳に入ってくるんです、ふふ♪」

 あたしの耳はちょっと、いや大分特殊らしい。
 一時期ハロルド博士に狙われたくらいだからね。
 いろんなところの情報をあたしにもたらしてくれる。そしてあたしの頭もなんと優秀なことに拾った音を全て覚えていてくれる上に、余計な情報はすぐにでも捨ててくれる。

「完璧な盗聴じゃない」
「盗聴?違いますよ、これは神があたしに与えたもうたあたしと彼を繋ぐ運命の電波です」
(この子の目にはどんな邪神が見えているのかしら)

 ハロルド博士の解剖したそうな視線なんて気にしないしない。
 だってシャルティエ少佐とあたしを繋ぐ唯一のものだもの。

「便利な耳よねー」
「解剖はさせませんよ?」

 にやりと笑い合う。
 仲は良いけれど解剖はごめんだ。
 まぁ弱みって、誰にでもあるよね。ハロルド博士もお気に入りの昆虫の在り処をぽろっと喋ってこっそりどーかしちゃおうかなぁ、なんて脅しをかけるだけで解剖やめてくれるもの。

「あ、ハロルド博士」
「博士は止めてっていってるでしょ」

 計算済みです。と、まぁ向こうも気付いているだろう。

「今から中将閣下の下へ行くんですか?」
「そうよ」
「あともう少々待ってあげてくださいな」

 あたしが言うとやれやれという顔を作る。

「なぁに?イチャついてんの?」
「いいえ、大喧嘩の真っ最中みたいですね。
 ハロルド博士の歩数と会話の流れから、今行くとドアを開けた瞬間包帯でも絆創膏でもメスでもレンズでも飛んできますよ」
「やぁねぇまったく……ま、あんがとね」
「いいえー」

 手を振って送り出す。
 今足止めした分多分今から行っても大丈夫でしょう。
 お熱いなぁ、ほんとに。

「さてさてもう一仕事」

 目を閉じて、音の波の中に意識を投じる。
 本日の情報活動の結果、どうやら見物人の大分多い試合でシャルティエ少佐はカチンコチンに上がって下の人に一本取られたらしい。
 無駄にプライド高いからドンマイだ。
 そのあとにハロルド博士の精神的な被害にあって、子供にぶつかられて、イクティノス少将に書類の不備で怒られて……本日も結構の不幸っぷりですね。
 シャルティエ少佐の不幸情報を紙に書き付ける。

「本日もラディスロウは平和なり、と」

 今日も今日とて聞こえてきたのはリトラー司令とカーレル中将の談笑とか、イクティノス少将が部下に指導している声とか、ハロルド博士の実験している音とか、クレメンテ老のセクハラを受けている女の人の声とか、アトワイト大佐の怒鳴る声とか、ディムロス中将の謝り倒す情けない声とか……シャルティエ少佐のため息とか?
 結局何だかんだいつもどおり。

「あ、今日は青ワカメの叫び声が聞こえなかったなぁ」

 でも、あの声は聞かないにこしたことはないな、うん。
 さ、今日もシャルティエ少佐の後ろで夕食にしようかな。そう思うとわくわくする。今日の献立はオムレツだし。
 あ、ちょっと勇気出して斜め前くらいに座ってみようかな。ううん、ちょっと自信ないから2列くらい置いて。
 今日もあたしは彼を見ている。きっと明日も明後日も。








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2008.06.22